異世界召喚されて数秒で捨てられそうになったわたしの話

向日葵畑

交換しよう

 一人暮らしをしている自分の部屋で、ぼーっとテレビを見ていた。せっかく大学の長い夏休みに入ったのに、特にやることもなくて暇だ。口の中のクッキーがなくなったので、無意識にテーブルの上に手を伸ばし追加のクッキーを取ろうとした。


 その時、わたしを中心に青白い光が広がり出す。呆気に取られて光を眺めていると、その青白い光が次第に強くなり目を開けていられない程眩しくなった。思わずぎゅっと目を閉じしばらくすると、瞼の裏が暗くなったので目を開ける。


 すると見慣れた部屋ではなく、石造りの神殿のような場所に座り込んでいた。


「成功しました! 陛下!」

「陛下、いかがでしょうか?!」

「女の召喚に成功しました!」


「……え?」


 呆然と固まるわたしの周りで、神官服のような白い服を着た人やローブのような黒い服を着た人達が喜んでいる。その人たちが全員同じ方向を見て声をかけているので、わたしも彼らと同じ方向へ顔を向けようとする。


「ふむ。しかし頭が高い」

「まっ、誠に失礼致しました!」


 わたしの目がその声の主を捉える前に、何者かによって頭を押さえつけられてしまった。完全に油断していたので、座った状態で額が石の床にごりっとついてしまい、土下座のような潰れたカエルのような状態になる。


 その瞬間、額の痛みとは別に後頭部にチクリとした頭痛が走る。



「ふむ。顔をよく見たい。女の顔をあげさせろ」

「はっ! かしこまりました!」


 わたしの頭を押さえつけていた手がそのまま髪を掴み、強制的に頭をあげさせられた。

 頭を下げた意味。



 呆然としたまま声の主を確認すると、わたし達のいる場所より数段高い位置に設けられた金ぴかの豪勢な椅子に座る、でっぷり太ったおっさんが目に入った。おっさんは宝石がゴテゴテと付いた派手な服を来てふんぞり返って座っている。


 もしかしてこのおっさんがだろうか。


「ふむ。顔がのっぺりしておる。好みではない。放り出せ」

「はっ! かしこまりました!」


 いや、かしこまりましたじゃないよ。わたしだってラノベやらアニメやら見るから、これが異世界召喚とかいうやつじゃないかと薄々感づいてはいる。金ぴかの椅子に座ってるおっさんが王様かもしれないという事も分かる。でも放り出されるのは誰かに巻き込まれて付いてきてしまった人とか、スキルとか鑑定してみて役に立たないと分かった人とかじゃないのか。顔見ただけで放り出せなんて、わたしの知る中では最短記録だ。



「……えっ? マジで? 顔チラ見しただけでマジで放り出すの? ありえないんですけど!」

「黙れ! お前は城外へ連れて行く!」

「お前は陛下の好みではない! ならば捨てるのみ!」


 神官服のような白い服を着た人がワラワラと近寄ってきて怒鳴りながらわたしを拘束しようとしてくる。でも、チャンスは今だ。今しかない。異世界召喚と共に脳内に刻み込まれたあのスキルを今使うのだ。


 わたしは高いところにいる太ったおっさんを見つめながら右手をかざした。


「チェンジ!」


 カメラのフラッシュのような白い光がほとばしる。


「女、何をした?!」

「陛下に何かしたのか!」


 慌てふためいて私に駆け寄り、石の床に押さえ付けながら拘束する人たち。それを見ながらわたしは成功を確信した。


「ふむ。取り乱すでない。気が変わった。やはりその女は元の世界へと還してやれ。手荒に扱うではない」


 わたしは神官服のような白い服を着た人やローブのような黒い服を着た人を壇上から見下ろしながらそう言い放つ。


「陛下、お気を確かに! 要らない女の返還よりも新しい妾の召喚だといつも……」

「いやおまえ! 陛下が仰るのだから丁重に扱え!」

「女、ワシに何をした?! これはどういうことだ!」


 石の床の上では暴れる黒髪の女と、それを先ほどよりは優しく拘束する男たちが見える。壇上でふんぞり返っているわたしの元へ、細身の眼鏡をかけた男性が近づいて来て耳打ちをしてきた。


