シナリオ18


「マ、マジかよ……!」


 もう幾度となく、アグリはプレイヤーの奇天烈きてれつな選択肢に振り回されている。だからこの驚嘆はプレイヤーに対する驚きではない。己へ対するだ。


 『踊り子』のスキルこそ持っていないが、山鳥タクミは歌も踊りも嫌いではない。

 しかし、田畑を耕しながら歌うような童謡どうようや演歌、もしくは年に数度、近隣の学校や農業組合が合同で行う盆踊りのような歌や踊りしか知らない。

 会員制SMクラブのステージで歌えるようなお洒落しゃれなお歌など何一つ知らないのだ。

 さすがに、これまでのような盆踊りでは、白けるのは容易に推測できた。

 相手はゴブリンではなく、上位モンスター、ハイソなのだ。

(*ハイソ=富裕層、高所得者。ハイソサイエティの略語)


 こういった場所でのお歌は、ハウスとか、アールアンドビーのようなダンスミュージックが一般的だ。しっとり聞かせるシャンソンでも悪くない。

 SMショーの後、ラミア様はユーロビート調のダンスミュージックに乗せてポールダンスを踊ってみせた。それはもう見事だった。


(ノリの良い音楽なら、観衆たちも踊ることが出来るか……)


 かといって、アグリの記憶と経験のコピー元である山鳥タクミは、根っからのゲームオタク。そんなお洒落さんが好むようなアップテンポの曲など知るよしもない。せいぜいカラオケ用のアニソンぐらい。音楽なしではボカロもキツい。


(おい、ピコピコ、なにかアイデアはないか? こういう時のAIだろ?)


『現在のアバターレベルでは、音楽を流すことは出来ません。しかし、歌詞ぐらいならテロップで表示することは可能です。モンスター相手にも通じます』


(やっぱり音楽か……)


 と、悩んでいると。一匹の目つきの悪いゴブリンがテケテケとステージの袖を歩いていた。アコーディオンを抱えて。


「おい、そこのゴブリン!」


「何ゴブ? ゴブに何か用事ゴブ? もうたくさんセンムとラミア様から用事を言い使っているから、誰の頼みの聞けないゴブ」


「なっ!」


 さすがはブラック組織の社畜らしい返答だった。

 しかし、アグリが驚いたのはソコじゃない。


「お、おまえ、人語が喋れるのか?」


 これまで会話したゴブリンは、皆、ピコピコの同時通訳を必要とした。

 しかし、このゴブリンはほぼ完ぺきに人語を操っていた。

 モンスター名をよく見ると、『ゴブリンレッド×1』と表示されていた。


「ゴブはゴブリンでも上位種ゴブ! 魔王軍の公認税理士の資格も持っているゴブ! 人語もコカトリス養鶏場で働きながら一生けん命覚えたゴブ!」


 そして、両腕を振り上げプンプン怒る。


「そ、そうか、悪気はなかったが、謝る……」


「ところでゴブに何の用事ゴブ? これ以上の雑用は無理ゴブ。忙しいゴブ」


 忙しいというより、面倒なだけだろう。表情が語っていた。


「おまえ、アコーディオンを持っているが、弾けるのか?」


「弾けるゴブ。モンスターは上位種になると、色々なスキルを覚えるゴブ。さっきのビンゴ大会のSEも、ゴブの仕事ゴブ」


 なんでも上位種になると、『人語』、『人形作り』、『音楽』、果ては『SM』などの生産系または文化系スキルも使えるようになるという。

 この洋館に集まっているモンスターも上位種ばかり。そのため、人語が共通言語として用いられているそうだ。


「ゴブの音楽は、コカトリス養鶏場で働いていた時に自然に覚えたゴブ。コカトリスは昼夜関係なくうるさいから、音楽を聞かせることで寝かしつけていたゴブ」


「おまえ、凄いな……将来までしっかり考えているんだ……」


 アグリは素直に驚いていた。

 山鳥タクミは(唯一の特技である)格ゲーが勝てなくなったらプー太郎にまで成り下がった。そういう苦い記憶と経験があるだけに。


「俺はこれからステージで踊らなければならないんだが、伴奏を頼めないか?」


「嫌ゴブ。忙しいゴブ」


「即答かよ……わかった、ラミア様に頼んでおしおきを……」


「分かったゴブ! コッペは卑怯ゴブ! ゴブがラミア様に逆らえないことを知っていて、意地が悪いゴブ!」


 どうやらこのゴブリンレッドは、根っから悪いモンスターではないらしい。生まれが下級モンスターだけに、性根がひねくれているだけのようだ。


  ☼


 アグリはステージに上がった。

 渋面ながらゴブリンレッドもアグリの背後に付き従った。


「今日は、素晴らしいゲストを迎え入れることが出来たわ! 人族のダンサー、ヤーサイのアグリよ! みんな、盛大に迎えてあげて!」


 そんなラミア様のMCで、上位モンスターたちははやし立てる。


「グォー、人族だ!」「ヤーサイブヒ!」「ウホウホ、カワイイ!」


 しかし、ゴブリンレッドの伴奏が始まると、一斉に静まり返った。

 そんな光景をステージから見下ろしながら、アグリはしっとりと歌い、踊り始める。



 ドナドナ ~社畜アバターver. ~

(作詞&踊りアグリ・伴奏ゴブリンレッド・コーラス&編曲ピコピコ)


