第31話
(31)
薄暗い闇の中で蠢く者たちが波の様にさざめき、それがより深い漆黒の闇を作り出す。それがこのラビリンスともいえる高架下を覆っている。
魑魅魍魎が跋扈する時を人は古来こう言わなかっただろうか。
――逢魔が刻、と
去るべき時に去らねば
逢わずとも済むものに逢うのだ。
路地に聞こえる子供の手毬歌に
君は闇夜の住人達のことを
今思い出すだろう。
『魑魅魍魎』
スマホの画面に書けば、瞬時に輝く。
まさに神の言葉。
それが今発動して、僕へと襲い掛かる男根へと絡みつき、それをこの世界への憂いと怨念とを絡みつかせ、激しく路上へと叩き落した。
激しく石が砕け散る音が響く。
ひぃひぃ
ぎぎぃぎぃ
この世に住まう事の出来ず闇へと追いやられた者達の悲しみ、憂い、その激しき仏への哀憐と復讐、そうしたそれぞれの感情が質量となって重さとなり、路上に落ちて砕けた男根に絡みついている。それはまるでこの世界への生をうみだす可能性を一滴でも残さぬとも謂わんばかりに粉々に破壊してゆく。
そればかりではない。
魑魅魍魎は影を伝う様に比嘉鉄夫の足元に這いずりゆく。まるで蛇が生まれたばかりの雛鳥を飲みこもうと舌なめずりするように。
それを見た比嘉鉄夫の顔が歪む。
それから手を払う様に砕けた石の上をサンダルで慌ただしく飛び上がり、逃げる様に身体を震わせて、後ずさりして背後を振り返る。
だがその面前に見えたのは、魑魅魍魎共の隙間なく埋められた漆黒の壁。
見るがいい、その壁面に浮かぶ者達を。
あまりにも言葉にできぬ憐れむようよう存在達の魑魅魍魎。
昆虫なのか、
動物なのか、
まるで分からぬ人間の恐怖を形にして塗り付けられた感情が埋め込まれた異形の者達。
そこにもしかしたら比嘉鉄夫は自分を見たのかもしれない。
この世界から落ち行く者たちのまるでその姿を。地獄の業火に落ちゆく者たちの罪人に、お前は何を問うたのか?
いや、何を吐き出したのか。
感情が掴んだその一言こそ、鏡写しのお前自身でないのか?
比嘉鉄夫よ!!
「この妖怪(バケモノ)!!」
比嘉鉄夫が叫ぶ。
その声は魑魅魍魎達の壁に弾け返り、僕の精神にぶつかる。
ぶつかった比嘉鉄夫の声が僕の精神から何かを剥ぎ取った。
それは僕の中に渦巻く一人の人間への憐れみともういうべき感情。
憐れみは去った。
残された僕の中にあるのは、勝利への決定打を打つだけの冷静さだけ。
そう、僕は完全勝利を得るべく、魑魅魍魎を召喚したと同時に別の魔術を発動している。
僕は足元に落ちている岩石を握りしめた。すると緑色に輝く光体が浮かぶ。その石を投げ捨てると僕は別の岩石を一つ一つ拾上げては投げ捨て、ひとところに集めて行くそれはやがて小さな広がりをもって蜘蛛の巣状の円になってゆく。
もし誰か僕の姿を見ればまるで賽の河原で石を拾集める子供の様に見えるかもしれない。
――賽の河原の子供
こつこつ拾う賽の河原の子供は塔完成させようとするが、鬼がやって来てはそれを無情にも破壊してしまう。
つまり全ては始まりに戻り、子供たちの苦労は永遠に報われることは無い。
僕は思う。
賽の河原の子供たちが暗示しているのは、 現代に生きる僕達というのはこの浮世の中で何物も成し得なることができないという事を宿命づけられているのだと言っているのではないかと。
では、
僕達が成そうとする仕事とは何だろう。
その意味は。
まるで賽の河原の石拾いの子供の様に目の前に見える形を追いかけては、完成できない物を永遠に求めているだけなのだろうか。
僕は首を横に振る。
今は僕には哲学的な問いへの答えは分からない。
成すべき仕事は、
比嘉鉄夫を捉える事。
それこそが完全勝利なのだ。
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