シナリオ21


 悪臭漂う古井戸でモンスターの囮役など務めたくなかったアグリは、心の中でシルヴィに詫びながら、廃棄農村北部の探索を進めることにした。


「目指すは、元村長の家だ!」


「キュー!」


 元上司のゴブリンたちがいなくなったことで、羽トカゲは居場所であるアグリの頭上へ戻って来た。


 これから向かう農村北部は様子が異なる。

 村の南部は、大型農具などを収めた納屋なや、村の所有物や収穫物を貯蔵する倉庫、家畜小屋などが多く見られたが、ここからは似たような平屋の住家ばかり。外敵を迎え撃つために隠れる、人質を隠すという意味においては格好の場所となる。


 その上、身の丈3mの人型モンスター『オーガ』も徘徊はいかいしている。

 ちょっとしたほどの背丈があるため、アグリが見つかる可能性は高くなる。


「羽トカゲ、頼んだぞ!」


「キュッキュ!」


 そこは羽トカゲの飛行能力、索敵能力に頼るしかない。

 これまでオーガ(上司)には散々な目に会っているだけに、羽トカゲの表情も一段と厳しさを増していた。


  ☼


「おっ、こっちの家も怪しいな……人形の館って書いてあるぞ……」


『さっきから何をしているのです……村長の家へ向かうのではないのですか?』


 珍しくピコピコがアグリの行動に苦言した。

 アグリが何をしているかというと、窓枠にしがみつき、家の中を覗いていた。

 プライドが高く勤勉なピコピコには受け入れられない行為なのだろう。きっと出歯亀でばかめに似ているからと思われる。

(*出歯亀=のぞき行為を繰り返すヘンタイ男の蔑称。明治時代、のぞき魔として名を馳せた植木職人の亀太郎さん(35歳)のあだ名と言われている)

 しかし、アグリにも言い分はある。


「たとえ時限イベントの最中でも、タイムアップギリギリまでアイテムを収集する。RPGならだろ? クエスト攻略に必要なキーアイテムが隠されているかもしれない。偶然でも人質とか見つかったらラッキーじゃん!」


『見張りも立てていない場所に人質を隠したりしませんよ……』


 ピコピコの言い分はまとを射ている。しかし止められないのだ。

『家捜しなくしてRPGは始まらない』

 これはゲーマーならば誰もが共感できるモットーだと思う。

 出歯亀行為は十八禁ゲーム以外でおおむね規制されているが、家捜しだけは全年齢対象ゲームであっても普通に行える。

 なぜなら、RPGに最も求められるモノ――探求心や遊び心を刺激するからだ。


「おおっ! この家スゲ~! ゲームフィギュアがいっぱい置いてある! あのにゃん娘とかファリスに似てる! しかもポーズがちょーエロい!」


『R指定のフィギュアが人質救出と関係あるとは思えません』


 ピコピコもアグリの心境などとうの昔に理解している。

 だから、この苦言はだ。


 この『リアルクエスト』の世界に数千、もしかすると数万存在するAI(人工知能)の一つでしかないピコピコが、アバター『アグリ』を担当して初めてのメインシナリオと関わりのある緊急クエスト。

 戦場での活躍など到底見込めないこんな酷いアバターであっても、『TACT』社の最新AIとしての矜持を捨てたわけではない。クエスト失敗を望むはずもない。たまには同型のAIに自慢だってしたいだろう。

 しかし、あまりに『アグリ』が不甲斐ふがいなさ過ぎる。

 このままでは、アバターもろともデリート(抹消)もあり得る。『役立たずアバターとその担当AI』と評されて。

 だから、今回の苦言の多さにも繋がっているのだ。これまで一度たりともアグリに協力的な姿勢を見せたことがなかったのに。


「しかたがない……ピコピコのためにも、もう少し真面目にやるか?」


  ☂


ピコピコ:アグリの行動指針を選んでください。


 フィギュアをもっと鑑賞するため、『人形の館』へと忍び込む。

「なに言ってんの? アイテム収集もゲーム攻略の要素だ」

【このまま読み進む】


 ピコピコの感情を推し量り、クエスト攻略を優先させる。

「ここからはガチだ! エログッズなんかに目もくれないぞ!」

【シナリオ22へ】


  ☼


 お宝を見つけたアグリは、『人形の館』へと忍び込んだ。

 忍び込むといっても、扉に鍵はかかっていなかったし、安全も窓の外から確認できていた。村の倉庫のように、色気でアグリを魅了するような卑怯なトラップも見当たらない。

 アグリの性格の元となった山鳥タクミは、元世界一のプロゲーマー。同じミスを二度も繰り返したりしないのだ。


『人形の館』と記された扉をそっと押し開く。


(おじゃましま~す!)


