シナリオ23


 無駄足と思われた洋館を離れた直後だった。


「んっ?」と違和感を覚え、アグリは足を止めた。


 アグリは『レベル一・農夫』。索敵スキルどころか、戦闘系スキルは何一つ有していない。

 これまで覚えたスキル――『おにぎり』『垣根かきね(害獣向け物理バリア)』『コエダメ戦法』『かかし』は、戦闘でも利用できるに過ぎない。というか、未だ『おにぎり』以外のスキルの活用方法を見出せていない。


 だが、索敵スキルなどなくても、地形や雰囲気、ゲームによってはアバターの歩数やBGMのループ数で難敵の襲来を予測できるのが、一流ゲーマーというもの。

「もうすぐお化けが現れる。お地蔵さんの近くへ!」とか、「上階にシロクマが現れてドンが来るぞ!」とか。


 アグリの鋭い視線が教会の横のしげみを睨みつける。


「出て来いよ!」


 リアル世界とゲーム世界では、不審者への対応が異なる。

 リアル世界ならば、とりあえず人目の多い場所へ走る。それが出来ないならば、即、警察へ通報だ。

 しかし、ゲーム世界ではこういった局面で逃げたり、ひるんだりすれば、相手に主導権を与えるだけ。

 先に相手に警戒心を抱かせることにより、次の行動のアドバンテージを得ることが可能となる。


(簡単に姿を見せる気配はないか……)


 最低限のアドバンテージを得たので、ここで『逃げる』という選択肢もあるにはあるが、茂みへと歩を進めた。

 アグリは誰が見ても『農民』。それでいてここまで警戒する必要があるということは、アグリよりも弱い。もしくはという意味にほかならない。

 アグリとシルヴィ以外にもこの緊急クエストを受注したプレイヤーが存在しても、なんら不思議ではないのだ。


(と思ったら、ゴブリンかよ……)


 アグリの警戒が勝ったのか、一匹のゴブリンが観念した様子で茂みから現れた。


「ゴブの隠密スキルを見破るとは……お前、外見こそヤーサイのようゴブが、ただモノではないゴブ!」(*ヤーサイ=農民)


