誰かぼくを助けて

味噌村 幸太郎

第1話 誰かぼくを助けて

 僕のお父さんはお仕事がすごく忙しくて、毎年のように引っ越しを繰り返していた。

 小学2年生になったばかりのころ。

 やっと友達もできたのに、急に「引っ越すぞ」と言われて、僕はショックだった。


 転校した時期も5月のはじめぐらいで、すごくびみょうな時期だった。

「は、はじめまして。僕はみつるです」

 クラスの子たちは転校生なんて珍しくもなさそうで、反応はすごく冷たかった。


 僕は新しい土地で前の学校とは全然違う、やり方にすごく困った。

 例えばお友達のことを「さんづけ」すると、「優しく話すってことはその女の子が好きなんだろ」とからかわれてしまう。

 黒板にはちゃんと「さんづけしましょう」と書いてあるのに。

 女の子でさえ、僕に「みつる、呼び捨てにしないとダメだよ」なんて言われた。


 新しい学校はとっても変わったルールがあるんだなってすごく悩んだ。

 そんなんだから新しい生活に困ってばかりいて、友達なんかできなかった。

 僕はだんだんと学校に行くのが嫌になってきた。


 だけど、学校に行かないとお父さんが鬼のように怒るから我慢して行くようにしていた。

 前の学校も慣れたんだから、きっと大丈夫だって。

 そう信じて。


 だんだん元気がなくなっていく僕を見て、お母さんが「これプレゼントだよ」と大好きなかえるのケロちゃんのふでばこをくれた。

 僕はすっごく元気が出た。

 大好きなケロちゃんを学校に持っていけるなら頑張ろうって。


 僕はルンルン気分でランドセルにケロちゃんのふでばこを入れて学校へ向かった。

 机の上にふでばこを出したその時だった。

 クラスで一番怖い男の子。いちだいくんが初めて声をかけてきた。

「なあみつる。そのふでばこ、お前のか?」

 いちだいくんもひょっとしてケロちゃんが好きなのかなって思った。

「そうだよ、お母さんがくれたんだ」


 いちだいくんはどこか怒ったような顔で僕を見ていた。

「ちょっと貸せ」

 僕は嫌だったけど「いいよ」って貸してあげた。

 するといちだいくんはなにを思ったのか、ふでばこを持って教室から逃げ出した。

「待って、どこにいくの!?」

 急いで廊下に出て追いかけた。


 いちだいくんはすごい早さで廊下を走って、曲がり角でトイレに入った。

 僕も急いでいちだいくんの元へかけつけると、いちだいくんはトイレの便器の前で黙って立っていた。

「なにしているの?」

 いちだいくんは僕を見るとふでばこを便器の中に投げつけた。


10

「なにするの!?」

 僕は思わず怒鳴って言った。

 すると、いちだいくんは冷たい顔してこう言った。

「うるせぇ」

 怒りたかったけど、それよりもお母さんにもらったばかりのふでばこが、よりにもよって便器の中に入れられて、汚れたのが悲しかった。

 ぬれたふでばこをすくいあげて、僕は泣きながら手洗い場でケロちゃんをキレイにしてあげた。


11

 それから僕は学校が怖くて休みがちになった。

 人の大事なものをトイレに平気で投げ捨てるいちだいくんが怖くて仕方なかった。

 でも、お父さんが許さなかった。

「みつる! なんで学校に行かないんだ!」

「もう行きたくない」

「小学生は学校に行くもんだ! 行かないなら家を出てけ! 働け!」


12

 お父さんは嫌がって泣く僕を無理やり引っ張って小学校へ毎日連れて行った。

 その度にいちだいくんはいじわるばかりしてくるようになった。

 僕が嫌がることをしては笑うこともなく、黙って冷たい顔で僕を見ていた。

 大事にしていた図鑑も「貸せ」って言われたから貸したのに全然返してくれない。

 僕が勇気を持って「ねぇ、図鑑まだ返してくれないの?」と聞いたらいちだいくんは「うるせぇ」と言って僕の腹を蹴った。


13

 トイレの個室に閉じ込められて、上からバケツで水をかけられたり、

 僕を無理やり女子トイレに入れて「ヘンタイだ!」と言ったりもした。

 絵を描いてコンクールで表彰状をもらえたときなんかは、先生に返された絵をビリビリに破られた。


14

 クラスのみんなはそういう僕を見ていても誰も助けてくれないし、いちだいくんのやることを止めてはくれなかった。

 先生も僕のことを助けてくれない。帰ったら怖いお父さんがいる。

 僕には休む場所がなくなった。

 まだ冬でもないのに、毎日がまるで氷の世界のように冷たく感じた。


15

 前にお父さんが「出てけ」って言っていたし、僕は家出を本当に考えていた。

 小学2年生でもお年玉で貯めた3万円があるから、自転車に布団だけうしろにくくりつけて、食事は10円の駄菓子を一日3つ買えば、1年間ぐらいは生きていけるんじゃないかって本気で迷っていた。 


