第15話
「桃、帰ろ」
「は~い」
「奈々、じゃあね。部活頑張って」
「うん」
帰りのHRが終わると、安藤さんはすぐに席を立ち上がって夢野さんに声をかけ七瀬さんに一言告げてから、さっさと教室から出て行ってしまう。勿論、僕には何もない。
はぁ~~~~~~~~~~。今、物凄く死にたい気分だ。
自分に近しい人を拒むのって、こんなにも罪悪感を感じるものなのか。胸が苦しくてたまらない。
クラスのイケメンAとBに忠告を受け、僕は安藤さんに自分に関わらないで欲しいと言ってしまった。それで彼女は怒ってしまい、今日一日僕に話しかけてこなかった。
(そりゃそうだろうさ……楽しそうにイジられていた奴が、突然イジるのをやめてくれって言うんだもん。はぁ?何だこいつ?って思うのも当然だよね……)
彼女が怒ることも分かりきっていた。そして、イジられたくないんて全然思っていなかった。
だけど僕は、安藤さん達との仲よりも、イケメンABの言うことを聞いてしまった。
正直に言うと、僕は彼等の言うことなんて無視したかった。あんなクソ野郎共よりも安藤さん達の方が優先度は高い。
なら何故、そうしなかったのか。それは、中学時代に苦い思いを経験したからだ。この手の絡みは、一度無視するとエスカレートしてくる。特に奴等は僕のことを陰キャオタクと下に見ているので、物を隠したりとか殴ってきたりとか平気でしてきそうである。もっと最悪なのは、その状態が長続きすることだ。高校生活が始まったがかりで、そんな面倒な事をされたくない。
だから僕は、安藤さん達との仲よりも自分の保身を取ったのだ。
情けなさで死にたくなってくる。これが二次元の主人公だったならば、「うるせー黙れ」と一蹴しているんだと思うと尚更に。
「おい黒崎、何かあった?」
突然、目の前の席にいる七瀬さんが問いかけてくる。何もないよと返答すると、彼女は「嘘つくなよ」と眉間に皺を寄せながらこう言ってくる。
「何もないわけないでしょ。急にからかわないでくれとかさ、そんなのあんたが言える筈がないじゃん」
「……」
聞こえていたのか。まあ普通聞こえるよね、目の前の席だし。という事は、夢野さんにも聞こえているだろう。
「我慢してたんだよ。本当は嫌だったんだ」
淡々と告げる。すると突然、彼女はガンッと僕の机を蹴っ飛ばした。驚く僕に、七瀬さんは瞳に怒りを募らせて口を開いた。
「今のあんた、マジキモいよ」
「……」
「どんな理由があるのかしんないけど、あんたがそういう奴だとは思わかった」
そう告げて、七瀬さんは鞄を背負って去っていく。そんなやり取りを、教室の端で眺めていたイケメン野郎がニヤニヤしているのが視界に入ってきて、僕はがりっと奥歯を噛み締めた。
○
「黒崎君」
「……園原さん」
下駄箱で靴を履き替えていると、学級委員長の園原さんに声をかけられる。相変わらず、外見は清廉潔白な美少女だ。中身はクレイジーサイコビッチだと知っているのは僕だけだろう。
「何か用?」
「用っていう訳ではないんだけど、なんか元気ないなーって。安藤さんと喧嘩でもしちゃった?」
「……」
「まぁ大方、クラスの阿部と万代君に安藤さん達に近づくなーとか言われたんだろうけど」
(すげーなこの人、そこまでわかんのかい)
一発で状況を当てた園原さんの名探偵ぶりに脱帽してしまう。流石、「良い子」ちゃんを演じているだけあって周りをよく見てらっしゃる。身体は子供で頭脳は大人な名探偵もびっくりだろうね。
「これでいいんだよ。陰キャオタクの僕と安藤さん達じゃ、元々住む世界が違うし」
「その例え方は気持ち悪いけど、言いたいことは分かるわ。でも、本当にいいの?このまま安藤さん達と喧嘩したままで」
「いいも何も、こうするしかないんだよ。僕に選択権はないんだ」
「ふ~ん、そうなんだ」
上履きを下駄箱に入れ、ガタンと扉を閉める。踵を返して歩き出すと、園原さんもついてきた。
「でも園原さん的にはよかったんじゃない?元々安藤さん達を邪魔に思ってたんだし、これで僕を好きなだけイジられるね」
「ほんの少し、雀の涙ぐらいにはそう思ったりしたけれど、今の黒崎君をイジっても全っ然面白くないわ」
「……」
だろうね。僕もそう思うよ。
自嘲気味に笑っていると、とっとっと、園原さんは僕を追い越して振り向いた。