「陛下、毎回ご説明しております通り、次回の儀式まではひと月ほどかかります。あの女を返還すると仰るなら次の召還はふた月先になります。いかがいたしましょうか?」

「ふむ。ではあの女は客室に案内し、返還までのあいだ丁重にもてなせ。まずは女を返還し、次の召喚については保留とする」


 私の体を押さえつけている人と眼鏡の人の言葉から推測すると、このおっさんは月に一度女の人を異世界から取り寄せて妾にしているらしい。


 眼鏡の人に指示したあたりでふと気づく。足の指がかゆい。もしかして、このおっさん水虫なのかもしれない。お尻にも違和感がある。痔なのかもしれない。腰が痛いし肩も痛い。これは大変だ。



 わたしが異世界召喚と同時に脳内に刻み込まれたスキルは、手をかざした相手と魂を入れ替えるスキルだった。頭を押さえつけられた時に感じたチクリとした痛みで、そのスキルの事を閃くように理解した。


 使用してみて分かったことは、各々の意識のみがまるっと交換されるので、過去の記憶を探ってやろうとしてもできない。肉体はそのままなので、持病とか疾患は元の体に引き継がれる。


 だから今、この金ぴかの豪勢な椅子でふんぞり返って座っているわたしは、でっぷり太った水虫と痔と腰痛持ちのおっさんなのだ。


「ふむ。しばし待て」


 わたしの放った言葉に、部屋中の人が動きを止めて見上げてくる。暴れていた私もわたしを呆然と見上げてくる。を使い分けようとしてみたけれど、自分でも訳がわからなくなった。慣れないことはするもんじゃない。



 動きの鈍った脳みそをフル回転させた結果分かったことは、わたしがおっさんならあのおっさんはわたしだという事だった。乗り移るのではなく、入れ替わりなのだ。


 おっさんが私の体に入っている? この脂肪を蓄えまくった体のおっさんが? 女子大生のわたしの体の中に? 今はいいとして、このまま客室に案内された後はどうなる? おっさんが私の体を使うの? シャワーとかトイレとかも?


 きもいきもいきもいきもい。マジでありえない。すぐ戻ろう。即座に戻ろう。入れ替わり系アニメで見たようなイケメンならまだ良い。いや良くないけど。でもおっさんはナイ。


 でも待てよ? 元に戻った瞬間にあのおっさんが、体が乗っ取られていたとか騒ぎ出して、やはり投獄だ処刑だとか言い出したら困る。先手を打っておかなければ。



「ふむ。なんだこれは。邪悪な気を感じる……! なんだ? 悪魔……いや、魔王か?!」

「陛下、いかが致しましたか? 悪魔などいませんよ?」


 精一杯の怖い顔を作って空中をきょろきょろと見渡せば、先程の眼鏡の男性が心配そうに問いかけてくる。三文芝居に付き合ってくれるこの人は、眼鏡をかけて頭が良さそうに見えて、実は騙されやすいのかもしれない。


「なっ……! ワシを乗っ取るというのか?! ぐっ、そうはさせるか!」

「陛下、いかが致しましたか? 魔王もいませんよ?」


 わたしが驚愕っぽい表情を作って空中を睨みつけているのに、眼鏡の人は目を逸らさずにわたしだけを見つめてくる。三文芝居に付き合ってくれているわけではないらしい。


「ふむ、眼鏡のおまえ……ワシの体は魔の者に乗っ取られようとしている。もう持ちそうにない。ワシがおかしなことを口走り始めたら」

「陛下、お気を確かに。私の名をお忘れですか?」

「眼鏡の。その、聞くが良い。もしワシがおかしなことを口走り始めたら、それは体を乗っ取られていると考えてくれ。聞く耳を持つでないぞ。それと、その女は必ず丁重に扱い、元の世界へ戻してやるように……ぐ、ぐわああああああ! ……チェンジ」


 眼鏡の人は若干面倒くさい人だった。こういうのは無視したほうがいい。わたしは必死の形相を作って呻きながら私の体に右手を伸ばし、スキルを使う。


 カメラのフラッシュのような白い光がほとばしった。



 壇上で金ぴかの椅子に座っているおっさんが何やら暴れながら喚いているけれど、眼鏡の人とか黒い服の人とかに取り押さえられていた。眼鏡の人はチェンジって言う前から動き出していた気がするが、まあいいや。


 わたしは白い神官服のような服を着た人たちに、丁重に客室へ案内されてもてなされた。


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異世界召喚されて数秒で捨てられそうになったわたしの話 向日葵畑 @himawari-batake

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