第743話:生きるよろこびのうた

 この世界の上棟式──「むねあげ」の手順。

 まず杉やモミといった枝でリースを作り、屋根の棟木むなぎ(三角の屋根の頂点の、水平に渡した木材)部分にくくりつける。これは、神に安全を祈願する家を明示するためだ。


 次は最後の棟木むなぎに、施主が『最後の釘』を打ち込む。最後といっても、儀礼的なものだ。だから失敗しても、対して問題はない。無いのだが……


 がきょっ


「……折れ曲がってしまいましたが、これでいいんでしょうか?」

「だいじょーぶですよ、お気になさらず! そのまま、がんがん打ち込んじゃってください!」

「そうなんですか、安心しました」


 施主せしゅさん、ほっとした顔で、慣れぬ手つきで金槌を振り上げる。


 どんっ


 折れ曲がった釘の隣に、丸い凹みがひとつ、出来上がる。


「あ、あの……」

「だいじょーぶですよ、お気になさらず! むねげのあとは誰も見ませんから、気にせず打ち込んじゃってください!」


 曲がった釘がめちゃめちゃな形でめり込むまで、とりあえずぶっ叩いてもらったけれど、ど素人は金槌も満足に振れないことが分かった。

 やはり学校の技術家庭の授業も、大切な学習なのだということがよく分かった。




 施主が釘を打ち込んだ棟木むなぎを、俺たちが担ぎ上げ、屋根のてっぺんにすえつけて木槌で叩いてはめ込んでいく。それが終わったら、神への祈りだ。木の神、大工の神、芸術の神、かまどの神に祈りを捧げて、生け贄代わりの、子羊の形に焼いたパンを奉ずる。


「讃えよ、我らが神々の御名みなを! 我らは歌う、我らをまもりし神々の奇蹟を──!」


 朗々と、神々を讃えるうたを大工たちが歌い上げる。大工をやっているひとは、みんな歌えるのだそうだ。

 ただ、俺は申し訳ないけど、口パクだよ。少し合わせてみて、盛大に音がずれたから、あとはほぼ口パクだった。


 俺はマレットさんと一緒に屋根の上で歌っていたから、多分ずれた音は、普通のひとには聞こえなかった……と信じたい。

 フェルミが真っ先にこっちを見たから、獣人にはバレているとしてもだ!


 ……神様ごめんなさい。いずれは必ず覚えますから、今はバチを当てないでください。




 うたが終わると、屋根の上の棟梁がこの仕事にかかわる全てのひとに感謝の言葉を捧げて、果実酒を飲み、その器を屋根の上から放り投げる。綺麗に砕けたら、縁起がいいということになる。まあ、薄い陶器の器だ。割れない方がどうかしているけどな。


 この感謝の言葉、本来ならマレットさんが行うものだったのだけど、彼は直前になってこう言ったんだ。


『俺はもう十分に名が売れている。だからあんたがやるんだ。婿殿には、もっと顔を売ってもらわないとな』


 慌ててスピーチ内容を考えようとした俺に、マレットさんは笑って、「とにかく謝意が伝わりゃいいんだよ。みんなと、神々にな」と、俺の背中をぶっ叩いた。


「それと、できるだけ短く、な。長々と喋る奴ほど興醒めなものはねえ。後に控えてる料理も冷めちまう。短く済ませろ」


 短くって、どう言えばいいんだよ。

 必死に頭をこねくり回して出てきたのが、次の言葉だった。


「新たな工法への挑戦と、それを受け入れてくれた懐の深い施主に、感謝を! そして我らの挑戦に、この晴天で応えてくださる全ての神々に、よろこびのうたを捧げる!」


 叫ぶように言うと、世襲棟梁「ジンメルマン」の家の流儀に従って林檎酒シードルを飲み干し、カップを空に向かって放り投げる。綺麗な放物線を描いた陶器のカップは、地面に叩きつけられて木っ端微塵になった。

 みんなの歓声が上がる。よし、幸先さいさきがいいぞ!


「婿殿、なかなかいいことを言ったじゃねえか。さすが、マイセルを任せただけのことはある。これからも、末長く頼むぜ」


 だから、そのでっかい手でばしばしと背中を叩かないでくださいって!