 戸口を通り抜けて数歩、口から感嘆がこぼれ出た。


「す、すげ~!」


 窓から見えたゲームフィギュアはほんの一部に過ぎなかった。

 壁一面に文庫本が収まる程度の棚が作られ、そこにはおびただしい数のフィギュアが収納されていたのだ。

 フィギュア専門店というよりフィギュア博物館、もしくは廃人レベルのコレクターでなければ、絶対に作れないだった。


 アグリが大好物のにゃん娘フィギュアもしっかりジャンル別で収められていたものの、さすがに手は出せない。

 窃盗に対する良心の呵責かしゃく怖気おじけづいたというより、このお宝部屋の光景を破壊することへの自責の念に囚われたのだ。


「メッキ仕上げのドラゴン、かっけー!」「このラミア像、絶対十八禁だろ!」「ボンテージ姿のオークとか需要あるのかよ!」「こっちは等身大フィギュアか~」


 称賛と同時にただならぬ不安も抱いた。


「これ一体作るのって何ヶ月かかるんだ……?」「なんでこんな廃棄農村に?」

「こんなお宝部屋が警備されてないわけがないよね?」「でも、ここに入るように指示したのはプレイヤーだし……」


 結局、フィギュアには指一本触れることなく、時間が経つのさえも忘れて鑑賞だけを楽しんだ。

 羽トカゲも初めこそ屋内の異様な様子に警戒していたが、自分そっくりのドラゴニュートのゴールドメタルフィギュアを見つけ、「キャッキャ、キャッキャ!」と喜んでいた。


「しかし、何度見返しても、もの凄い数のフィギュアだな……しかもどれも精巧……俺が格ゲー世界一になった時に貰った副賞と同じレベルだよ……」


「フォフォフォ、泥棒とはいえ、褒められて悪い気はせんな……」


 屋内に誰か入って来た様子もないのに、声が聞こえた。

 慌てて周囲に目を配ると、等身大フィギュアの口元が微かに動いていた。


「わわっ、フィギュアが喋った! フィギュアのお化け!」


「失敬な奴よの……礼節をわきまえたコソ泥もそうそういないじゃろうが……」


 等身大着せ替えフィギュアと思っていたら違った。もじゃもじゃの顎髭あごひげを蓄えた初老の男性だった。

 皺だらけの顔や背が低く骨太なところが、フィクションの定番ドワーフに少し似ているか。

 しかし、体の所々に光沢のあるうろこ、指先にもセラミックナイフのような鋭く長い爪、さらにしっぽまで生えていた。


「こんな爬虫類ジジイの着せ替えフィギュアなど、ボンテージオークより需要はないじゃろ? それともお前、ヤオヤなのか?」


「ヤオヤって何? さっきもその言葉を耳にしたけど……?」


「知らんなら知らん方が良い……あれは地獄と同意じゃ……」と身を震わせる


 礼節知らずと思われるのもしゃくだったため、「俺はロットネスト王国のマスター農夫アグリ」と名乗ると、初老の男性も「ここでは人形ジジイと呼ばれておる」と名乗り返してきた。


 どうやらこの人形ジジイ、この廃棄農村を占拠する組織の一味であることは疑いようがないが、アグリと戦闘を始めるほど敵対する様子もないようだ。

 おそらく、先ほどのゴブリンたちと同じだろう。

 上司から指示された仕事だけをする。もしくは報酬の分だけ働く。

 この組織はそういったブラックな関係で成り立っているのだ。


「ところでこの村に何しに来た? 見た所、人族のヤーサイのようじゃが?」


「俺は確かにヤーサイだが、戦うことも出来るぞ!」

(*ヤーサイ=農民)


 そして、アグリはここまでの経緯を説明した。


「なるほど……つまり子供を奪還に来たと? あれらはおぬしの子供か?」


「俺はこの世界ではドーテイだ!」


「なにも、そこまで聞いておらん……ヘンタイなヤーサイじゃ……」


「子供たちの居場所を知っているなら教えてくれ!」


 このゲーム世界でアグリとピコピコはいがみ合いながらも共に生きていた。

 だからこその意地。

 プライドや感情さえも、かなぐり捨てて進まねばならない時もある。


「すまんが教えられん……ワシにも従わねば生きられない主がおる」


「そうか……」


「じゃが、安心せい。子供たちは、皆、無事じゃ。丁重に扱っておる」


 なんでも、子供たちはただの人質として囚われているだけでなく、人形ジジイの製作するフィギュアのモデルとしても協力させられているという。


「変な格好やポーズはやらせていないだろうな! 相手は子供だぞ!」


「ないない、ワシらだってGM様には逆らえん。おぬしがクエに失敗しても、酷い扱いだけは絶対せぬと誓える。シャチョーの意向や性格もあるしの……」


 とにかく、子供たちが無事に扱われていることが分かっただけでも僥倖ぎょうこうだった。

 一刻も早くシルヴィと合流し、ここで得た情報を伝えた方が良いだろう。「命をしてまで慌てる必要はない」と。


「ありがとよ! 人形ジジイ」と一言で別れを告げ、戸口へと向かう


「待ちなされ」と人形ジジイはアグリを引き留める。そして「これを持って行きなさい」とアグリにアイテムを手渡した。


 悪魔のような堕天使のような、なんとも表現し難い、おぞましくそれでいてちょっとエッチな妄想を引き立てるフィギュアだった。ただ、罠や呪いの類は仕掛けられていない様子。


「これは? アダルトグッズか?」


「使い方は自分で考えなされ……おぬしの心がピュアであるならば、正しい道筋を見出させるじゃろう。多少の弊害はあるがな……」


 アグリは『邪心像・レアアイテムC』を手に入れた。


  ☼


 新たな謎を追加し、アグリの冒険は続く!

【シナリオ22へ】

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