第130話 ビーフシチュー

しばらくしてカピタンさんが帰って来た。

甘味の魅力に我を忘れたそうだけど、思い出して直ぐ戻ってくるあたり、イリスさんよりはマシなんだろう。

「森に家族を迎え入れたい兵の名簿が完成しました。いつでも迎えに行きたいと皆言っております。」

ふむ、それはいいのだけれど、家族側の意思確認をしてないんだよな。無邪気に土塁で森を囲っちゃったけど、郵便のやり取りを無視しちゃっている訳だし。

それにどこでどう受け入れる事を考える必要がある。

一番分かりやすい場所は、コレットとの街道だけれども、当然コレットからの侵入者を考慮しないといけない。(別に侵入者が有ってもこちら側に引き入れれば良いだけなんだけど、それはまた早い)

「それならば良い場所があります。通称三本木と言われる、巨大な木が3本生えて居る場所ですが、現在のキクスイと帝国を繋ぐ主街道です。コレットの街へ来るならば我が東部方面軍駐屯地方向の脇街道を抜けますが、それ以外の街、例えば帝都方面に向かう時の主要街道となっている森の出口地点です。」

逆に言えば、コレットの街がいかに辺鄙かを表して居る訳ですね。

そういえばその場所も土塁で塞いでいる訳ですが、旅人はどうしたのだろう。


お答えしますマスター

そもそも国境を越える旅人は稀です

ここ1年で国境を越えた民間人は2人だけ

つまりマスターと女神様だけです

国境の山越えをするのは猟師と商人だけ

しかし キクスイの猟師は帝国の森から外には出ませんし 帝国の猟師は今は森に入れません

また、キクスイの商人も王都の地震があり 更にはマスターが事実上動かしていますから 山越えしている暇も必要もありません


ならば問題は無い訳だね。

ふむ、決定だな。

「その三本木に一時的ではありますが、木戸を作っておきましょう。出て行く時間は明後日の昼。軍はそれまでに希望兵を現地に集合させて於いて下さい。それまでに馬車鉄道を複線化しておきます。その後の木戸の管理は軍に一任します。決して開放しないように。

また、外に出る兵が戻る時期時間もまちまちになるでしょうから、各自余裕を持った日時を聞き取りの上、1日に2度だけ受け入れるスケジューリングを全員に軍令として指示して下さい。コマクサ侯の私兵や帝国軍が森に侵入しないように。」 

森の中がまた血に染まらないように。

「それまでに新しい官舎を建てておきましょう。」


・てん菜畑の準備

・木戸の準備

・それに伴う線路、馬車の増設

明日やる事はこれくらいかな。

てん菜畑はコレットの街道の入り口に作っておこう。あそこなら道が既にあるから所謂路面馬車鉄道になる。電車開発前のロンドン、いや空気の清浄感は比べ物にならないから明治の銀座をイメージしとこう。

三本木方面は最初に開墾した土地の先、駐屯地からは30キロほど離れているので、最初に敷いた鉄道を利用して複線にしておきましょう。その内、馬車庫も大掛かりに作ってみよう。今の官舎は全部空き地にする予定だし。


さてと、ミズーリのリクエストに応えてビーフシチューを作りますか。

昼夜シチューって、私的にはどうかと思うけど娘達がそう言うんだから仕方がない。

具は、昨日もカレーで使った噛まずに崩れるよく煮崩した牛肉、万能野菜玉葱、人参、ジャガイモ、あとは香草を少々。

鍋で牛肉をバター炒めにします。鍋に残った肉汁を使って、食べ易い大きさに切った野菜を炒めます。(玉葱は丸ごとが私の好みだけど今日は我慢)野菜に火が通ったら肉を鍋に戻し水とコンソメの素を入れて煮ます。丁寧にアクを取りながらジャガイモを足し、塩胡椒で味を整えます。

アクが出なくなったら、デミグラスソースとケチャップを入れます。あとは弱火でコトコト煮込むだけ。香草を乗せて簡単ビーフシチューの出来上がりです。ミズーリのリクエスト通りご飯を用意。あとは、粒とうもろこしをバターで炒めときましょう。コールスローサラダも付けとけば彩りも賑やかだし。


「旦那様?これはカレーとは違うのですか?」

スパイスを使っていない別の料理です。

「ご飯にかけても美味しいわよ。ハヤシライスって言うんでしょ。」

あれはハッシュドビーフをご飯にかけた物だからちょっと違います。私には味の区別がつかないけど。

ツリーさんはとうもろこしがお気に入りみたいで、自分の分を食べ終わると私の皿から私の分を掻っ攫っていく。

最近、貴女用に他の人と同じ量を出しているんだけど、チビの背で跨がれる小さな身体の何処に消えていくんだろう。

「(女の秘密です。)」

まぁ貴女も人外の存在だし、気にしたら負けだよね。


食事が終わり、後片付けも済んで娘達はデザートのアイスを手にまたDVDソフトを物色中。今夜は泥棒の3代目がお姫様を助け出す懐かしいアニメ映画をセレクトしたらしい。

私は地図を片手に、明日の計画を練る事にします。ノートを開いて木戸門のデザインを思考中。

と言っても思いつくのは時代劇で見た江戸の町の木戸とか、箱根の関所跡とか、上野の博物館にある大名屋敷の重厚な長屋門とか。

木戸と言う名前に引っ張られ過ぎかな。

中世欧州の城塞都市。小田原も城塞都市だったね。木ではなく石か鉄で門を作れば良いのか。イメージは東大の赤門を鉄で。

私は首都圏のとある地方国大出身で東大になんか縁がなかったけどね。

待てよ。なんならドカンと凱旋門とかブランデンブルク門なんてのも良いな。

いやいや、元日本人の私としてはやはり懐かしい日本の風景を取り入れたい。

やはり武家屋敷の長屋門を鉄で作るか。待てよ待てよ、壮大な門ならばお寺の楼門があるじゃん!二階建てにして一階部分に屋根をつければ、東大寺の南大門みたいな凄いのがあるじゃん。あれを鉄で作ろうか。

心張り棒も全部鉄で。仁王像がいる所と二階を居住スペースに出来るし。


「なんか旦那様が帳面にアレコレ描きながら笑ってますわよ。」

「どうせまた悪ふざけを考えついたのよ。何か絵を描いてるから明日作る物の下絵じゃないかしらね。」

「旦那様のデザインは私達には見た事の無い、それでいて実用的ですから少し楽しみですの。」

「基本的にトールさんの故郷にある物の焼き直しなんだけどね。実用化された物を更にブラッシュアップさせるのがトールさんの得意技なのよ。あれはトールさんの数少ない道楽だからほっておきましょう。」

「分かりましたわ。」

おやおや、娘達に何かを言われてしまった。

実際、ミズーリの言う事は正しい。私に想像性(創造性)なんか皆無だから、元となる見本は必要なんだ。

ついでに馬車を何台か追加して、地図上に新たな路線を書き加える。

そうすれば夜中じゅうに新しい線路が敷かれていると言う訳です。

ナイトキャップ代わりのホットミルクを飲み干すと、先にベッドに潜り込みます。

キクスイ王子との会談やら、飛行船やら林檎やらジャムやら今日は働き過ぎた。

考えてみれば、カレーうどん、シチュー、シチューと似たような物ばかり食ってたし。

明日は私が食べたいものだけ作って食べよう。

おやすみなさい。

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