第7話

 




「じゃあね黒崎、明日はボッキさせて登校すんなよ」

「ばいばーい」

「まあ、その、頑張れ」


 放課後になり、ようやく安藤さん達のイジりから解放された。

 一日中からかわれた僕は、精魂尽き果てたように机に突っ伏す。


(はぁ~~~~~、死ぬかと思った~~~)


 心の中で、深い深い、マリアナ海溝より深いため息を溢す。

 安藤さん達のイジりは、別にイヤな訳ではない。本当に傷つくような事は言わないし、暴力をする訳でもない。

 では何で疲れるのかというと、ボディタッチが激しいのだ。ギャルだからなのかどうか僕にはわからないけど、やたらめったら触れてくる。その度に僕はドキドキし、無意識のうちに息子も元気になってしまうのだ。


 彼女達は陰キャ童貞を舐めすぎている。本当に、ちょっとしたボディタッチだけでも胸が高鳴って嬉しくなり、終いには惚れてしまうのだ。

 まあ僕は過去にそれで失敗しているから、彼女達に惚れることはないんだけど。それでもドキドキしてしまうからやめて欲しい。

 ……いややっぱりやめなくていいから、手加減してください。

 え?手のひら返しが早いって?女の子に触られたいんですごめんなさい。


「黒崎君……ちょっといい?」

「はっ……園原さん」


 上から降ってきた声に反応して顔を上げると、目の前に園原さんが立っていた。

 笑ってるけど笑っていない顔を浮かべたまま、彼女は吸い付きたくなるような唇を開く。


「話があるから、ちょっとついて来てくれないかな」

「……はい」


 有無を言わせぬ迫力に、僕は飼い犬のように彼女に後ろについて行った。




 外の空気が美味しい。そう感じるのは、地上よりも高い場所にいるかもしれない。

 コツコツと、コンクリートを歩く音が鳴り響く。周りには、落下防止用の柵が張り巡らされていた。

 園原さんに連れられ、僕は学校の屋上に連れて来られていた。

 いやいやいや、ちょっと待って、おかしくない?

 うちの学校って、確か屋上は進入禁止の筈だよね?鍵も開いていないし、生徒は絶対に入ることは不可能だ。なのに園原さんは、当たり前のように鍵を取り出して開けていた。


 僕、訳がわからないよ。


「黒崎君」


 園原さんが振り返って僕を見る。風が吹き、スカートがバサバサとはためく。色っぽい太ももがあらわになるが、彼女は決してスカートを抑えようとしなかった。スカートの中は、一体どうなんっているのだろう。

 僕はつい、生唾を飲み込んだ。


「今朝のことだけどね」

「……」

「あれはついうっかり、パンツを履き忘れちゃったの。だから、本当にたまたまだったの」

「そ、そうなんだ。だよね、そうだよね。まさか園原さんがノーパンで学校に来るわ――」

「というのは、嘘なの」

「……ふぇ?」


 話終える前に遮られ、僕は口から変な言葉を出してしまった。

 脳の処理が追いつかないでいると、園原さんは続けて話す。


「私って、誰からも「良い子」に見えるでしょ?まあ、そういう風に演じているんだけどね」

「演じ……てる?」

「そう、演じてるの。だってその方が色々と得するんだもの。便利よ、「良い子」ちゃんって。何でも思い通りにいくから」


 彼女は「けどね……」と暗い顔を浮かべて、


「「良い子」を演じ続けていると、時々疲れちゃうのよ。だから、少しの刺激が欲しかったの。非日常的な」

「その刺激が……ノーパンってことかい?」

「そうよ。試しに一回だけって思ってやってみたら、これが凄く解放的でストレス発散になって、ついにはやめられなくなっちゃったんだ。勿論、最大限に注意はしていたよ。でも今朝、とうとう黒崎君に私の秘密がバレちゃった」

「……」

「どう?幻滅した?」


 そう問いかけてくる園原さんに、僕はこう伝える。


「幻滅しないっていえば、嘘になる。僕は「良い子」ちゃんを演じていた園原さんに、好意を抱いていたから」

「そうなんだ……」

「でも……別にいいんじゃないかな。ほら、人ってさ……少なからず演じてるところはあるじゃん?『キャラ』って曖昧なものをさ」

「……」

「だから、悪いことではいよ。あっでも、流石にノーパンは不味いと思う。もし変な奴にバレて、脅迫されたりしたら危ないじゃん?」

「黒崎君って、優しいんだね」


 あれ、今の僕かっこよくない?好感度爆上がりしちゃった?もしかしてワンチャンいけちゃう感じ?

