第4話

 ここに隠れていて、とだけ言い残し紅は走り出した。服の裾から取り出した隠れ蓑マントを拡げて頭から被るが、電源を入れると残りのバッテリーはもう五パーセントも無くて真っ赤だ。持って十分。


(もう…どっかにコンセント…って、充電器無くしちゃったんだった…結構高いのに!!)


 充電器は定価で一万五千円。隠れ蓑マント自体は支給品だが、任務に必須なのに高価過ぎて忍者購買部で取り扱えないという噂を忍者学校で聞いたことがある。なので充電器の値段でぼったくって少しでも隠れ蓑マントの開発資金を回収しようともくろんでいるとか何とか…とまあ余計なことは置いておくとして。


 早足で工場内を歩き、息を殺し、やがてわずかな空気のゆがみを検知する。間違いなく相手も隠れ蓑マントを使っている。これはまずい。絶対に相手の隠れ蓑マントはフル充電。電池切れ寸前の紅のマントでは勝負にならない。


(だけど、このピンチはチャンス…!!奴らの充電器を奪えれば…!!)


 懐からクナイを取り出し、とりあえずすぐそばにあった羽毛の束が詰まった麻袋に穴を開ける。羽毛がどんどん漏れ出し、新しい忍者ガジェットを懐から取り出す。


「風遁・爆風かんしゃく玉。十五秒後にセット」


 強烈な突風を巻き起こす時限装置付きのかんしゃく玉。前はミクロエアーでやっていたけれど、あんな高価なガジェットを使い捨てにするのは本当に非常時の時だけ。


 爆風かんしゃく玉を麻袋に突っ込み紅は隠れ蓑マントを拡げたまま、手頃な机の下に潜り込む。そして十五秒が経過する。


 パン、と派手な音がして既に穴が開いていた麻袋が勢いよく破裂して一気に大量の羽毛が撒き散らされていく。そして、見えた。一つ、二つ、三つと羽毛が不自然な形で動きを止めるのを。


(そことそことそこ!!)


 クナイを投げつけて、三つの隠れ蓑マントに火花が飛んだ。クナイの刺さった処から周囲の映像を投影するモニターが壊れてどんどんただの黒いマントに変わって行く。今がチャンス。紅は隠れ蓑マントを被ったまま走り出し、手っ取り早く一番近い所に居た敵に蹴りを入れる。


「オゴッ!?」

「ターゲット!!」


 蹴りは目論見通り敵の首筋に突き刺さった。ヘルメットと防弾ジャケットの隙間の柔らかい感触が足から伝わり、敵は悲鳴をあげる間も無く気絶する。


 先ずは一人。しかし紅の隠れ蓑マントも充電切れのアラートを流しながらシャットダウンの画面が出て来て、紅は隠れ蓑マントを脱ぎ捨てて生身を晒す。


 残った二人の敵が使い物にならなくなった隠れ蓑マントを脱ぎ捨てて機関銃の銃口を紅に向けて来る。うわ、まだ足元には味方がいるのに。だけど敵はそんな事など知ったことでは無いと言わんばかりに引き金を引いた。


 紅は即座に気絶した敵を引っ張り上げ、走り出す。機関銃の弾が紅達の立っていた机を一瞬で蜂の巣にしながら紅を追うが、敵が銃口を向けるよりも先に窓際まで走った紅は窓へ男を放り投げる。


 ガシャーン、と派手な音を立てて窓ガラスが割れて、その敵が音に怯んだ隙に大きくジャンプ。グルリと宙で半回転して天井から伸びる鉄筋コンクリート製の梁に靴の裏の電磁石が紅の身体を制止させる。


「おお!?」

「忍者ガジェット、マグネット足袋。こいつを知らないなんて、やっぱりあんた達忍びの者じゃないな!?何処のどいつか言いなよ!!」

「便利な代物を独占しやがって…!!」


 男達は懐から手裏剣を取り出して投げつけて来る。真っ直ぐで単調な動き。マグネット足袋のスイッチを切って床に落ちながらクルリと半回転して足から着地。その間に紅をすり抜けて飛んで行った手裏剣が、大きくカーブを描いて紅目掛けて再度襲いかかって来る。だがその手裏剣は空中で何かによって撃ち落とされた。紅が投げた自在手裏剣の術だ。にわか仕込みの手裏剣なんか、目で見えてなくたって撃ち落とせる。


