可愛い後輩女子の居る店に通い詰めていたら「私の事、どう思っているんですか?」と聞かれた件

久野真一

第1話 唐突に俺たちが恋人になってしまった件

柚葉ゆずはー。八宝菜はっぽうさい定食一つ頼む!」


 注文を取りに来た、昔馴染みの清水柚葉しみずゆずはにいつものように定食を頼む。時はランチタイムをちょっと過ぎた14時前。場所は柚葉の両親が経営する中華料理屋「鳳凰一番ほうおういちばん」の二階の座敷席。


 安い・多い・美味いが売りの地元密着型の中華定食が目当て-正確にはそういうことにしている-で、俺は高校二年生になった頃から週末になるとここでお昼を食べるのが定番になっていた。


 一応、店は二階まで客席があるのだが、埋まる事は滅多になく、こうして俺が二階をほぼ貸し切り状態で使わせてもらう事も多い。


「はいはいー。量は大盛りでOKですか?翔吾しょうご先輩」


 店の手伝いも兼ねて、柚葉は土日は店で給仕をしている事が多い。いつも朗らかな笑顔の柚葉目当てで通う常連客も居るくらいだ。かく言う俺も、「痩せの大食いだから」などという言い訳をつけて通い詰めている始末だ。


「ああ、それで頼む」


 とにかく、量が食いたい今日この頃、予め大盛りで頼むことを把握してもらえるのはありがたい。


「ところで、先輩。そろそろ月末ですけど、お小遣い大丈夫ですか?」


 柚葉は何故か昔から俺のこういうところを気にして、よく世話を焼いてくる。実のところこれは痛い質問で、今日、ここで食う分を払ったら、あと数日間は色々我慢だ。


「ええと、ちょっと苦しいが、別に死ぬわけでもないし、大丈夫だ」


 少し強がりだが、そもそも、弁当も持たせてもらって、朝夕の二食は親に作ってもらっている。土曜日のお昼は、「友達付き合いとかもあるだろうし、適当に食べときなさい」という感じで放って置かれているけど、最悪家にあるもので何か自炊すればいい。


「いい加減、お小遣いは計画的に使った方がいいと思いますよ?」


 エプロンを身に着けた柚葉にこうしてお説教される事もよくあることだ。


「わかってるんだけど……ついつい買い食いを多めにしちゃうんだよな」


 などと言い訳をしてみるものの、バイトもしていない俺にとって、毎週のようにここに通い詰めるのは些か高くつくという事情は黙っておく。柚葉は昔から心根が優しい奴で、痩せの大食いで知られている俺がそんな事で金欠になっている事がバレようものなら、真剣にご両親に対して常連さん割引すら主張しかねない。


「仕方ないですね。今日の分は私が出しておきますよ」


 ああ、まただ。俺が柚葉の事目当てで通っているなどと露ほども思っていないんだろう。金欠の先輩のためにとこういう主張をし出す事もよくある。


「いやいや。さすがに毎回やってたら、俺がタカってるみたいだろ」


 無駄だと思いつつ、男の見栄というか客としての意地で主張してみるも。


「お父さんからバイト代はもらってますから。見栄をはらなくてもいいんですよ?」

「いや、だから、見栄とかじゃなくてだな……」

「金欠なのに?」


 ジト目で見られる。


「ゴチになります」

「わかればいいんです。わかれば」


 エヘンと自慢そうに胸を張る柚葉。こいつはどうも俺に対してこういう施しを出来る事を自慢気に思っている節がある。誰かの役に立ちたいという気持ちが強いというか。将来、悪い男に引っかからないか心配だ。


(さすがに、そろそろバイトでもするかな)


 もちろん、もうちょっとお小遣いを切り詰められれば、こんな様を晒さずとも済むという話はある。ただ、いい加減情けなさ過ぎるわけで、この立ち位置から脱却するべきかもしれない。柚葉に振り向いて欲しいのならなおさらだ。


「~~~~~~♪」


 よくわからない鼻歌を歌いながら、厨房に入って調理に入る様をじっと見守る。中学の頃からこの店を手伝い始めた柚葉が調理を始めたのは今年に入ってから。とりあえず、練習も兼ねてということで、俺限定でのことだが。