「き、貴様こそ、ただのゴブリンじゃないな……」


 言葉こそニヒルに取りつくろってはいたものの、内心慌てていた。

 雰囲気やたたずまいがこれまでのゴブリンとまるで違うのだ。

『ゴブリンレッド×1』と表示されたので、間違いなくゴブリンの上位種。


「そんな茂みで何をしていた……野糞のぐそか?」


「ちがうゴブ! ヤーサイはデリカシーがなくて嫌いゴブ!」


「やっぱりおトイレかよ! あっちに公衆便所があるだろ!」と先ほどの古井戸の方向を指し示す。


「だから違うって言っているゴブ! ゴブの言葉が理解できないゴブか!」


「そういえば……ピコピコの同時通訳もないのに言葉が通じる……なぜ、ゴブリンが人語を喋れる?」


「おまえ、もしかして弱いゴブか? マジモンのヤーサイ?」


 アグリとゴブリンレッドが何をしているかというと、ただの初対面の挨拶ではなく、互いに素性を探っているのである。

 初対面なのに敵対する様子がない。しかし二人とも弱小ステータスだから安心もできない。こういった無駄な会話を繰り返すことで、少しでも相手の情報を集めているのだ。

 これはリアル社会でも通じるスキルで、「お天気」「社会情勢」「流行」といった世情に精通していると、初対面でも上下関係に苦労せずに済むのである。


『ただ単に二人ともコミュ障なだけでは?』


「「と、とにかく……この場所はマズい(ゴブ)!」」


 二人の意見が出そろったところで、人目がつかない場所へと移動した。


  ☼


 ここはゲーム世界、しかも廃棄農村であるため、喫茶店のような場所はない。

 だから、教会の裏にある雑木林で話の続きをすることに。

 切り株に腰を落ち着けたのも束の間、ゴブリンがまくし立てるように口を開いた。


「おまえ、一体何者ゴブ! なんでヤーサイの身でこんな場所にいるゴブ!」


 どうやらゴブリンレッドはアグリの力量を測りかねている様子だった。

 その一方、アグリはプロファイリングを終えていた。


 まず、装備面でアグリの方が大きく劣っている。こうして正面で対峙たいじしている以上、十中八九勝ち目はないだろう。

 しかし、ゴブリンに戦う意思は見られない。むしろ、アグリと戦うことを恐れている。

 アグリに負ける可能性ではなく、自分の存在がこの村に露呈ろていすることへの恐れ。

 この村を占拠するモンスター組織に存在が知られるとマズい立場にある。そんな様子が見て取れた。挙動不審――キョロキョロビクビクしているので。


「おまえ、のぞき魔だろ? しかも逮捕歴アリの常習者!」


「ちがうゴブ! お前、絶対、頭おかしいゴブ!」


「それならなんでそんなにビクビクしてんだよ! お前の方が怪しいって!」


「ゴブはゴブ! ゴブがビビっている理由は、ヤーサイじゃなくて頭上にいるドラゴニュートゴブ!」


(そういうことか……)とに落ちたアグリ。


 たった一つ条件が欠けただけでこれほど大きな誤解が生じてしまうのだから、一視同仁いっしどうじんとは難しいものだ。(*一視同仁=差別をせず、全ての人々を慈しむこと)


「条件が一つ欠けただけで、なんでゴブがヘンタイになるゴブ!」


『あなたは常識的判断力が欠けているだけです』


 ゴブリンレッドどころか、ピコピコにまで非難された。


「ところで……マルサって言ったか?」


 マルサとは、日本国税局の査察官の略称である。

 本当かどうか定かではないが、『〇』に『査』と彼らの調査書に記されていることから広まった別称だそうだ。

 マルサの仕事内容は主に脱税調査。税金の無申告、粉飾決算、資金洗浄といったお金と税金に関する調査を行う。

 企業による現金の使用がなくなり、電子マネー、オンライン決算、オンライン納税が一般的となった現代において、もはや絶滅職と言っても過言ではない。


 しかし、それは表向きの話で、オンライン調査を行う(サイバー)マルサはいるし、美術品や貴金属等によるリアル取引を調査するリアルマルサも現存する。

 山鳥タクミもパチンコ屋さんで男の娘副店長をやっていた時、サイバーマルサによる査察を受けたことがあった。

「アナタのコスプレ衣装は経費として計上できません」「ご趣味としても使われてますよね?」「ゲーム大会で着用されているのを拝見しました」とか言われた。


「ゴブはそのマルサゴブ。この村には秘密があるゴブ。魔王軍から調査を頼まれているゴブ」


「調査って税務調査じゃないのか?」


「税務調査もやっているゴブ。こんな収入も見込めない廃棄農村で、ヘルハウンドやドラゴニュートを雇用できるほどの資金があるとは思えないゴブ」


「それはブラック企業だからだろ? 給料なんてまともに払ってないって」


 頭上の羽トカゲも「キューキュー」と同意するように頷いた。


「それだけではせないゴブ……兵役を免除されるだけの納税は収めているゴブ」


 なんでも、魔王軍の兵役へいえき制度は納税額により短縮または免除される条項があると言う。


 戦争にはお金(資金)が必要なのは今も昔も変わらない。

 むしろ、ミサイル、近接戦闘用ロボット、無人戦闘機など、人力以外の戦争方法が主流となったこの時代、兵器の生産能力や開発能力、つまり資金力が軍事力に直結するようになった。

