第4話 吊られた男

 早瀬さんと別れ、自宅に帰った僕は妹の遺影に犯人Aが絞首刑になったことを報告した。

 母はヨウコを膝の上に乗せ、テレビを見ていた。


 僕は夕食を食べた後、シャワーを浴び、ベッドに横になった。

 横になると異様な眠気におそわれ、すぐに眠りについた。

 ふしゅうふしゅうという奇妙な呼吸音のようなものがどこからともなく聞こえた。



 気がつくと僕は錆びたベンチに座っていた。

 空気が蒸し暑い。

 そしてどこか見覚えのある光景だった。

 ブランコに滑り台、シーソーに動物の乗り物が二つあった。


 ああ、そうだ。

 ここは見覚えがあるはずだ。

 妹の葉子とよく遊んだあの児童公園だ。


 どうして僕はこんなところにいるのだろうか?

 皆目見当がつかない。


 僕はあたりを見回した。

 まわりに人の気配はない。


 いや、生き物が一匹いた。

 さすがにこの猫は見覚えがある。

 白猫のヨウコだ。

 ヨウコは僕の横に飛び乗るとシャツの袖口を噛んだ。

 くいくいと引っ張っている。


「なに、どうしての」

 僕はヨウコに聞いてみた。

 しかし、当然であるが彼女が答えることはなかった。 

 ただ、袖口を噛み、引っ張るだけであった。


「なに、どうしたいの」

 僕はそう言い、ヨウコの背中をなでた。

 これはなんの合図だろうか。

 ヨウコはなにか伝えたいような気がする。

 と僕が思案していると何か呼吸音がする。


 うん、誰かいるのかな。

 ついさっきまでは人の気配などしなかったのに。

 何者かが息をするのが聞こえる。

 ふひゅうふひゅうとおかしな息の仕方であった。

 何かで押さえつけられているような息の仕方であった。

 僕はその息の方を見た。

 はっきりとはわからないが人のようなものが立っている。

 そこからはふひゅうふひゅうという呼吸音がする。

 その音が聞こえるとヨウコはさらに袖をぐいぐいと引っ張る。


 いったいヨウコはなにをうったえているのだろうか?


 ヨウコは力をこめて袖口を噛み、引っ張っている。

 もしかしてここにいてはいけないということだろうか。

 あの呼吸音に言い様のない恐怖を感じた僕はベンチから立ち上がった。

 ヨウコもベンチから降りて、駆け出した。


 僕はヨウコの後を追う。


 どうしてかはわからないが、ここにこのままいてはいけないような気がする。



 もういいかい……。

 もういいかい……。

 もういいかい……。



 その声はかなり聞き取りにくいものだったが、男の声だった。

 この声はどこかで聞いたことがあるな。

 記憶をたどるが思いだせない。

 思い出せないまま、僕はヨウコを追いかけ、公園を後にした。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る