「貴方がどうするのかなんて貴方次第だし、私は気にしないけど。自分の中で答えは出ているはずよ。ただ、それをしないだけ」
「……」
「じゃあね、ワンコ君」
そう言って、園原さんはクールに去って行った。
気にしないとか言っている割には、ちゃんと助言する辺り「良い子」ちゃんなんだよね。それが演じたやつなのか、本当にそうなのかまでは知る由もないけれど。
「あーあ、やっぱり三次元って面倒だなぁ」
ガシガシと頭を掻きながら、大きなため息を吐く。
こういう人間関係のいざこざが嫌で、もう関わりたくないから陰キャオタクになったのに、結局こうなってしまうのか。
だけどそれは、自分が招いた結果だ。陰キャオタクで一人孤独のまま過ごしていたら、最初から安藤さんのイジりに反応したり、彼女達と絡むのが楽しいと思わなければ、イケメンABにイチャモンをつけられることは無かったかもしれない。
だけど僕は、いずれこうなる気がしていながら、安藤さん達と一緒にいる事を選んだ。彼女達にイジられるのが楽しかったから、この時間を自分から終わらせることをしたくなかったんだ。
そんな僕は、安藤さん達を傷つけてしまった。
もし僕が、全くの他人視点からこの状況を知った上で見たらどう思っていたのだろうか。イケメンABに絡まれたくないからしょうがないよと思うのだろうか。多分僕が他人だったら、十中八九そう思ってしまうだろう。
美少女ギャルと陰キャオタクじゃ済む世界が違う、と。
そんな言い訳を考えてしまっている僕を、僕は心底気持ち悪いと思った。
ならば、覚悟を決めるしかないだろう。
陰キャオタクにも、石ころ程度の意地はあるんだ。
(ありがとう、園原さん)
彼女が僕に失望してくれなかったら、僕は僕の過ちに気付けなかった。
イケメンABにびくびく脅えながら、安藤さん達に罪悪感を感じながら、クソつまらない高校生活を送っていただろう。
例えこの先安藤さん達に嫌われたとしても、僕にはやらなきゃならない事がある。
今に見てろよイケメン共め。
帰ってから、僕の想像で百万回殺してやるかな!
……こういうところが、陰キャなんだよな~。
○
次の日の小休憩。
トイレから出てきたイケメンABを待ち伏せていた僕は、勇気を振り絞って声をかける。
「あ、あの……」
「あん?おー黒崎、どうした?」
「俺達に何かよう?あーそういえば、昨日はよくやったじゃねえか。偉い偉い」
そう言って、イケメンBは僕の頭を不躾に撫でる。触んなよクソ野郎、まだ濡れてんだよ。ハンカチぐらいもっとけボケがぁ!
と言うことは出来ないので心の中に留めておきながら、僕は震える唇を開いた。
「あ、あのさ……そのことなんだけど」
「ん、なんだ?」
「やっぱり僕は、安藤さん達と話したいよ。それにイジられたい。だから、ごめん。二人の言うことは聞けません」
本心を告げると、イケメンAは眉間に皺を寄せながら僕の胸倉をがっと掴んでくる。
「なにお前、舐めてんの?」
「舐めてません。ただ、僕は安藤さん達と話がしたいと言っただけです」
「だからそれが舐めてるって言ってんだろーがよぉ!」
今度はイケメンBも詰め寄ってくる。
何で君達は、そういう風に声を張るんだ。大声を出せば陰キャがビビるとでも思っているのだろうか。あーそうだよ、その通りだよ。胸倉を掴まれて、鼻先で怒声を上げられただけで膝が笑っちゃうぐらい震えているよ。恐くて胸の奥が苦しいよ。ごめんなさいと今すぐ謝りたくなるよ。
でも、でもさ。
そんなことをしても、状況は悪化するだけなんだ。賽は投げられた、もう後には退けない。
だから僕は、これまで自分の中に蓄積した数々の
「何を怖がっているのさ」
「あ?」
「自分達が安藤さん達に話しかけてシカトされるのが恐いからって、その理由を僕に押し付けるなよ。安心して、僕がいなくても君達は安藤さん達に相手もされない。命を賭けたっていい」
「陰キャの癖に調子に乗ったこと言ってんじゃねえぞおい」
「その陰キャが羨ましくて影で小細工している君達はなんなのさ。自分から陰キャ以下だと言ってるようにしか聞こえないけどね」
「てんめッ!!」
「もう一度だけ言うよ。僕は安藤さん達と話がしたい。だから君達の言葉には乗らない。空気なんて知るか、立ち位置なんてくそくらえ!」
言ってやった。言ってやったぞ!なんてかっこいいんだ僕は!まさか自分がこんなラノベ主人公のような台詞を言えるとは思ってもみなかった!