 AIの性能が飛躍的に進歩したこの時代、数合わせの人間――無気力、無能な人間などもはや邪魔なだけなのだ。

 ゲーム世界でなく、リアル世界の話であるが……。


「その資金って……誘拐か?」


「そういう噂もあるにはあるゴブ……」


 しかしその直後、ゴブリンレッドは首を左右に振った。

 戦争で民間人を拉致監禁らちかんきんする行為は国際戦争法に反する。

 ロットネスト王国と対立する魔王軍も禁じているという。


 現実的な意味でも、無意味としか思えない。

 子供を数人誘拐したとして、それがどれほど自軍に利益をもたらすか。しかも王侯貴族の嫡子などではなく、一般人――農民(NPC)の子供だ。

 むしろ、不利益の方が多いか。

 敵軍の反抗心や愛国心を掻き立て、友好国との軋轢あつれきさえも生じかねない。

 この村を占拠する組織が魔王軍の身内とはいえ、警戒するのも当然か。


「あの洋館に何がある?」


「ゴブもそれが知りたい……しかし中に入れないゴブ……」


 これまでの調査だと、この廃棄農村を管理している組織のトップとその顧客の姿を確認できているという。


「しかも顧客は全員、上位種だったゴブ……」


 モンスターの社会は階級社会。

 『レベル』「力』『すばやさ』といったステータスや、国への貢献度によってもたらされる『称号』、戦闘で獲得した『トロフィ(戦績)』などにより、ステータスアップが行われる。やがて上位種(上位モンスター)への転職も可能となる。

 上位種になることで、戦闘スキルの他にも『人語』『人形づくり』『音楽』といった生産系スキルや文化系スキルも習得できるようになるそうだ。


「おまえは上位モンスターじゃないのか? 人語だって喋れるし」


「ゴブはゴブリンレッド、上位モンスターゴブ! コカトリス養鶏場で仕事をしながら頑張って税理士の資格をゲットしたゴブ!」

 と、自慢げにぴょんぴょんと跳ね上がる。しかしすぐにガックリ項垂れる。

「でも、魔王軍のやつらは、強さ以外認めない連中が多いゴブ……ノーキンゴブ」


「脳筋か……リアル世界の学歴信仰みたいなものか……」


 山鳥タクミは就活に失敗した。

 ゲーム業界で働く意欲も、エンジニアの高等資格も、キャリアだってあるのに、一流大学出身の未経験エンジニアばかりが採用されるゲーム業界への不満が思わずこぼれ出る。


 しかし、そんな話もここまで。

 アグリにもゴブリンにもやらねばならない役割がある。


「人質として囚われた子供たちの居場所を知らないか?」


「知らないゴブ。ここではゴブリンの姿だと思うように身動きが取れないゴブ」


 この村でのゴブリンの扱いは、完全な社畜状態。組織の幹部(オーガ)や中間管理職(ゴブリンチーフ)に見つかれば、すぐに「働け」「サボるな」と煩くて潜入捜査官――マルサとしての調査が一向に進まないという。

 どのような職種にも(見せかけだけ)変身できるマルサ秘蔵の『マジカル変身セット』も、元の姿がゴブリンでは役に立たなかったそうだ。


「それなら……取引しないか?」


 現状、アグリの方が身軽だ。ゲーム攻略という意味においては知識も経験もある。過去にクリアした探偵ゲームの数など、手足の指だけでは数えきれないほど。

 しかし、ゴブリンが蔓延はびこる村の南部は、すぐにゴブリンたちが群がって来て人質を探すことは困難だ。

 それならば、このゴブリンレッドに人質を探してもらい、その代わりにアグリがこの村の秘密を探る。


「悪くない取引ゴブ……人質が見つかれば、きっとこの村の収入源も判明するゴブ」


 ズーンと落ち込んでいたゴブリンレッドの表情に、ゲームチックな一筋の光明が差した。


「俺たちは敵同士、しかも異種族……」


「でも、ゴブたちは同じ社会の最下層……ヤーサイと社畜モンスター……」


「「社畜に国境などない(ゴブ)!」」


 アグリとゴブリンレッドは拳を突き合わせる。

 今ここに、『農夫』と『ゴブリンレッド』による同盟が結成されたのだった。


 アグリはマルサ秘蔵の『マジカル変身セット・限定仕様・レアアイテムD』を手に入れた。


  ☼


 社畜同盟の成果は如何に?

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