 便利な代物を独占?まぁ確かに、そうとも言えるかも知れない。だけどこの技術を碌な事には使わないだろう奴らにだけは言われなくは無い。


「あんた達が奪って行った忍者ガジェット全部返してもらう!!行って、私の自在手裏剣の術!!」


 紅の両手が合わさって、手裏剣が目にも留まらぬ速度で敵に襲いかかる。ヒュンと言う風を切る音が微かに聞こえ、そしてカッと言う硬い何かに傷がついた音が聞こえた。


「何ッ!?」

「ヒイッ!?」


 敵にしてみればなんの前触れもなくいきなり自分の持つ銃の銃身に何かが当たったと感じた次の瞬間には銃身に切り口が入ったのだ。不思議だろうし、恐怖だろう。でも今更そんなことなんて知るもんか。


「クッ、これが敵の自在手裏剣か…!なんて速度と正確性…」


 敵はナイフを取り出し周囲の音を頼りに振り回し始めるけど、そんなのこっちからみれば良い的でしかない。


 時には周囲を翻弄し、時には的確に武器を持つ手を切り裂き、少しづつ敵二人を紅の方に誘導して行く。


 そしてついに射程範囲にまで敵が知らず知らずのうちに誘導され終えた所で紅は飛び上がり、空中で横に回転を掛けながら回し蹴りを敵二人に叩き込んだ。


「うっ!?」

「グッ!?」


 自慢のキックであっという間に敵二人をノックアウト。気絶した敵の防弾チョッキのポケットを探れば、出るわ出るわ見覚えのある忍者ガジェットの数々。


「火遁撒菱に風遁ガス玉、水遁無感毒…うわー、危ないのばっかり。ったくもう。そんなんだから忍者ガジェットは他所に渡せないの、よッ!!」


 僅かに蹴りが甘かったのか、薄っすら意識を取り戻しつつあった足元の敵にもう一発蹴りを入れる。目当ての充電器を回収した紅は即座に隠蓑マントの端のコネクタに差し込み充電を開始する。再起動まで僅かに時間がかかりそうだ。


「へえ、随分元気だ。もう丸三日はまともな食事を取る暇もあげなかったんだけどなー?」


 声。即座に横へ飛び退いた紅の足元に針が刺さり爆発する。小規模な爆発ではあっても、室内用コンクリートの破片が紅の忍び装束に突き刺さり、咄嗟に顔を守った紅の右腕が痛みで痺れた。


 マグネット足袋の指向性磁力を起動して巨大な機械の上に飛び乗った紅。また、飛んできた針を今度はクナイを投げて弾き、爆発こそしなかったものの投げつけて来た張本人はケラケラ笑いながら手裏剣を投げて来る。


 紅はまだ回収していなかったさっきの手裏剣で応戦するが、敵の手裏剣は紅の手裏剣にあたると同時に爆発。手札を失った紅の脚に細い針が突き刺さった。


「また一本当たった。ああ、安心しなよ。今度は爆破しないからさ」


 痛みに思わずうめきながら機械の上で蹲る紅。すぐに針を抜いて止血しないと。いやその前にこの場を離れないと。アイツが捕まえに来る前に。


 針を抜きながらよろよろと立ち上がり、床に置きっぱなしだった充電中の隠蓑マントの元に向かう紅。床に着地し隠蓑マントに手を伸ばすが、マグネット足袋の上にスニーカーを履いた足が隠蓑マントを踏みつけた。


「紅ちゃん、見つけた」

「影、先輩…!」


 伊邪影、紅より一つ年上で、忍者訓練学校を首席で卒業した本物の天才。愛嬌のある、少し幼くも見える顔をニヤリと歪めて影は紅の隠蓑マントを拾うと紅の手の届かない所まで投げ捨てた。


「こんなにも良く動けたなぁ。ここ三日はまともなご飯も食べれてないんじゃなかったっけ?」


 いけしゃあしゃあと紅の目の前で板チョコの包紙を破って、パキンと音を立てて食べる影。さっき螺厭がくれた肉まんと缶コーヒーでなんとか立ち上がれたばかりの紅は、その光景を見て腹の虫が鳴くのを抑えきれなかった。


「くっ…」


 そんな紅を鼻で笑いつつ、影は板チョコを全て口の中に放り込み、包紙を丸めて紅の手元に投げ捨てた。


 その瞬間紅は足に刺さった針を抜き、立ち上がりながら影に向けて針を投げた。影はそれを軽くキャッチして笑って見せる。


「カチンと来た?」

「当たり前でしょ…この裏切り者!」

「へへ、そう来なくっちゃな。抵抗してくれないと楽しくないんだよねぇ!」


 影は八本の針を両手の指に挟んで構え、距離を置いた紅を探してゆっくりと歩き出した。



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