シナリオ57
山の緩斜面でシルヴィに追いついた。
普通ならばレベル一のアグリが、エリートであるシルヴィの足に追いつくなどあり得ない。しかしシルヴィは子供四人を引き連れていた。それから少し扱いが厄介なエルフ娘も一緒だった。
「よかった……皆、無事だったか……」
「君こそ! 村からスゴイ爆発音がしたけど、無事だったんだね!」
シルヴィの温かい言葉の裏には、エリートプレイヤーとしての責任や後悔があるのだろう。
レベル一のアグリに、洋館に囚われた人質の救出からクエストボスまで任せてしまう羽目になったのだから。
とはいえ、文句などあろうはずもない。この作戦を立案したのはアグリ自身なのだ。
「センムは?」という質問に、シルヴィは首を横に振った。
センムはシルヴィと戦うことなく逃げたそうだ。
ブラック組織の幹部らしい見事な引き際と言わざるを得ない。
保身に
次にエンカウントした時は、きっとシャチョー以上の強敵となっているだろう。
「君も無事だったんだね……」と今度はエルフ娘に向き直った。
「うん……ありがと……」
相変わらずの舌足らず。しかし彼女なりに感謝している様子だった。
「ヘンタイ露出狂」とアグリをモンスターの群れの中へ押しやった過去は、既に頭にないと思われる。
(若い女性って酷いよね……それとも俺の周囲の女性だけが特別なのかな?)
などと考えていると、エルフ娘が何やら言いたげに、「あうっ、あうっ」と衣服をゴソゴソとまさぐり始める。
ポケットから取り出されたのは小さな小瓶だった。エルフ娘に預けた『アロマオイル・エルフの森の薫』である。
返却するつもりだろうか。
「それは君が持ってていいよ」
エルフ娘は戦争で故郷を失った。そしてこのアロマオイルはその故郷の森と同じ香りがするという。それならあげてしまっても構わない。
そもそもアグリは、『アロマオイル』使うようなお
このアイテムをアグリにプレゼントしたシーラさんだって、その方が喜ぶだろう。同じエルフ族でもあるし。
「ううん……いらない。アグリが使って…………アグリ……臭い……」
「「「………………!」」」
アグリはおろか、シルヴィや他の子供たちまで黙り込んでしまった。
(もっと空気読もうよ! クエストのエンディングなんだからさ!)
小瓶を受け取った直後、アグリの眼前で不思議なことが起こった。
エルフ娘の足元から虹色のエフェクトが発生し、その小さな体躯を包み込んだ直後、
「エルフっ娘が消えた! 何かのペナルティ? 俺がセクハラしたから?」
慌てふためくアグリ。
それに対し、シルヴィは冷静だった。
「たぶん大丈夫だと思うよ」と。
「どうして?」
「あんな子供にセクハラしたら、いの一番に消されるのは君だと思うし……」
「その説明だけだと、ぜんぜん安心できない!」
シルヴィの説明によると、あの虹色エフェクトはエルフ族のプレイヤーがログアウトする際に発生するものと同じという。
「あのエルフっ娘がプレイヤー? そうは見えなかったけど……」
あのエルフ娘は確かに不自然だった。二十歳とは思えない舌足らずな口調やおどおどした態度など。
それなりの戦闘力も有していたが、それを十全に発揮できる様子もなかった。
仮にプレイヤーならば、超がつくほどのど素人。もしくは使用しているバーチャル端末がプレイヤーの脳と100%リンクできていない。
一流ゲーマーが集うこの『リアルクエスト』において、いずれの可能性もないだろうが。
「う~ん、なんて表現すればいいかな……あの子はこれからプレイヤーになる、とでもいうのかな?」
シルヴィが言いたいことは理解できた。
あのエルフ娘はNPCで間違いない。しかしただのNPCではなく、プレイヤーのひな型、つまりアバターとして使用されるための調整段階にあった、ということだろう。
この『リアルクエスト』で使用されるプレイヤーのアバターは、すべてプレイヤーに合わせたオリジナル。同じものは二つとしてない。
アグリもそうであるように、体格、性格、職歴や学歴、それどころか趣味趣向や黒歴史まで徹底的に調べ上げ、アバターの特性として反映されている。
しかし、いきなりというわけにはいかない。
プレイヤーを迎え入れる前に、アバターに内蔵されるサポートAIや音声変換機能、五感再生エンジンなどの調整が必要だ。もちろん身長や体重も。
それを行っている最中に、偶然アグリが助け出してしまった。
「そもそも、クエストのクリア条件は子供が四人だった……」とシルヴィは続ける。
「確かに……あの幼児体型で二十歳って言ってたよ。ちょっと信じられない」と別の意味でも納得するアグリ。
