シナリオ15


 扉をノックすると、さほど時間を置かず扉は開かれた。

 洋館の中からは、目を見張るような美しい熟女が……。


 と思ったら、上半身が女性、下半身が大蛇のモンスター『ラミア』だった。

 しかもただの『ラミア』ではなく、『ラミアクイーン×1』と表示された。

 これまで『リアルクエスト』の世界では、一度も耳にしたことがないモンスター。おそらくラミアの上位種だろう。


「あんた、人族かい? こんな洋館に何の用だい?」


 ソバージュヘアーをかき上げ、億劫おっくうそうに尋ねて来た。


「ええっと……俺は……」


 アグリは言葉を詰まらせる。

 モンスターに冷静に話しかけられる、しかも人語で、という事実にも驚いたが、それ以上にラミアクイーンのあまりの美しさに驚いていた。

 否、思わず魅入ってしまった、と表現した方が適切か。

 なにせ、このラミアクイーン、黄金のティアラ、宝石を散りばめたド派手なネックレス以外の装備は皆無。下半身は蛇だから、文字通りマッパ。乳バンドさえもしていない。(*乳バンド=ブラジャー。明治~昭和初期に使用された日本語)


「ふ~ん、あんた人族なのにココのご優待券を持ってるんだ……入りな……もうじき私のショーが始まるよ」


 幸いにして、アグリが手にしていた広告チラシに気付いてくれた。


(た、助かった……)


 状況が状況だけに、言い訳さえも出来ずに瞬殺される危険があった。

 まず間違いなく、羽トカゲが一緒でも勝てない。羽トカゲを連れてこなかったのは正解だったようだ。

 とにもかくにも、知性の高そうなラミアクイーンの公認の元、洋館内へ立ち入ることに成功したので、「ほっ……」と安堵するアグリだった。


「しかし、その格好はマズいね……」


(…………?)


 返答に困惑していると、ラミアクイーンが一着の着衣を「ほらっ」と投げて寄こす。

 アグリが『村の倉庫』で見かけたものと同種のゴスロリメイド衣装だった。

 ショーで使用するコスプレ衣装だろうか……。


(なんで? どうして俺にメイド衣装?)


 アバター『アグリ』は薄汚れてはいるものの、銀色の長髪だ。しかもポニーテールに結わえている。装備も体型が分かり辛い『農夫のつなぎ』であるため、薄暗い屋内だと、女性アバターに見えなくもない。相手が人族の世上にうといモンスターならば、勘違いが生じても仕方がない。


「そいつはこの洋館で働く人型モンスター用の制服だよ」


 ゴスロリワンピースドレスならば、モンスターのような多様な体型でも対応できる。

 しかし、アグリが指摘したい箇所はソコではない。


(俺はおとこです……)と伝えようとして思い止まった。


 薄暗い屋内へ視線を馳せると、つまらない自尊心などたちまち吹き飛んでしまったのだ。

 なぜなら、屋内にいるモンスターの数が半端なかったから。

 しかも、ほぼすべて大型種の上に、屈強な体躯の人型モンスターばかり。

 表示されただけでも、『オーク』『ウェアウルフ』『マウンテンエイプ』『ヘルダック』『サイクロプス』『首狩り魔人』などなど、名前だけを過去のRPGと照らし合わせても、ヤバ過ぎるのは明らかだった。


 薄汚れたつなぎを着たヤーサイなど、ゴボウのような存在。きっとモンスターの目には餌にしか見えない。

 アグリは慌ててメイド衣装に袖を通した。


 そんな上位モンスターばかりが跋扈ばっこする中、ラミアクイーンの存在は際立っていた。


「女王様バウ!」「ガウガウ、お慈悲を!」「次のショーではブヒを指名するブヒ!」「グォー、ラミア様バンザイ!」「ウホウホ、俺が先だ!」


 称賛どころか喝采かっさいを浴びていた。

 その中をニョロニョロと進む姿は、まるでアイドル。


(このラミアクイーン、何者なんだ……ショーとか言っていたけど……)