 あ~る~晴れた ひ~る~下がり クエへと続く道~ 

 プレイヤーが あれこれと アバターに指図する~

 レベル一のアグリ~ (SMクラブへ)売られてゆくよ~

 悲しそ~なひとみで 踊っているよ~


 ドナ ドナ ドナ ドナ~ なんでいつもこうなるの~

 ドナ ドナ ドナ ドナ~ エロゲじゃないんだからね~


(あれっ、ラミア様がステージに……なんでフレイムキャンドルまで一緒に……)


 く~ろい革 あ~ついロウソク む~ちが飛び交う~

 プレイヤーは とんでもない 鬼畜趣味なんだろね~

 もしも~アグリが~ レベル一じゃなかったなら~

 カッコよく戦えたのに 耐えるしかないのよ~


 ペシ ペシ ドナ ドナ~ 女王様とお呼び~

 アツ アツ ドナ ドナ~ 熱いのだけは止めて~

(*ドナ=牛を追い立てる時の掛け声と言われている)



 アグリはステージ中央で歌い踊っていたはずだが、いつの間にか、ラミア様とロウソク型モンスター『フレイムキャンドル×2』がステージに登場し、アグリにSM行為を行っていた。

「あなたを見ていると、なんだか興奮して来たわ……」「これもご褒美よ!」と。


「や、止めて! 新しい世界に目覚めちゃうっ!」


 アグリは歌い終えると、何とかラミア様とフレイムキャンドルの猛攻から脱した。

 とはいえ、ラミア様にとってはステージを盛り上げるための演出だったのろう。

 ラミア様が本気を出したらアグリなど即死だ。きっと(初心者でも気持ち良くなる程度に)手加減してくれていたと思われる。


『そんなことよりも……あなたは気づかないのですか?』


(なんだよ、ピコピコ。俺の渾身こんしんのステージにケチをつけるつもりか?)


 と言った直後に気付く。

 なんとアグリはマッパだった。

 否、厳密には農夫の良心――『木綿のふんどし』が残っていたか。


「えっ、えっ、どういうこと? どうして脱いでいるんだよ!」


「覚えてないの? あなた、自分で脱ぎだしたのよ。フフフ、その格好、そそるわ」


 と親切に教えてくれたのはラミア様。舌なめずりしながらだが。


(このアバターバグってるぞ!)


『バグではありません……』


(バグじゃないならんなんだよ! 選択肢にもそんな条件なかっただろ!)


『自動学習機能です。アバターは経験を積むことで学習し、行動を最適化させます』


 これまでアグリの『踊る』と『ふんどし一丁』は常にセットだった。だから今回も最も効果的である『ふんどし一丁』になった。で。


(マ、マジか……ピコピコはそれでいいのかよ!)


『もういいんです……こんなふしだらなアバターと心身を共にするくらいならば、GM様に完全フォーマットして頂いた方が……』


(どういう意味だよ! 死に確ってことか!)


 慌ててステージの周囲に視線を馳せると、ラミア様やボンテージオーク、観客席のモンスターたちはアグリを凝視していた。舌なめずりしながら……。


「アンタ、男の娘だったんだね……私の大好物だよ……」


(ひ、ひぃ~!)


「待つブヒ! ダブルラインブヒ。次はブヒの出番ブヒ。順番を守るブヒ」


 そんなセリフと共に現れたのは、ボンテージオーク。ビンゴ大会の賞品をアグリに与える順番だったブタ顔のモンスターだ。


「きゅ、救世主さまっ!」


 と、思ったら違った。

 なんと、その特徴的な装備であるボンテージを脱ぎ始めたのだ。


「ブヒも男の娘ブヒ。ここに働きに来て新しい世界に目覚めたブヒ」


 そして、装備の下から現れたのは、おとこならば誰しも有するアレ。


「時間ブヒ。これからヤオヤショーを始めるブヒ!」


「ヤオヤショーじゃなくて、ヤ〇イショーだろ!」


「何のことブヒ?」


「ラ、ラミア様っ!」


「食欲と肉欲に火がついたオークは誰にも止められないね」


「いや、脱がさないで、コレは農夫の最後の良心なんだからねっ!」


「すぐに気持ち良くなるブヒ」


「やめて、い~や~!」


  ☂


 その後の『リアルクエスト』の世界において、アバター『アグリ』を見た者はいない。


「クエストで悲惨な目に会ってプレイヤーの脳が破壊されたらしい」


「アバター内蔵AIに見限られたって聞いたぞ」


「ネトゲよりも素晴らしい、新しい世界に目覚めたって話もある」


 そんな噂がプレイヤーの間で聞かれたという。


【GAME OVER】 アバター機能停止エンド

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