第3話

 腫れ上がる目蓋や頬、内出血し青あざになりかけているところもいくつかあるひどい僕の顔を見て彼女は心底驚いていた。

「喧嘩でもしたの? あ、したんですか?」

 僕との距離を測りかねているのだろう。敬語に言い直すあたり好感が持てる。

「これには色々と訳があって……君の携帯なんだけど、壊れてしまってその……少し時間はかかるけど最初から説明させてくれない?」

 彼女は首を横に振った。

「別に携帯なんてどうでもいいよ。どうせもう必要なかったんだし。それよりなんでそんな怪我してるのか知りたいだけ」

 必要ないってどういうことだろうと思ったけど、僕はひとまずその疑問を飲み込んだ。

「あぁこれね……先生と殴り合いになっちゃってさ」

 彼女は驚いていた。

「え? なんで? 先生殴ったりしたら謹慎になったりするんじゃないの?」

 まさか、謹慎なんてならないでしょと僕は心の中で笑った。

「実は君の携帯なんだけど先生に見つかってしまってさ。没収されたんだ。取り上げた先生に僕のじゃないから返してくれって抗議したんだけど信じてもらえなくて。言い合ってたら教師が君のスマホを真っ二つに割ったんだ。それで気づいたらぶん殴ってた。その結果気絶するまでボコボコにされちゃって、君との待ち合わせには遅刻するしもう本当にどう謝ればいいかわかんなくて……本当にごめんなさい」

 僕は精一杯の誠意を込めて深々と頭を下げた。

 数秒後、彼女はクスクスと笑い始めた。驚き呆けた僕の表情を見て彼女は声を上げて笑った。

「あーこんなに笑ったのいつぶりだろう? 君最高だね! それにありがとう。なんだか救われた気がしちゃった」

 僕は彼女の言葉を理解できなかった。

「ねえ、スマホのことはもうどうでもいいからさ。私と手紙交換しない? こういうのちょっとやってみたかったんだよねー」

 僕は未だに状況を理解できずにいた。

「いや、あの、え? スマホは弁償するよ。僕のせいだし」

 彼女は首を横に振る。

「いーの。スマホなんて店に行って失くしたって言えばたぶん保証で安く手に入るんだし。それより私と手紙交換してくれるの? してくれないの?」

 ぐっと距離を詰められ彼女の顔が近づくと心臓がトクンと大きく跳ねた。今朝と同じ甘い香りがした。触れられるほど近くにいるのに、触れられないことをひどくもどかしく思った。

「ねえ! 聞いてる?」

 黙り込んだ僕に彼女は更に距離を詰めてきた。

「聞いてるよ。近い近い。やるよやる、手紙交換。でもどうやるの?」

 騒ぐ心臓を落ち着かせる時間を少しでも作るために、僕は素朴な疑問をぶつけた。

「簡単じゃない! 朝同じ電車で一緒に行きましょう。そこで交換すればいいのよ」

 なるほど。僕は毎日彼女と登校できるという訳か。

「それは、嬉しい提案ですね」

 なぜか敬語になってしまう。

「今のはちょっと気持ち悪いよ」

 咳払いをして浮かれていた自分をいましめた。

「ウソウソ。傷付いた? ごめんねー」

 ケラケラと笑い完全に僕との距離感を掴んだ彼女は敬語を全く使わなくなっていた。


 こうして僕らは翌日から、少し早めの電車で一緒に登校するようになった。


 部屋の机の引出しには、大切な手紙が少しずつ増えていった。


[つづく]

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