ヘルス・オブ・ザ・デッド

木根間鉄男

第1話―プロローグ「独白」―

「私が生まれてきたこと自体が、間違いだった」

 ボロアパートの一室、日の当たらない一室で少女は呟いた。

「私に、生きている価値はない」

「何ぶつぶつ言ってるんだ、このガキは」

 同室にいる40代くらいの男が蔑みを込めた目で少女を睨みつけた。

 だが少女も彼のことを蔑みの瞳で睨んだ。

 それが彼の怒りを買い、大人の重い拳が彼女の鳩尾にめり込む。

「ちょっと。何やってるの。この子は商品なんだから。乱暴に扱わないで」

 玄関口からそう声をかけた30代くらいの女。彼はその言葉に舌打ちを一つ。

「わかってるよ。ったく、子供を商品だって、最低な親だな」

(あんただって、私を買った時点で最低よ)

 少女は声には出さなかった。いや、出せなかった。

 声に出してしまえば、また男が暴力を振るうかもしれないから。

 黙って我慢していれば何も起こらないのだから。

「……生きたくない」

 だが、このどうしようもない生を憂う言葉は、彼女の口癖として喉にこびりついてしまっていたのだ。

「おら、ガキ。黙って服脱げよ」

 男に促され、少女は服を脱いでいく。

 ねちゃりとしたいやらしい視線が、彼女に纏わりつく。

 しかしそれも彼女にとっては日常だ。

 すでに不快感は死んだ。羞恥も死んだ。

 暗い部屋に浮かび上がるのは血の通っていないような恐ろしく真っ白な少女の裸体。

 未成熟な身体に、肉のほとんどついていない四肢。

 それが彼女の凄惨な生活を物語っているよう。

「それじゃ私は出かけてくるから。終わったら片付けしておいてよ」

「わかってるよ。あ、そうだ。今度親子一緒にヤらしてよ。倍出すからさ」

「私がその子と同じ額? 冗談じゃないわ。もっと出してよ」

「考えとく」

 そうやり取りして女はこのボロアパートに似つかわしくないブランドバッグを持ち、外へ出て行った。

「……ったく、あのアバズレが。てめぇの値段はガキ以下だっての」

 そう文句を言いながら男も服を脱いでいく。

 そして、自分よりも一回り二回りも小さい少女に、覆い被さるようにのしかかった。

「子供の体温あったけぇ!」

 少女の胎内に男が入っていく。

 不快感を示す嗚咽も涙も、すでに枯れていた。

 彼女は男の成すがまま、犯されていく。

(あぁ……本当に、生きている意味なんてあったのだろうか)

 少女は思う。

(私は、何を間違えたのだろうか)

 少女は思う。

(そうだ。私は間違えていない。間違っているのは、世界だ)

 少女は願う。

「こんな世界、無くなればいいのに」

 その願いを叶えるかのように、今日、4月20日。世界は、滅んだ―。


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