童貞を殺す女~A町連続鼻血失血死事件~

青水

童貞を殺す女~A町連続鼻血失血死事件~

 A町連続鼻血失血死事件。

 それは、半年ほど前から発生している怪奇事件だ。被害者は全員男性で、若者が多い。鼻からおびただしい量の鼻血を吹き出して、その結果、失血死してしまったのだ。外傷は見られない。体の内部にも異常は見られない。実に不思議な事件だ。

 目撃証言によると、犯人は女であるとのこと。年齢は二〇代から三〇代。彼女の姿を見た瞬間、被害者たちは鼻血を吹き出して失血死してしまったらしい。彼女はそんな被害者を嘲笑いながら夜の街に消えていく――。


「一体、どんなトリックなんでしょうね」


 鈴木太郎巡査は言った。二〇歳になったばかりの若者である。


「さあな。本人に会って確かめてみるしかないだろう」


 佐藤三郎巡査長は言った。彼は二六歳で、結婚もしている。

 二人は女がよく出没するエリアを毎夜見回りした。もちろん、初日から遭遇などという奇跡は起きなかった。しかし、五回目の見回りで彼女を発見した――。


「……ん? 佐藤さん、あの人……」


 前方から歩いてきた女はロングコートを身にまとっていた。寒くなってきたとはいえ、コートを着るにはまだ早い季節のように思える。

 ――と。

 女はロングコートをばっと脱いだ。その下には、裸よりもセクシーで扇情的な服を着ていた。局部をぎりぎり隠しただけの、服としての機能を成していない服。とんでもないエロさだった。

 それを見た瞬間。


「ぐはあっ!」


 鈴木は鼻血を吹き出した。


「だ、大丈夫か、鈴木!?」


 鼻血はダムが決壊したかのように止まらない。血が地面を赤く染めていき、やがて鈴木は死んでしまった。


「そ、そんな……」


 佐藤は鈴木が――被害者たちがどうして鼻血を吹き出したのか、理解した。

 鈴木が女性と付き合ったことがない、という話を前に聞いた。

 そう、女の扇情的すぎる格好は、童貞にとって猛毒なのだ。童貞ではない、妻帯者である佐藤は何とか耐えられた。しかし、彼もぎりぎりのところである。それほどまでに女はエロかった。エロスの権化であった。


「貴様、よくも鈴木を……っ!」


 佐藤は、立ち去ろうとしている女の前に立ちはだかった。


「うふふ。脚が小鹿のように震えていますわよ」

「う、うるさいっ! 逮捕だ! 殺人容疑で現行犯逮捕だ!」

「逮捕? 私は何もしておりませんわよ。ただ、あの男が勝手に鼻血を吹き出して、勝手に失血死してしまっただけ」

「ぐ、ぐぬぬ……」


 その通りであった。彼女は罪を犯してはいない。

 悔しさから歯噛みする佐藤を嘲笑うと、女はカツカツとヒールの音を響かせて去っていった。


「それでは、ごきげんよう」


 と、言い残して。


 その後、A町連続鼻血失血死事件の犯人の女は、『チェリー・キラー』と称されるようになった。彼女は法を犯していないので、逮捕することはできない。この失血死事件を止める有効な策は未だ見つかっていない。A町では若い男の比率が段々減っている――。



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