第四章(2)
双塔の街の東門は実際には街の南東寄りにあり、緑淵の河から引き込んだ水路を街の外へ送り出す水門と並べて設けられている。
すでに日は落ちて、空の色は赤から
でもまだ東門は閉ざされず、ちらほらとヒトが出入りしている。
水門のほうは落とし格子が下ろされて、水路の岸に繋いだ荷船の上に船員たちの姿はない。みんな酒場へ繰り出したのだろう。
職人街である東地区の中にも地元民向けの酒場があるけど、街から街を巡るのが仕事の船員たちは、たとえ自宅がこの街にあったとしても地元意識は薄く、よそ者向けの盛り場のある東門の外へ飲みに行くほうを好む。
もともと、この街で宿屋は大聖堂の建つ丘の麓、街の中心部に集まっている。
その多くが巡礼宿として開業したもので、清潔な寝床と素朴な食事を安価に提供してくれるけど、食事の前後にお祈りがつきものだったり朝は早くに起こされて礼拝に参加させられたりする。
富裕な商人や貴族階級向けには、専属の部屋係が召使いさながらに世話をしてくれる高級旅館もある。
では、ボクたち冒険者を含めた不信心者や異教徒はというと、もっと気安く利用できる「普通の宿屋」が東門の外にいくつか設けられている。
そのほか終夜営業の酒場に賭博場、淫売屋、精力剤や幻覚薬を売る怪しい魔法薬屋まで軒を連ねて、東門の外はちょっとした歓楽街になっている。
だから街にあるほかの門は日没で閉まるのに、東門だけは日没とともに衛兵が詰め所に置かれた砂時計をひっくり返し、きっかり三時間後に閉門と決められている。
街の住民たちだって、ちょっとしたお楽しみを味わいたいときがあるからだ。
賭博場や淫売屋では客に閉門が近づいたことを知らせるため、きっかり二時間半の砂時計を用意している。
双塔の街の硝子細工の質の高さは砂時計の正確さにも表れている。
東門の脇には日没時に交代したばかりで元気そうな夜勤の衛兵が槍を手に勇ましく立っていたので、ボクは愛想よく、にっこりとしてから門をくぐった。
向こうはちらりとボクを見てから咳払いして視線を外し、でもまたちらちらとボクを見ている。
三角耳と尻尾と韻紋さえ気にしなければ、そう悪くない見世物だと思うよ、ボクの姿って。
獣人嫌いには通用しないけど。
……くっそー、あの自称自警団のガキどもめ。
思い出すと腹が立つ。ボクは食べ物に関しては執念深いぞ。
街の外に出ると、街道は水路と寄り添いながら南東へ伸びている。
水路の向こうにはその水を利用した農耕地が広がり、こちら側には宿屋と酒場が道に沿って建ち並ぶ。
そこから数軒おきに建物の間に伸びた路地が、表通りでは営業できない賭博場や淫売屋が集まる本当の歓楽街だ。
交易商人のためには街道沿いの一番外れに幌馬車を停められる広場がある。
大事な商品を運んでいるときは一行の主人も宿屋に泊まらず使用人とともに馬車の荷台で眠るのが普通だ。盗賊の襲撃や使用人による持ち逃げなどの事故が起きれば一財産を
街道と水路はそこからしばらく先で緑淵の河に行き当たる。
その流域はもともと森林地帯だったけど、双塔の街に近いこのあたりは材木や薪炭として利用するため伐採が進んで農耕地に変わっている。水路は河に合流し、街道も河に沿って南へ下り、いくつか街や村を経て浮島の港に至る。
ボクはルシーナさんを訪ねる前に幌馬車広場の隣の宿屋に立ち寄って部屋を押さえていた。
武器や冒険のお宝など他人に触れさせたくないものを抱えた冒険者は個室での宿泊を好むけど、空きがなければ木賃宿で我慢することになる。
ところが獣人であるボクの場合、たいていの木賃宿で宿泊を断られる。冒険者以外の一般庶民の客と相部屋になるので、毛が落ちるとかケモノくさいと宿屋に苦情が来るのだそうだ。
まったく言いがかりでしかないのだけど、ボクとしても不愉快な思いはしたくない。個室がとれなければ酒場で夜明かしするつもりだったけど、今回は運良く部屋が空いていた。
でも、いまはその宿屋には戻らず、手前の路地を入った先にある酒場へ向かった。そこは看板に冒険者御用達を掲げた気安い店で、汁ぶっかけ麺を食べ損ねた憂さを晴らすにはちょうどいい。
自警団のガキどもにはいつか復讐してやるにしても、いまのこのイライラをどうにかせねばならんのだ。
まったくにゃー、飲まにゃにゃやってらんにゃーにゃー!
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