あの町に生きていた僕たち
将星 出流
第1話プロローグ
春一番が吹きすさぶ中、櫻坂幸さくらざか こうは一人で校門の前で立ち尽くしていた。
何故、幸がこうして一人で校門の前で立ち尽くしているかと言うと、
「寝坊した……まずいだろ、これ……」
ということだ。
そして、今日は光陽こうよう学園の入学式。
そう、今日からこの光陽学園の新入生として学園生活をエンジョイしようとした矢先に、こんな大胆なことをしでかしてしまった幸。
桜の花びらが幸へと優しく吹きつければ、花びらは制服へと当たり、コンクリートの地面へと落ちていく。そんな光景は幸が来る、ほんの十五分前までは大勢いたのだ。そして、幸はそれに出遅れた。
もし、このまま教室へと赴けば、そこはアウェイな場所になっているはず。新しい学校生活を送ろうとしている生徒達が、緊張した面持ちで静かな教室で入学式が始まるまでの時間を過ごしているのだ。そんなところに腰を引かせて入ろうと、堂々とした態度で入ろうと、必ず向けられるのが奇異の視線。
そして、俺こと櫻坂幸は視線を向けられることに不慣れである。なぜ、俺がそんな視線を気にするようになったのかと言うのにはいろいろと事情があるのだが、今はそんな事よりも、どうやって教室へと入ればいいのか……だ。
校舎内に入って行って職員室へと行けば、先生たちが優しく教室まで連れて行ってくれるだろう。だが、しかし。俺にはそんな勇気すらないのだ。
昔から何事に対しても、自分から率先してやろうという行為をしたこともないし、ましてや、教師にすら話しかけられることも殆どなかった。
そんな俺が自分から人に話すわけもなく、俺は釈然としないまま、踵を返して自分の足で歩いてきた道を自宅まで戻ろうとした。
「今から教室に行っても、変な目で見られるだけだろうからなぁ。そんなことだったら、明日から通えばいいだろ」
これが所謂、現実逃避なるものなのかもしれない。
自分の嫌いな事柄から背を向けて逃げ出すこと。俺は昔からそんな生活を繰り返してきては、どうにかここまで育つことができた。誰に頼る訳でもなく、誰に縋りつくわけでもなく、俺はただ一人でここまで育ってきたのだ。
そんな俺は、踵を返して走ってきた道を歩きで戻ろうとする。春一番の強い風が何度も吹きつけては、ビシッと決めてきたネクタイや制服。それらすべてが、泡へと帰す。
多少の喪失感に苛まれながらも、俺は風が奏でる音を耳に聞きながら帰路へと就く。
そんな時だ。
俺の視界の中に何かが入り込んできた。それは俺へ目掛けて飛んで来て、危うく眼球へと刺さるかと思った程だ。風で速度が増していたそれを、俺は両手を使って掴めば、
「入学式当日に紙飛行機が飛んでくるなんてな、正直……驚いた」
幸が今日から通う光陽学園は、私立の進学校であり、こんなものを外へと投げ捨てようものなら職員室行きが決定してしまうほどの厳しさがある。
そんな進学校にも関わらずこうして紙飛行機が飛んでくることが、俺にとっては驚きで仕方がなかった。
桜の花びらと共に空を彷徨って来た紙飛行機がどこから飛んできたのかは分からないが、そんな紙飛行機の上部。翼となっていた部分には、紫色の字で何かが書かれていた。
そんな文字が気になった俺はゆっくりと紙飛行機を開く。
そして、紙飛行機を開き切ったと思った時にここぞと言わんばかりの春一番が、手に持っていた紙を飛ばそうとする。一瞬で紙が飛んで行きそうで、俺はそれを飛ばさないためにも指先へと力を入れた。
それから数秒も経てば春一番も止み、俺は紫色の文字で書かれた文章を読むことができた。
「……入学おめでとう、幸ちゃん♡」
そこに書かれていた文章に幸は驚くしかなかった。
飛んできた紙飛行機の文面を言葉にすれば、俺へと向けられたものだった。
最後の方には女子が描いたであろう、可愛らしい形をしたハートマークがついている。
だけど、そんな文面を読んだ俺は心の底からブルブルと体を震わせた。
それもそのはずだ。
今年、この光陽学園へと入学した生徒の中には同じ中学校の生徒は一人としていない。もしかしたら、先輩がいるという可能性もあるかもしれないが、俺は中学の時には一切、先輩と関わりを持ったような記憶はない。
だから、俺はこの紙飛行機に紫色で書かれていた文面に心の底から恐怖という形で、身体を震わせたのだ。
「はは……誰だよ、こんな悪戯する奴……」
俺は体が震えているせいもあって、言葉が切れ切れになっていた。
そんな俺へともう一度、今度は強くても、どこか優しい香りが乗った春一番が吹いた。
こんな奇妙な出来事が入学式当日から起こるなんて、幸は思いもせずにいたが、実際にこんな事態を体験した幸はと言えば、
「どうしよう……この学校辞めたくなってきた……」
と、意気消沈になっていたのであった。
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