第123話 一方その頃
組織からの指令は、「キクスイから親子連れの旅行者が来るから殺せ」と言う単純な物だった。理由は知らない。
どうせ裏社会の揉め事だろう。標的が親子連れというのは気に掛かったが、まぁ良い。
どうせ儂達には関係の無い事だ。
儂は配下の軍に命令した。そうだ、彼奴にやらせよう。彼奴は儂の女婿になるのに当たって手柄を欲しがっていた。この平和な帝国において、軍人が功績をあげる機会は少ない。いずれ森の軍を預ける予定だし、些細な事でも勲章と昇格の餌が必要だ。
失敗した。いや、失敗するのは人間だから仕方がない。儂達は組織では無いから一度の失敗はそれ以上の成功を見せれば良いだけだ。
「人間」ならば。だが、これは人間なのか?
家人が血相を変えて報告して来た事は、燃えながら生き返る彼奴とその仲間の姿だった。家人はそれだけ言うと驚愕のあまり心臓が持たず息絶えた。儂もあらかじめ教えられなかったら不味かっただろう。
それ程異常だった。何故、人が苦しみながら焼け死に、また生き返り、また焼け死ななければならない?
彼奴は何をした?
聞けば森から駆け抜けて来た馬も焼け死んだという。
彼奴らをそのままにはしておけん。何より娘に会わせる訳にはいかん。
彼奴らを難燃性の蔵に閉じ込めると、再び森の軍に出動を命じた。組織への顔立てもあるし、何よりも儂に恥をかかせたのだ。許す訳にはいかん。
翌日、早馬の知らせによると、出動した軍は全員行方不明。ミク司令官も戦死した模様。弓の集中射出や野焼き戦法が一切通じず、同じ戦法で逆襲された上、野焼き戦法は突然の豪雨で鎮火したという。
豪雨?雨など降っていないでは無いか?
更に早馬は言う。気がついたらそこ此処にあった仲間の死体が全て無くなっていた。
そんな事があってたまるか。
全部嘘だ。軍の連中は弱虫だ。
理由も無く親子連れを殺す事を怖かっただけだ。どうせ森の何処かに逃げたのだろう。
あの皇族の司令官?女に何が出来る。
とは言え、放置する訳にも行かない。
儂の女婿を化け物にし、組織に対する儂のメンツを失わせた。
たった2人の親子連れ相手でも構わん。
儂は全軍に出動を命じた。
翌日、早馬の報告に耳を疑った。
一度は全軍出動した森の軍はその日のうちに撤退したと言う。
儂が派遣した軍目付も、言葉を濁して従わないと言う。
民間人を殺す事に、おおかた怖気付いたのだろう。情け無い。
ならば、基地ごと潰してやる。今すぐに水を止めろ。食糧を止めろ。
儂に逆らう奴には思い知らせろ。
水を止めた。食糧も止めた。あの基地には申し訳程度の井戸水しか無い筈だ。
どうせ直ぐに音を上げて来るだろう。
そう思っていた儂の元に、街の商人から苦情が来た。
軍相手に何をやっているのだと。
確かに儂は食糧以外の取引は禁じてはいなかった。その他の消耗品にまで考えが及ばなかったので、商人どもはいつも通りの商いに行ったのだろう。それで追い返されたか。
軍の連中、思い上がった事をしやがる。
違う、窓から見ろ。
うるさい、たかが商人如きが。一喝しようとしながら窓の外を覗くと、そこから見えた物は、森を囲んで永延と続く壁だった。
何だあれは。昨日はなかった筈だ。
慌てて私兵と共に壁に向かった。
基地への道は完全に遮断されている。
あろう事か、コレットから給水を受ける用水路も埋め尽くされている。
水など要らないとの意思表示なのか?
その理由は直ぐに分かった。耳を澄ますと、壁の向こうから水音が聞こえるのだ。それもせせらぎが切れず聞こえ続けている。
こんな所に川など無かった筈だ。
壁と言い川と言い、何がどうなったらこうなるのだ。
一体何がどうなっているのか。
この壁の向こうはどうなっているのか。
儂は連れてきた私兵に壁を壊すか乗り越えろと命令した。
失敗した。
壁は土の様に見えるが土では無い。
材質は不明だが、岩の様に硬いと言う。
私兵が突き立てた剣が根元から折れた。
乗り越え様にも空堀が深く、天頂までイバラが絡み付いており近づき難く、空堀の底からではハシゴでも高さが足りないらしい。
帝都にお伺いをたてるべきか。何しろ壁の向こうには一万人以上の兵達がいる。
奴らが反乱を企てているとしたらどうする?先ずは儂が先鋒で当たるか、いや絶対的に兵力が足りない。
反乱を抑えられない無能領主と言われるのは嫌だ。
壁を作ったと言う事は、水と食糧に問題が無いと言う事なのだろう。
しかし、万もの人員を食わせるアテが何処にある?
キクスイ?
確かに奴らはキクスイとの国境を塞いでいる。しかしまさか、キクスイは震災の復興で余裕がない筈だ。大体、山越えがあるのにそんな大量な物資の運搬が出来る筈がない。
ふむ、今は様子見か。どうせ連中は直ぐ降参して来る筈だ。
森の中の軍に何が出来る。いざとなったら壁を壊して突入すれば良い。
そう思っていたのだが、とんでもない事態が起こった。
儂らコレットの民の前で何かが空を飛んだのだ。鳥では無い。
何しろ飛行物体にはデカデカと、ミク・フォーリナー帝国第四皇女の紋章が描かれているのだ。
あれはなんだ。なんなんだ。
見た事も無い物体の飛行に、恐怖を覚えた街の者がバタバタ倒れ、酒屋が気付の酒を持って街中を走り回る中、儂は確信した。
あの女、ミクは生きている。紋章を付けた飛行物体は山を越えて消えて行った。山の向こうはキクスイ。
何かが、壁の向こう、森の中では何かが始まっている。
だが、今の儂には出来る事が無い。
ようやく気がついた。この事態の主導権は最初から儂には無かった事を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます