君を明日、ここで待つ
鞘村ちえ
1.君を待つ
もう夏も終わりだというのに、今日は蝉も鳴くような暑さだ。待ち合わせを夕方にしたのは正解かもしれない。
時折吹いてくるぬるい風に、小花柄のワンピースの裾がひらりと翻る。何十年も前に買った思い出のワンピース。タンスの奥にひっそりと、出番を待つように眠っていたのを引っ張り出してきた。
随分と見覚えのあるビル群から少し離れたところに、待ち合わせの喫茶店は「オープン」のプレートを下げてひっそりと建っていた。
からんころん、と軽やかなドアチャイムの音を響かせながら喫茶店のドアを開ける。「いらっしゃい」というゆったりとした渋い声と、二十年前のあの頃から変わらない珈琲の香ばしい香りが、まだ自分たちがあどけなかった頃の記憶を引っ張り出してくれた。少し狭めの店内にかかるジャズの音が心地いい。カウンター席では、白髪の生えた男性がひとり静かに文庫本を読んでいる。
懐かしいあの子はまだ来ていない。壁にかかってコチコチと一定のリズムを刻み続けている、いかにも古そうな時計を見ると、待ち合わせ時間よりも三十分も早く着いてしまったようだった。私は店の奥に一つしかないボックス席に座ると、丁寧にティーカップを拭いているマスターにアイス珈琲を注文した。ミルを挽く音にあの頃の想いを馳せながら、君を待つ。
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