 正直、好きな女の子の手料理を味わえるというのは嬉しいけど、しかし、今の自分はただの常連客だよなあと思うと少し複雑な気分だ。もちろん、柚葉やご両親も含めて昔からの付き合いだからただの常連客とは少し違うのだが。


 そんな複雑な気持ちを抱えつつ調理を見守っていると十分としない内に調理された定食がお盆に載せられて運ばれてくる。さすがに大した手際だ。


八宝菜はっぽうさい定食、お待ちどお様です。先輩」


 もうすっかり手慣れた様子で俺の前に定食の載ったお盆を置いてくる。


「やっぱり手際良いな。もう、普通に調理出来るんじゃないか?」


 盛り付けにも全く不手際がなく、本気で称賛する。


「まだまだですってば。先輩は贔屓目に見過ぎです」


 いずれこの店を継ぐつもりで居るとは聞いているから、柚葉なりの譲れない一線ではあるんだろう。にしても謙虚過ぎだとは思うけど。


「そこまで謙虚にならなくていいと思うんだけど。贔屓じゃなくてさ」

「ま、まあ。先輩の褒め言葉は素直に受け取っておきますけど」


 こういう時に少しだけ照れてくれる顔は可愛くて、常連さんのみならず校内でも人気が高いのも頷ける。


「とにかく、いただきます」

「はい。どうぞどうぞ」


 促されて、八宝菜を軽く一口。それから、ご飯をかきこむ。油でベタベタしていなくて、いい感じに炒められた八宝菜はご飯によくあって、非常に美味い。


「美味い!ご飯にちょうどいい味付けだし……」

「食レポはいいですから、黙って食べてください」


 柚葉が見守る中で黙ってモグモグと定食を平らげていく。


「ところで、ちょっと聞いていいですか?」

「ん?」


 雰囲気が何やら真剣なものになったのを感じる。

 じいっとこちらを見つめていて、何かを知りたそうな顔。


「翔吾先輩は、私のことをどう思っていますか?」


 柚葉から発せられた言葉は明らかに唐突で、予想外だった。

 ええと。俺が柚葉のことをどう思っているか?


 それはもちろん好きだ。ただ、昔馴染みとしても常連客としても仲良くしている自信はあるが、男女の仲としてとなると全く自信がない。


 そもそも、どういう意図で柚葉はこんな事を聞いてくるのか。まさか、ご飯を食べながら告白も何もないだろう。しかし、もし、柚葉も万が一……いや、百が一くらい好意を持っていたら?ここで腰の引けた回答をしたら、落胆させる事だろう。いやしかし、デートの一つもしたことがないわけで……。


「あ、そのですね。先輩はなんか、今年度になってから、よくうちの店に通ってくれてますよね。それってどういう意図なのかな……と。単純な疑問です」


 あわあわと補足し出す様子を見て、なんとなくわかってしまった。柚葉はどうにも下手したら俺以上にチキンな部分が昔からあるのだが、俺から何かしらの言葉を引き出したいときの言い回しだ。とすると、柚葉も俺の事を憎からず思ってくれている?


「えーとだな。その、割といいなと思ってる部分はある。女の子として」


 我ながらなんともチキンだ。百年の恋も冷めそうな言い回しだとは思う。


「ありがとうございます。その、私も、結構いいなと思ってたり。男の子として」


 目を逸らしながら小さくつぶやいた言葉は……俺と同様にとても遠回しなものだった。


「あ、そ、そうか。実はかなり好きだったりする。女の子として」


 俺は何を言っているんだ、と自己ツッコミをしてしまう。しかし、日常の延長線上でこんなことやるという大暴投をした責任は柚葉にもあるのだ。俺のほうが微妙な物言いになるのも仕方ない、はず。


「なら。私も実はかなり好きです。男の子として」


 何故かチキンレースになっていた。

 その後、じりじりとそんなやり取りを十数分も続けた挙げ句。


「なあ、普通に告白しないか?疲れてきた」


 お互い、もう返事はわかっているのに、妙なムードのままでいるのは嫌だったので、本音を言う。


「そう……ですね。正直、私も足繁く先輩が通い続けてくれるのは何故なのかなとよく考えているようになっていたんです。それまで、あんまり先輩の事は意識した事無かったはずなんですが、先輩はひょっとして……なんて考えている内に、なんとなく気になってですね」


