双子の過去Ⅳ

『あんたの家に行かせて……』


 そんな重く、心苦しそうな声と表情を表に出して話しかけてきた暁に、俺はどんな反応を見せてやればいいんだ?

 教室の片端に位置する席に二人で座っている状況。そして、それは周りから見れば、付き合っているように見える。ただ、その二人は付き合っているわけでもなく、普通に友達として付き合っているだけ。


「…………わかった。なら、小鳥遊とかに悟られない様について来てくれ。お前が話したいことは何となくだけど、わかったから……」


 俺は何となく、暁が何を伝えたいのかを理解できた。

 深刻そうで、それでいて、普段は見せないような心配の色を濃くした瞳。間近で見ないと分からない微妙な変化。


「ありがとう……」


「どういたしまして……」


「「……………」」


 そこからの俺と暁、二人の会話は無くなった。学校にいる間は一切話さず、昼休みも終わって、授業が始まれば真面目に授業を受けた。だけど、少しずつ放課後へと時間が近づいて来るに連れて、俺の心には不安の雲が見え始めてきた。


 ……そろそろ、か。


 最後の授業が終わる一分前。その最後の一分は異常に長く感じた。何も変わったことのない時間のはずなのに、俺にはどうしても長い六十秒だ。

 チャイムが鳴るのを合図に、クラスの奴らは自分たちの帰り支度を終わらせ、自由に帰り始める。

 俺もそんな流れに合せるようにして学校から出て行けば、暁よりも先に俺の家へと帰宅。そして、その五分後……。


「ごめん……」


 少しだけキーが高いインターホンが家の中へと音を響かせ、俺は暁を家の中へと招き入れる。


――肌を突き刺すような刺々しい空気。


 どうしても空気は重くなる。どれだけ空気を良くしようと換気をしても、結局は変わることがなかった。

 ただ、一階のリビングのソファへと腰を降ろしている暁自身はゆっくりと、そして普段のイメージとは真逆の真剣で物音を立てない静かな人間へと変わっている。

そこまで深刻な事なんだな、暁……。

 そんなことを考えていると、


「櫻坂……あんたも、ここに座って……」


 暁は自分の横を手で軽く叩いて、自分の隣に座るように言ってきた。そして、俺はそんな彼女の覇気の無い言葉に、心が熱くなりながらも横へと座る。


「…………何から話をしたらいいのかな……?」


「お前が話しやすい所からでいい。いきなり重い話をされても、正直なところ、俺にはどうしようもできないから……」


「わかった……」


 リビングの電気は点いていない。

 たった、さっきまでは点いていたのだが、暁が知らないうちに消していたようだ。太陽の陽が差し込むだけの部屋は、明るい光を受けていたが、時間が経つに連れて薄いオレンジから色を濃くして、橙色へと変わる。

 暁が家に来てから三十分。現時刻は、午後四時五十分。普段なら少しずつ晩飯の下ごしらえを始める時間だ。

 そして、そんなことを考えたからか、


「今日、俺の家で晩ご飯食べていくか?」


 と、無意識のうちに暁へと口にしていた。


「……いいの?」


「暁がいいなら、お前の分の料理も作ってやるよ。うんっ、と美味しい料理を食べさせてやる」


「…………何か、いいのかな? 迷惑かけてるのに、晩ご飯まで食べても」


 いつもなら、ここで図々しくも「食べていくに決まってるでしょうが!!」なんてことを口にするはずなのだが、今日は全体的に違う。

 少なからず、俺も今の暁に対してどうやって接していればいいのか分からないし、どんなに優しい言葉を口にしたって、それは暁にとって、今悩んでいることの解決に何か絶対にならない。


「いいんだよ。暁たちが俺の事を大事に思ってくれてることは分かってるんだ。だから、俺もみんなのことを大切にしていきたい。ただ、それだけなんだから」


「…………なに恥ずかしいこと言っちゃってんのよ……もう」


「それでこそ、暁だな」


 最後の弱々しい言葉。そこには俺が知っている暁がいた。元気は無くても、そこには俺の知っている彼女がいる。それを再確認できた俺は、彼女の手を取って、


「暁も一緒に料理作るぞ。お前にも料理の楽しさを教えてやるよ」


 彼女の小さく温かな温もりがある手。力をふと入れた瞬間にも崩れてしまいそうな手を、俺はそっと握って、キッチンへと行く。

 それから二時間。

 俺と暁はいろいろと成功と失敗を繰り返しながら、一緒に晩ご飯を作り上げた。


「私が作ったなんて思えないわよ、これ……」


 食卓に並んでいる料理の数々。

 俺と暁が二人で食べるのに、丁度いいくらいの量で作った料理は新鮮な感覚があった。それは俺に対しても、彼女に対しても同じのようだ。

 普段から一人で黙々と料理をする俺に、いつも作って貰っている暁。まるで、真逆な生活をしている俺達が言葉を交わしながら料理を作った。

 綺麗に盛り付けされている料理。使っている皿も、今日だけは少しだけ高級感溢れる物を使い、そして、隣にいる暁はスカートのポケットから携帯を取り出して、


「私が作ったんだよね……これ……」


 未だに信じられ無さそうに写真を取り始める。丁寧に一品一品、綺麗に。


「暁、お前が作ったんだよ。この料理……美味しそうだな」


「うん、凄く美味しそうよ……味も絶対に美味しいんだから」


 今日の昼から笑顔を見せなかったはずの暁は、自分で作った料理がここまで凄いものだと思わず、いつまで経っても笑顔だ。


 暁は笑顔が似合うな、やっぱり。


「そろそろ食べることにしようか。せっかく作った料理が冷たくなるなんて、嫌だからな」


 そして俺と暁は、二人で作った料理を口へと運ぶ。


「―――――――ッ!!!!」


「…………うまいな、普通に」


 俺も料理を口に運んで驚いた。

 性格からして、料理が出来無さそうな暁がここまで美味しい料理を作ることが予想外過ぎた。

 ニコニコと笑顔を振り撒きながら、料理を口に運ぶ彼女。

 だが、そんな彼女には悪いが、そろそろ本題に入らないといけない。これは彼女がどうやって自分が抱え込んでいるモノと向き合えるか。

 それが一番大きな問題だ。


「暁、そろそろ教えてくれ……お前が抱え込んでいるモノを、さ」


「…………」


 俺がそう口にした途端に、暁の箸は進まなくなる。

 さっきまでの笑顔は濁りを見せ、今では不安で一杯といった様子だ。


「……大丈夫だ、誰にも聞かれてないんだからな」


「……………………………」


 俺の言葉がこいつに届いてくれていれば嬉しい。


「俺達は仲間だろ? 大変な時は助けあわないとダメだと思うんだよ」


 俺はそれだけ口にすれば、そのままもう一度、暁が作った料理へと手を伸ばす。

そして……。


『私は……雪真を守りたかっただけ……。たった、それだけだったのに……』


 暁はその言葉を切っ掛けにしたのか、少しずつだが話をし始めた。

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