「それに不自然なのよね。あのモンスターの強さや数で、クエスト受注条件がレベル十ってことも……洋館内ではラミアやオークの上位種まで出たんでしょう?」
これまでロットネスト王国のプレイヤーが、ラミアやオークの上位種と戦った経歴はないという。つまり魔王軍でもかなり上位レベルのモンスターである可能性が高い。
「うん……あれはマジで怖かった……俺の
戦闘スキルを一切持たず、プレイヤーやモンスターのレベルさえ見極められない生産職『農夫』のアグリには、クエスト難易度の基準と呼べるものがない。
ただ言えるのは、シルヴィの鬼神のような強さや、羽トカゲ(ドラゴニュート)とイヌ(ヘルハウンド)の協力、そして古井戸と農民スキル『コエダメ戦法』といった偶然が重ならなければ達成できなかったクエストだった。
辛く、苦しく、痛々しく、そして非常に臭いクエストだった。
「て、貞操? 君、どういう戦いをしていたの?」
「とにかく! この山の
なんでも『脱出パート』にはゴールライン――クエストの境界線が設けられているらしく、人質を連れてソレを超えれば、脱出成功となるそうだ。
(信じ難いことが色々とあったけど、やっぱりここはゲーム世界なんだな……)
一人で逃げたセンム、消えたエルフ娘、ラミア様など色々と謎や疑問は残したものの、この緊急クエストはこれで終わる。
改めてシルヴィとハイファイブを交わし、クエスト仲間(仮)の羽トカゲとイヌにも謝意を伝えた。
(そういえば、ご褒美も約束していたな……)
しかし、地鳴りのような足音と強烈な悪臭が接近していることに気づいた。
シルヴィは既に臨戦態勢。アグリも慌てて『竹槍』をアイテムストレージから取り出し身構える。
ご褒美タイムを邪魔された羽トカゲとイヌは、不機嫌そうにそのモンスターへと牙を
峡谷から姿を現したのは、シャチョーだった。
しかし、かつての威厳も貫禄もきれいさっぱり消えていた。
自慢の金の斧はヒビだらけ。
組織の長として、社会的に終わった感は否めない。
ゲーム的にも終わりに近いか。
HPバーは真っ赤な瀕死状態。さらに頭上には『猛毒』表示まで出ていた。
取り巻きのゴブリン兵は一人もいない。『猛毒』にやられたか、センムのように逃げ出したかのどちらかだろう。
シャチョーはこのまま放置してもいずれ死ぬ。そう判断したアグリは、今にも飛び掛かりそうなシルヴィの前に割って入った。
「ここであえて手を汚すまでもない」とカッコ良く。
「その体でまだ戦うつもりか?」
今のシャチョーにどれほどの理性が残っているか定かではなかった。
もちろん会話が通じなければ戦うより外はないが。
だが、さすがは『TACT』社の最新AI制御というべきか、シャチョーは攻撃姿勢を解いた。
アグリはアイテムストレージから『どくけし』を取り出し、シャチョーへと放った。
「生き残った取り巻きを連れて己の土地へ帰れ。そんな土地がないのならば、ロットネスト領から出てくれるだけで良い……」
元はロットネスト王国と隣国との戦争から始まったイベントだ。
魔王軍とも対立しているが、今回に限っては、隣国がモンスターの放逐という非道な戦法を取ったがために発生した緊急クエストでもある。
つまり、シャチョーとその支配下の組織も、戦争の被害者と言えなくもない。
モンスターにもゴブリンレッドや人形ジジイなど話が通じる奴らがいた。彼らの協力なくして、クエスト攻略は叶わなかっただろう。
なにより、
もちろん、羽トカゲやイヌに対する酷い仕打ち、ブラックな組織構造まで肯定するつもりはさらさらないが。
「シルヴィもそれでいい?」
「今回のクエストは君の活躍なくして成し得なかった。最後まで任せるよ」
『どくけし』を飲み込んだシャチョーも小さく頷く。
「ほら、こいつも使え。多少はマシになる」
エルフ娘から返してもらった『アロマオイル・エルフの森の薫』を投げ渡す。
「グォ?」と首を傾げたのも一瞬だけ。何とも表現し難い安らいだ表情を作るシャチョー。
そのアロマオイルの小瓶を胸に抱いたまま、峡谷の底へと姿を消した。
「決まったな……」と乱れ髪をかき上げ、ポニーテールを結い直すアグリ。
「肥まみれのオーガ相手にそれはない。ばっちい!」とジト目のシルヴィ。
(*ばっちい=汚い。大阪語/幼児語)
「もう少し空気読んでよ! カッコ良くシメようと頑張ってるんだからさ!」
☼
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【シナリオ58】
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