第18話

 スマホを片手に弾は一人静かに自分用に用意した部屋でひたすら目を瞑り、電話した相手が出てくれるのを待っていた。酷い頭痛と不快感から逃れようとウィスキーをコップに注ぎ、一気に喉に流し込むと同時にスマホの表示が変わる。


『やっとそっちから電話してくれたね、弾』

「瑠璃子さん。どう言うつもりだ?」

『何が?』

「さっきちょうど連絡があった。忍びの郷から逃げ出した一人が我々の荷物を載せた船を沈めて取引がオジャンになった、と。お陰で日本政府との契約は打ち切りの可能性が出てきた」

『そりゃ災難だったね。だから辞めときなと言ったんだ』

「下手な茶番は止してくれ。アンタが逃げ出したくノ一見習いに新型のガジェットを渡したのは分かってるんだ。それにアンタなんだろ。ガキと政府の反対派と仲介したのも」


 忍びの郷を追放されてもう二十年近く。瑠璃子は弾にして見れば、ずっと世話になってきた外界での母親の様な存在だった。戸籍の用意や生活の援助、それに未亜の病院や螺厭の世話も任せてしまった。その事は正直言って申し訳無く思うし、もっと出来る事はあったのでは無いかと常々心の何処かでは感じている。


 だけど今回の件、いや未亜が死んだあの日からずっと瑠璃子は弾への協力を拒み続けてきた。どれほど頭を下げても、どんな説得にも応じなかった。ただ邪魔だけはしないと返すばかりで、一番肝心な時に助けてくれないのかと腹立たしさを感じなくもなかった時もある。


 しかし本人が言う通り、瑠璃子はずっと弾の邪魔はしようとしなかった。この十年その気になれば、何らかの手段で忍びの郷に連絡だって出来ただろうに。奇襲に成功した時点で確かに約束は守っていた。


 それなのに急にどうして、何の繋がりも無かった筈の甲賀山紅を瑠璃子が助けているのか。何もかもが不可解で納得が出来ない。


「なぁ瑠璃子さん。なんだってアンタが、どうしてここに来てこんな真似するんだ。アンタだって忍びの郷に裏切られた。未亜の事だって一緒に悲しんでくれた。憤ってくれた。なのに…」

『それとこれとは話が違う。私はね、弾。忍びの郷がどうなろうと知った事じゃ無いし、吹っ飛ばしたいってアンタが言えば応援もするよ。だけどね、越えちゃならない一線ってのはアンタも理解してるって信じてたのさ』

「それは…」

『もうここまで来たんなら、後戻りは出来ないんだろう?だったら、私との縁もこれまでさ。達者に暮らせよ、弾。もう二度とこの電話にかけてくるんじゃ無い』

「待ってくれ瑠璃子さ…」


 ブツッと音を立てて電話が切れ、弾は思わずウィスキーをもう一杯一気呑みする。喉が焼ける様な感覚と一緒に頭がクラクラする。弾はそう酒に強い訳ではない。ただ呑まずには居られないだけだ。


 覚悟はしていたつもりだった。平穏無事を何より好む瑠璃子さんが、忍びの郷への襲撃と忍びの技術の流出に良い顔をするはずが無い。その結果世界がどうなるかくらい弾にだって分かっている。


 だが、それでもこの計画に弾は命をかけてきたのだ。未亜の忘形見である息子との時間も振り切り、この復讐計画に全てを注いできた。忍びの郷が最も重要視する忍鋼と忍者ガジェットの保全の掟を木っ端微塵に打ち砕き郷への復讐を果たす。そして忍びの郷が囲っている様々な技術を世間に知らしめ、その技術を求めて居る者たちに届ける。一石二鳥の計画だ。ただ最大の需要は兵器技術であり、それによって世界のパワーバランスが崩れてしまう事も分かっていた。しかしそれは必要悪だと自分に言い聞かせて来た。どんな技術も兵器利用されるものだし、郷の持つ医療技術が世に出れば救われる人は大勢居る。未亜の様な被害者も居なくなるはず。


 心のどこかでは言い訳であると分かっていても、弾にはもう後戻りは出来ない。ここまで計画は進んだのだし、忍鋼と忍者ガジェットの殆どはまだこちらの手の内にある。日本政府が二の足を踏むなら海外に売り込むまでだ。


 もうウィスキーは要らない。冷水で顔を洗って酔いを覚まし、弾は部屋を出て作戦司令室に向かう。傭兵達や、影、そして旋風が弾を振り向いた。


 もうすぐそこだ。あと少しでこの十年が身を結ぶ。例えこの先永遠に残った家族に後ろ指を刺されることになったとしても、この復讐だけはやり遂げなければ生きている甲斐が無い。


「防衛態勢を構築、侵入者に一歩たりとも我々の陣地に入れさせるな!」


 そう。もう後戻りは出来ないのだから。



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