16

 僕はそんな地獄の生活が1年間ぐらい続いた。

 家ではお父さんにガミガミ怒られて、学校ではいちだいくんにいじわるばかりされて、たまに先生に助けを頼んでも「いそがしい」と無視された。

 お母さんが放課後に先生に相談しても「私も引っ越してきたばかりでこの学校のこと知らないんです」と逃げるらしい。


17

 3学期になって、教室の床をワックスがけすることになった。

 ワックスをかける前にみんなでぞうきんを使ってからぶきするように言われた。

 僕が一生懸命、ぞうきんをかけているといちだいくんが半ズボンの僕のふとももをぞうきんでむちのように叩きだした。


18

 寒くなってきて、肌もカサカサですごく痛かった。

 いちだいくんはいつものように冷たい顔で黙って僕をぞうきんで叩き続けた。

 僕は我慢して我慢して泣くのをこらえていた。

 それをたくさんのクラスメイトが見ていた。

 何回も何回もされて、もう無理だって思った時に……。

「うわあん!」


19

 僕は泣いてしまった。もうどうでもよくなっていた。

 人目にも気にせず、大声で大粒の涙で泣き叫んだ。

「うわあああ!」

 それを見たいちだいくんは少し驚いていた。

 泣きながら転校してきた時のことを思い出した。

 大好きなケロちゃんのふでばこをトイレで汚されたことを。


20

 そこで何かがブチンと切れる音がして、僕は気がつくといちだいくんの両手を力強くつかんでいた。

 僕はケロちゃんの恨みを晴らそうといちだいくんをこのまま床に押し倒してやろうと思った。

 いちだいくんはこうしてみると僕より身体が小さくて、力が弱く感じた。

 これなら勝てる、そう思って僕は怒りで叫んでいた。

「わああああ!」


21

 いちだいくんは僕の力にビックリしながら、負けじと僕に対抗していた。

 けど、その力は全然弱くて、すぐにでも倒せると思った。

 その時だった。

「ストーップ!」

 クラスの学級委員長の女の子が止めに入った。

 それからは僕といちだいくんがケンカをしたってことになって、先生に軽く注意を受けて一日を終えた。


22

 僕は帰ってから後悔した。

「あんな弱いやつだったんなら、ケロちゃんも守れたのに」

 悔しくて家でも涙を流していた。

 そして明日学校にまたいけば仕返しをしてくるんだ。

 まだいちだいくんのことが怖いんだと思う。


23

 次の日の朝、僕はドキドキしながら学校に向かった。

 教室に入るといちだいくんは背中を丸くしておとなしく座っていた。

 そして僕の前に現れたのは、普段あんまり話さないクラスメイトたちだった。

「みつる! お前、強いんだな! いちだいに勝てそうだったじゃん!」

「すごいよ! 僕もいちだいくんにはいじわるばかりされてて、悔しかったんだ」

 みんな興奮した感じで僕をほめていた。


24

 それからいちだいくんは僕のことをいじわるすることはなくなった。

 何人かの人が「みつるの方が強い」とか噂をしていたかもしれない。

 でも、僕にいじわるをしなくなっただけで、他に弱い子や女の子を見つけたら相変わらず、いじわるをしていた。

 僕はそれをたまに見ていたけど、無視した。

 もういちだいくんに振り回されるのが嫌だったから。


25

 結局は強い方が勝つんだ。

 誰も助けてくれなかったのに、みんなケンカで勝ちそうだった僕の味方になった。一年も僕を見ていたくせに。

 でも、思ったんだ。

 きっとこの考えは間違っているって。


26

 ケンカや力で人を黙らせたりするのは簡単だ。

 いちだいくんがやっていた事とあんまり変わらない。

 暴力は壊すことしかできない。

 つなげる力がないんだ。

 だから今の僕じゃダメだ。


27

 3年生になって、いちだいくんとは別のクラスになった。

 だんだんと友達が出来て、先生も優しくて頼れる人で毎日が一気に楽しくなった。

 少し変われたのかもしれない。

 だから、僕はいちだいくんを許してないけど、許すことにした。

 でも変わらない気持ちはずっとある。

 誰かに助けてほしかったって……。

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