 ウェアウルフが「女王様!」と叫んでいたので、魔王の親族という可能性もあるが、こんな廃棄農村の小さな洋館を根城にしているのも妙な話。

「ロットネスト王国侵攻の前線基地?」「家出娘?」「不倫の密会場所かも?」などと推察を繰り返していると、その謎はすぐに判明した。


「女王様とお呼び!」


「ブヒブヒ! もっと、もっと! もっとお慈悲を!」


 子供の背丈ほどはあるロウソク型モンスター『フレイムキャンドル×3』を従えたラミア様が、オークをピシピシと蛇のしっぽでシバいていた。

 さらに、フレイムキャンドルの熱気を帯びたよだれ(?)が、オークの身を焦がし、ちょっと香ばしいチャーシューのような香りまで漂わせていた。


(ここってSMクラブじゃん! それも秘密違法SMクラブ!)


 当然、アグリの記憶のコピー元である山鳥タクミに、SMクラブといった高尚こうしょうな趣味などない。電子風俗やVRエロゲからの知識だけ。しかもその大半が無料体験版であった。


(おい、ピコピコ、これはどういうことだ! 誰がどう見ても十八禁案件だろ!)


『どうやらこの建物には、GM様が御定めになられた十八禁コードの効力を減じさせるがあるようです。もしくは、βテスト用の研究施設なのか……将来的にアダルト系VRMMOへの発展も考えている……?』


「えっ、マジ? 有料会員になれば利用できるの?」


 アグリが興奮するのも無理はない。

 この『リアルクエスト』は山鳥タクミが経験したどのVRMMOよりも高度な五感再生エンジンを搭載している。視覚、聴覚、味覚はおろか、触覚や嗅覚に至るまでリアルを忠実に再現しているのだ。それこそ、肥溜こえだめの悪臭までも。


『GM様は崇高すうこうなお方、そのようなアダルト展開などありえません!』


 しかし、アグリにはAIからのお説教など、馬の耳に念仏。


「人質を探さないといけないけど……もう少しだけラミア様のショーを観て行こう! 他人からの親切は無駄にしちゃいけないよな!」


 数百キロはありそうなモンスターをかき分け、時には股間の下をくぐり抜け、特等席でラミア様のショーを堪能するのだった。


  ☼


 ラミア様ショーが終わり、幕間まくあいとなった。

 観客席の上位モンスターたちは、種族同士で談笑したり、お酒を浴びるように飲み始める。

 ステージも緞帳どんちょうが下りて完全に無人という訳ではなく、ゴブリンチーフのMCによるビンゴ大会が行われていた。

(*幕間=演劇などの公演の間に挟む休憩時間)


「77番……おめでとうゴブ。賞品として当店人気ナンバーワン……ラミア様の豊満なおっ〇〇による……ムフフなサービスをご堪能ゴブ!」


「「「「「うおー!」」」」」


「羨ましい!」「ウガウガ、俺のラミア様がっ!」「汚されるグォ!」「ウホウホ、次こそは俺が!」


 番号が読み上げられるたびに、観客席は歓声や驚嘆で沸いた。


「次、81番ゴブ!」


(えっ? 当たった!)


 しかも、ダブルラインだった。


『先ほどから一体何をしているのですか? 人質救出のためにここへ潜入したのではないのですか?』


(賞品がレアアイテムとかだったらもったいないじゃん!)


 過去の名作RPGでも、こういった余興イベント(闘技場やカジノなど)でレアアイテムがプレゼントされるのは定番中の定番だ。しかもその大半が、そのイベントでしか手に入らないというばかり。完全攻略をモットーとするアグリとしても、見過ごすわけには行かないのだ。


『SMクラブで農夫に役立つようなレアアイテムなど配布しませんよ』


(まぁ、貰って損をするようなレアアイテムもそうそうないだろ?)


「はい、は~い! ビンゴ!」と意気揚々とステージに上がるアグリだった。


『呪いのアイテムでなければ良いのですが……』


  ☼


 ビンゴ大会の賞品に釣られて、ステージへ上がったアグリ。大方の予想通り、このままモンスターの餌食となってしまうのか?

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