でも後悔してる!だってこの二人、今にも殴りかかってきそうなんだもん!!絶対痛いよ!暴力反対!!
「もういいわ、ぶっ殺す」
目がイっちゃってるイケメンAが拳を振り上げる。目を瞑って身構えていると、「ねえ」と女の子の声が近くから聞こえる。この声……間違いない、彼女だ。でも、なんで彼女がこんなとこに……。
安藤花さんが、僕等の前で仁王立ちしていた。
「あ、安藤……何でここにッ」
「く、黒崎お前、嵌めやがったな!?」
「ええ!?全然そんな事ないです!?むしろ僕がすんごい驚いてますから!!」
三人仲良く驚いていると、安藤さんが「ちっ」と大きな音で舌打ちを鳴らす。
ひええええええええ、ギャル恐いよおおおおおおおお。
「ねえ、あんた達さ、なんでそんなダサいことしてんの?」
「お、お前こそどうなんだよ!なんでこんな陰キャなんかとつるんでんだよ!」
「そうだよ、最初は俺らと居たじゃねえか!」
吠えるイケメンたち。やめておいたほうがいいのに、君達如きじゃスーパーギャルの安藤さんなんかに太刀打ちできる筈がないんだから。
「あんた達といたってつまんないし、色目使ってくるし、そういうダサいところがムカつくから」
「「なっ!?」」
「あんた達といるより、そこの陰キャをイジってたほうが百倍楽しいし」
「……」
あかん、泣いてしまう。
イケメンは僕の胸倉を離すと、「だる」と小声で言って踵を返してしまう。逃げるように去ろうとする彼等の背中に、安藤さんは忠告を送った。
「あー言っとくけど、もしまた黒崎になんかしたらあんた達の居場所クラスから無くすから。ていうか、学年から消すから。それだけは覚悟しておいて」
「「……ッ!?」」
般若より恐い安藤さんに言われたイケメン達は、顔を青くして慌てて走り去ってしまった。
うわーギャルこえー。冗談でもなんでもなく、本当にやってしまいそうだから余計に恐ろしいよ。
そんな事を思っていた僕は、仕事をやらかしてしまった会社員よりも素早い土下座を安藤さんにした。
「いきなり土下座されても、意味がわかんないんですけど」
「ご、ごめんなさい。本当にごめんなさい。あんなこと、安藤さんに言うつもりはなかったんだ。安藤さんにイジられるの、そんなに嫌じゃないっていうか……逆に嬉しいというか……」
しどろもどりになっていると、突然ドシッと背中に重みを感じる。
この柔らかい感じ……もしかしてお尻か?あれ、安藤さんに座られちゃってる?
「そのままの体制キープしといて」
「はい、仰せのままに!」
「ねえ黒崎、あんた……あたし達にイジられて本当に嫌じゃない?」
「はい!嫌じゃないです!むしろ嬉しいです!!」
「――ッ!!」
全身全霊で本音を叫ぶと、安藤さんは僕の背中から退いた。
顔を上げると、安藤さんはニヤニヤしながら、
「バーカ、陰キャの癖にイジられるのが嬉しいとかキモ過ぎなんだけど」
「ご、ごめん」
「まっ、今回は許してやるか。ほら早く立って、授業遅れるよ」
そう言って、くるりと背中を向ける安藤さん。
僕はゆっくり立ち上がって、彼女の後ろ姿を眺めながら、心底安堵していた。
ああ、勇気を出してよかったと。
そしてありがとう。
こんな陰キャオタクに勇気をくれた物語の
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