「だんなさま、少し、よろしいですか?」


 施主の振る舞う料理に舌鼓を打っていた俺に、リトリィがそっと声をかけてきた。腰に細い金鎖を巻き、白いレースの縁取りが美しい青のドレスをまとう姿は、本当に綺麗だ。


 今日は、しっぽに白いレースのかざりを巻いている。子を産んだリトリィは、もう、しっぽを外で晒すことはないからだ。ただ、今日のかざりは、こういう場だけあっていつもより華やかだ。


「あの、マイセルちゃんとお話しをしたんです」

「マイセルと? 何の話を?」

「わたしたちは、あなたの……ヒノモトの家につどう、ひとつの職人集団です。ヒノモトの名のもとに集うおんなであり、ヒノモトを継ぐ仔を生むおんなです」


 リトリィの隣で、クリーム色が主体の、フリルたっぷりのドレスに身を包んだマイセルが、リトリィと一緒にうなずきあう。


「……まあ、うん、そうだね」


 うなずいてみせると、二人はほっとしたような顔をする。


「フェルミさんと、リノちゃんのことです」


 リトリィの声に、リノが、「んう?」と反応してこちらを向いた。今日の彼女はフリルとレースに彩られた白いワンピースに身を包んでいて、ちょっとおしゃれなお嬢さんに見える。シルエットだけなら。


 だが、口の周りをベッタリと色とりどりのソースで染め、口いっぱいに料理を詰め込んでいる姿は、リスか何かのようだ。とてもレディには見えない。


「……二人がどうかしたのかい?」

「わたしたちは、満開のシェクラのもとで、永遠の愛を誓い合いました」

「私を受け入れてくださったお姉さまと一緒に、ムラタさんと」

「……そう、だったね」

 

 早いものだ。あの、とんでもなくばたばたした結婚式から、もう、二年になるのだ。

 結婚前も、そして結婚後も、いろいろなことがあった。


 改めて思う。

 結婚はゴールじゃない、スタートラインなのだと。


「はい。わたしのささやかな願いをかなえてくださっただんなさまには、ほんとうに感謝しています」


 感謝なんて。俺の方こそ、俺に未来を見出して添い遂げる決意をしてくれた二人には、感謝しかない。


「ですからムラタさん。フェルミさんとリノちゃんにも、この幸せの出発を、シェクラの花の下で迎えさせてあげたいって思ったんです」

「シェクラの花の下で?」

「はい! 私たちがこうやって幸せになっているように、あの二人にも、幸せを分けたいんです!」


 妙な勢いで迫ってくるマイセル。


「だんなさまは、わたしたちをできるだけいっしょに、とあつかってくださいます。だったら、結婚式も、やっぱり同じシェクラの花の下で、行いませんか?」


 微笑むリトリィに、俺も思わずうなずく。


 リトリィはフェルミを受け入れる条件の一つに、フェルミはあくまでも「外の女」であり、彼女に「ヒノモト」を名乗らせるつもりはない、と言い切っていた。


 それがどうだ、フェルミも含めて、ヒノモトの名のもとに集う女だと言った。つまり、本当の意味で、フェルミを受け入れてくれる覚悟を持ってくれたのだろう。


 正直言って、リトリィがフェルミを受け入れる必要はないはずだった。でも、彼女は受け入れてくれたのだ。それが、「結婚式」──フェルミも、ヒノモトの一族として、迎え入れようという言葉なのだろう。


「……二人がそういうつもりだというなら、いいんじゃないかな? ありがとう、リトリィ」

「ありがとうございます!」

「よかった! お姉さま、じゃあさっそく二人に知らせてきましょう!」


 二人は抱き合って喜び合うと、そのまま二人してリノとフェルミの方に駆けて行く。


 ……。

 …………え?


 ちょっと待って?

 二人とも、なんで今、フェルミとリノが、この春に、俺の妻になるっていう話を、この場で、みんなに、してるの?


 フェルミはともかく、リノまで?


 ……ああ、なんか、首だけ俺に向けてきたみんなの視線が妙に生温かく感じるんだけど……!


「……ムラタ、テメェ、マジであのチビに手を出したのか」

「リファルそれは誤解だっ!」

「かっかっか、わしも妻を身籠らせたのは、リノちゃんのような年頃だった。ムラタさんも覚悟を決めたってことだな」

「瀧井さん、俺は潔白で……!」

「責任を取るのでしたら、こちらから言うことは何もありませんわね」

「ナリクァンさんまで! いずれはそうでも、今は違うんです!」


 ああ、俺という人間がどんどん誤解されていくっ!


「ふふ、だんなさま」


 頭を抱えてうめく俺の左隣に、リトリィが戻ってきて腰掛けた。


「だんなさまのことを、みんなが愛してくださっているから、こんな話も、みんなでお祝いしてくださっているんですよ?」

「いや、リトリィ! 俺はリノについては、まだもう少し先の話で……!」

「リノちゃんはもう、赤ちゃんを産むことができるのは、ご存知でしょう?」

「いや、確かに生理はきてるけどさ!」

「でしょう? もうだいじょうぶです。あとは、あなたがめとってくださるだけですから」


 そーいう問題じゃないんだよ! あいつはまだ、年齢的に……!