 そんな浮かれている僕に近づくと、黒崎さんはドン!と胸を押してくる。


「わっ!?」


 突然押されて、僕は背中から倒れてしまう。そんな僕の胴体に、園原さんは突然跨ってきた。

 やわらかい感触が、制服越しに伝わってくる。

 あれ?今どんな状況?


「ねえ黒崎君。わたしね、ノーパンの他に、ストレスを発散する方法があるの。何だと思う?」

「わ、わかりません……」


 園原さんは「それはね」と言って、右手で僕の頬をぎゅむっと掴み上げながら、恍惚とした表情で告げてくる。


「貴方みたいな陰キャラ童貞オタクを惚れさせて、勘違いして告白してきたお馬鹿さんをフることよ!!」

(やべーーーーー奴キターーーーーーー!!!)


 何言っちゃってんのこの人!?性格悪いとかのレベルじゃないよ。大分歪んじゃってるよ!!性根が折れて捻じ曲がっちゃってるよ!!


「最初は惚れさせてチヤホヤされるだけで満足だったんだけど、それじゃ満足できなくなっちゃったの。だから告白させる事にしたのよ。陰キャラ童貞オタクってみーんな、私みたいな清廉潔白の美少女がタイプでしょ。少し優しくすれば、すぐ勘違いして好きになっちゃうんだから」

「うぐ!!」


 胸が痛い!!正論というかその通りすぎて何も言い返せないよ!!

 実際僕だって、「あれ?もしかして園原さん僕のこと好きなんじゃあ……」って一瞬でも思ったことあるもん!!


「告白させて、断るの。『ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの』って。その時の陰キャラの絶望した顔は、何度見ても素敵だわ」


 敵や!こいつ全世界の陰キャラの敵や!!

 うぶな陰キャラの心を弄ぶ最低最悪な悪女や!!


「貴方もターゲットの一人だったのよ、黒崎君。貴方は絵に描いた陰キャラだったし」

(ごめんさいね、絵に描いたような陰キャラで……)

「後もう少しで落とせるってところだってのに、ギャル共の所為で計画が台無しになったわ」

「それって、安藤さん達のこと?」

「ええそうよ、あのビッチ共が邪魔したおかげで黒崎君の心が私から離れてしまったわ」


 ビッチはあんただよ。うん、絶対そう。


「しまいには、貴方に私の秘密を知られてしまうし」

「僕を……どうしたいのさ」

「今は何もしないであげる。けどもし私の秘密をバラしたら、家から一歩も出たくないくらい社会的に抹殺してあげる」


 完全な脅しやん。


「でも、僕の方が正しい」

「あら、そう?陰キャラ童貞オタクな黒崎君と、清廉潔白な良い子ちゃんの私、世間は一体どちらの言葉に耳を傾けるかしら」

「そ、それは……」

「こういう時の為にね、キャラを演じておくのよ」

「んぐ!?」


 突然、前触れもなく。

 園原さんは顔を近づけ、僕の唇をいとも容易く奪い去った。


(えええええええええ!?何でええええええええ!?)


 ぼ、僕のファーストキスがこんなクソビッチに奪わてしまった……もうお婿にいけないよぉ。

 園原さんは僕から顔を離すと、そのまま立ち上がる。その際、スカートの中身が見えそうになったけど、本当にギリギリ惜しくも見られなかった。


「私と秘密が共有できてよかったわね、黒崎君」

「全然よろしくないです……」

「今日から貴方は私の奴隷よ。これからよろしく、ワンコ君」


 そう言って、園原さんは鼻歌交じりに屋上を去って行った。

 マリさん、僕はアナタにワンコ君って呼ばれたかったです。


「……何がなんだか、意味がわからない」


 赤ろんできた空を眺めながら、ぽつりと呟く。

 今日一日で色んなことが起き過ぎて、脳がキャパオーバーしてるよ。


 人は、人に勝ってな幻想を抱く。

 そして自分の幻想と違うと、勝手に幻滅してしまう。


 僕の場合、園原唯への幻想は違うどころか突き抜け過ぎて、その感情がどんな名前なのか自分でも分からなかったのだった。


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