 柚葉の口から出たのはとても意外な言葉だった。デートの一つも誘えていないのに、という気持ちはあったのだが、まさか、通い詰めた事がきっかけだったとは。


「俺もさ。ぶっちゃけるとさ。クラスメートに好きな奴居ないのか?って言われて、なんとなく、店の手伝いをしてる柚葉のことが思い浮かんだんだよな。で、「あ、これが好きって奴か」って気づいて。柚葉はなんと言っても、この店の後を継ごうとあれこれ努力してるとことか、気遣いが細かいところとか、店のために一生懸命なところとかは人間的にも尊敬出来るし、色々可愛げあるし。全然嫌いなところがないくらいで。そりゃ、ちょっと臆病なところとかはあるけど、些細なことだし。だからその。ちゃんと恋人としてお付き合いしたい」


 気がついたら、色々いいところを挙げまくっていた。ああ、俺って凄い柚葉のこと好きだわ。



「そ、その。ちょっと褒めすぎですよ。それほどでもない……です、けど。嬉しいです。私も。昔から面倒見が良かったですし、ちっちゃい頃は先輩の家に預けられて、勉強を教えてもらったりして、小さい頃から、なんとなくお兄さん的な立ち位置ではありましたけど。初めて、定食を作ったときは、美味しいって褒めてくれたり、私が出す定食も、いつも凄く美味しそうに食べてくれるところとかは嬉しいなと思ってましたし。それに、口実つけてるけど、ひょっとして、私と話すために?とか思うと、先輩がなんだか可愛く思えて来たり。ちょっと抜けてるところとかも、なんか、私がお世話しなきゃ、って感じで、色々凄く好きになってました。というわけで、私の方こそ宜しくお願いします。先輩」



 柚葉も負けじと照れながらも色々言ってくれるのが心憎い。凄まじく唐突な告白になってしまったが、恋人になった……だよな?


「あのさ。これで、恋人になったんだよ……な?」


 日常の一幕という形で終わってしまったので、嬉しいはずなのにどうにも実感が持てていない。


「なんで、疑問形なんです、か?」


 それを言われると。


「だってさ。俺としては告白する時は、夕焼け空の中でとか、なんかムードのあるシチュエーションを考えてたのに、こうしてご飯食べながらとか……って、食べてる途中!」


 すっかり忘れていたが、俺はお昼ご飯を食べているのだった。


「す、すいません。ちょっとムードなかった……ですよね」


 ようやく、妙な空気の原因が自分にあると悟ったのか。ただ、まあ。


「いやまあ。考えてみれば、別にムード無くてもいいかも、しれない」


 結果オーライという奴だ。


「じゃ、じゃあ。改めてよろしくお願いします!」


 それだけ言って厨房に引っ込んでしまった。

 ちらちらとこっちを見たり目線を逸らしたり。

 こっちが視線を送れば視線を逸らして、

 視線を逸らせば視線を送って来て。


 俺たちは一体何をやっているんだろうか。

 いきなり恋人という関係性に切り替わったので、気持ちが追いついていかない。これ、どう仕切り直せばいいんだ?


 その後も終始微妙な空気のままで、結局、ご飯を食べ終えた後。


「なんか、明日、仕切り直ししないか?今日はなんか嬉しいんだけど、気持ちが追いついていかないというか」


 たぶん、一晩寝れば、ちゃんと改めて恋人として仕切り直すことが出来るはず。


「私も、気持ちがなんだか自分のものじゃないみたいな、よくわからない感じなので。ちょっと一晩、恋人らしい振る舞いとか考えてみます」


 微妙に不安の残る台詞で解散となったのだった。

 俺も大概だが、柚葉は柚葉で考え込み過ぎそうなので、心配だ。


(まあ、まずは俺自身のこと、か)


 明日、ぎこちないままだったら目も当てられない。

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