第二章 食べ物の怨みは怖いのだ(ニャンコではなくてもそうなのだ)
双塔の街の中心には、その名の由来となった二つの
かつてまだ街が誕生する前、その場所には小さな【
やがて僧院や旅人が必要とする道具類を作る職人が丘の麓に集まり、それで
最初につけられた名前は【
その発展には近くを流れる【
街では鍛冶や硝子工芸という火気を必要とする工業の発達が促され、その製品は浮島の港を経由して遠方まで需要を獲得し、富と繁栄がもたらされることとなったのだ。
これによって力をつけたのは職人や商人といった街の住民たちである。
宿坊の街はその成り立ちから地理的な意味でも政治的な意味でも僧院が中心的な位置にあったけど、現実的には小さな僧院に行政を担える官僚組織はなく、また当時の【
街の政治は住民の代表者による【
僧院側もこれに異論はなく、住民たちとの関係は良好であった。
住民側にしても俗人の貴族が街の領主であれば彼らの贅沢趣味に費やされるのは税収全体の三割では済まず、また貴族領主の気まぐれや自己顕示欲で戦争に巻き込まれる危険も多々あるところ、僧院が領主なら積極的に戦争に関わることも敵から狙われることも少なく、街は安定した発展を続けられるのだ。
しかし住民たちは、街の中心に建つのが小さな僧院であることにやがて満足できなくなった。繁栄する宿坊の街には、よりふさわしい象徴があるべきと望むようになった。
そこで街を訪れる巡礼そのほかの旅人にも呼びかけ十数年かけて浄財を集め、当時の名建築家による設計図とともに僧院に寄進して、小さな僧院は二つの鐘楼を持つ大聖堂へと建て替えられることになった。
それからまた十数年かかって大聖堂が完成したときは盛大な祭礼が催され、大神官を名乗ることとなった元僧院長は唯一神と善意の住民ならびに旅人たちへ感謝の祈りを捧げた。
このときから、この地は双塔の街と呼ばれるようになった。
だから大聖堂は正しくは【双塔大聖堂】、大神官は【双塔大神官】である。
住民たちは双塔大聖堂にさらなる
そうして集められた【
これが僧院あらため大聖堂と住民たちとの幸福の絶頂であり、その終わりの始まりであった。
壮麗な二つの鐘楼を持つ大聖堂と、それを完成させた街の経済力は唯一神信徒の教団組織の中で大いに注目されることになった。
歴代の僧院長は前任者による指名または僧院に属する聖職者による互選で決められていたけど、これが大神官を名乗るようになって以降は代替わりのたびに教団組織の上層部──【
大聖堂の管理運営のために聖職者と俗人とを問わず聖庁から多くの人員も派遣されたけど、彼らの本当の目的は市会から行政権、ことに徴税権を奪い返すことにあった。
市会は反発したけど大聖堂が街の領主であるのは住民たちも認めてきたことで、あるべき状態に戻るのだと言われれば抗う口実もなかった。
住民たちにとっての大聖堂との幸福な時間は終わった。
立法も司法も行政も、街の政治権力は全て大聖堂が掌握し、税は大聖堂が取り立てて、その大部分が聖庁に上納された。
市壁の補修は放置され、水路の建設は中断し、周辺開墾地の農民たちを襲う盗賊団は野放しにされて犠牲者を
礼拝は巡礼への見世物として唯一神を賛美するためだけの荘厳なものとして催されなければならないのだ。
住民同士の刑事事件、たとえば窃盗や傷害は、加害者側は【
一方で商取引などを巡る民事上の争いは大聖堂への寄進の
公正な裁判など大聖堂のもとでは期待できないので、住民たちは自力救済に訴える傾向が増した。つまり事件が起きれば犯人(民事事件なら不正をした側)と決めつけた相手のところへ親類縁者を引き連れて押しかけ、私的な報復を加えるのだ。
しばしばそれは過剰なものとなるほか
憎悪の応酬で住民同士の関係も
大聖堂は貴族領主と変わらない存在になった。領主が与える恩恵といえば領内への居住を許すことだけなのに、領民は領主の定める法に従い、税を納め、そのほか生活のあらゆる面で領主による支配を受け入れなければならない。
そして、ボクが語るこの物語のときから三十年あまり前。
双塔大聖堂の二つある鐘楼のうちの片方が落雷によって半壊した。
その事件を契機に住民たちと大聖堂との関係は新しい時代に入ったのである。
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