「ふふ、子供を作るかどうかはともかく、リノちゃんがあなたと結婚しないと、フェルミさんも結婚できません。よろこびは、みんなで分かち合いたいですもの。ここはだんなさまの、深い愛をお示しくださいませ」


 いや待てそればっかりは!

 思わず叫んでしまったら、みんなの視線が一気に冷たくなったような気がして、背筋にぞわりと何かが走る。


「……いいっスよ。お姉さまが認めてくださっただけで、ご主人の子を産めただけで、私は、十分に幸せっスから」


 じゃあフェルミ、なんでそんな泣きそうな微笑みを浮かべてるんだよっ!

 ああ分かったよ! わかったからそんな顔をするんじゃないっ!


「……だんなさま、ボクは?」


 お前もかよリノ、だからそんな、泣くんじゃないって!

 ああもう、まとめて面倒見るから!

 この春に結婚だな⁉ もういい、それでいいよ!


「当然っスね」

「わぁい! ボク、だんなさまのこと、だーい好きっ!」


 おまえらああああっ!




「ふふ、またこの衣装を身につける日が来るとは思いませんでした」

「お姉さま、わたし、お腹周りがきつくって……」

「わたしもいっしょです。ふふ、それだけ幸せな結婚生活だったとかんがえましょう?」


 リトリィとマイセルが、二人で花嫁衣裳をチェックし合っている。二年前の結婚式の時に着たものだ。レンタルではなく、彼女たちに贈られた衣装だから、大切に保管しておいたものだ。

 今見ても、本当にきわどい。というか、特にリトリィ、出産を経てさらに大きくなった胸がその、ぐ、グレイトで……。


「あなた、こちらはよろしいですから。おふたりを見に行ってあげてくださいな」


 リトリィに促され、俺は釘付けになっていた目を引き剥がす思いで、二階で準備をしているリノとフェルミを見に行く。


 この世界の結婚はちょっと面倒くさい。婚姻こんいん要件ようけん具備ぐび証明書──要するに出身地を管理する者が発行する「独身の証明書」の取得が、その最たるものだ。


 だが、リノなんて誰が親かも分からない孤児だし、フェルミの故郷だって、話によるととうの昔に滅ぼされ、今は隣国の村になってしまって事実上消滅してしまっているらしい。


 そんなわけで、二人の証明書を取得するなんて最初から無理。だからこの街でも有数の強力さを誇る横紙破りの禁じ手を最初から使ってやったぜ!


 書類を整えたときの役人たちの額に浮かんだ冷や汗と、それまでじつにけだるげに仕事をしていた役人たちがじつにきびきび動き始めたのは、今思い出しても本当に笑える。

 なにせ身元保証の署名がナリクァン夫人のものなのだ。これより強い署名なんて、そうそうないだろう。いや、リトリィが夫人にお願いしてくれたんだけどさ。


「ほら、花婿さまがいらっしゃいましたよ」


 二人のドレスを手直ししてくれていたのは、ゴーティアス婦人だ。フィネスさんも一緒に手伝ってくれた。


 二階のベッドルームでは、リノとフェルミが、ドレスに追加する飾り布を身に着けてもらっていた。戸籍局で行われた結婚の宣誓式の時よりさらに華やかな二人。リノは淡いクリーム色がかった、ふんわりとしたフリルたっぷりのドレス、そしてフェルミは純白の生地をベースに、アクセントに青い布を散らした、すらりとしたドレープが大人の色香を漂わせるドレスとなっていた。


「だんなさま、見て見て! ねえねえ、ボク、可愛くなった?」

「ああ、可愛いよ」


 飛びついてきた彼女を抱きしめる。孤児としてすさんだ生き方をしてきた彼女にとって、結婚式を挙げるということは、叶わぬ夢だったそうだ。それが今日、叶えられたのだ。


「えへへ、おそろいおそろい!」


 リノが、自分の首と、そして俺の首を交互に指差して笑う。

 宣誓式で、結婚首環・・・・を巻いたとき、ぼろぼろと泣いていた彼女。彼女の首環は、クリーム色の革のベルトに、鈴を模した銀色の飾りがつけられたもの。俺の首に巻かれているものと、意匠は同じだ。

 フェルミの首にも、紺色の革のベルトに、銀色の鈴の飾り。

 二人とも、名実ともに、俺の妻となった。


「ムラタさーん、もう祭壇の準備は整っていますよ?」


 マイセルの声が、下から響いてくる。


「……じゃあ、行こうか」


 俺の言葉に、頬を染めてうなずくフェルミと、天真爛漫な笑顔で大きくうなずくリノ。


 一緒に階段を降りると、リトリィとマイセルが笑顔で俺たちを迎える。

 共にうなずきあうと、揃って家を出て、庭に出る。


 披露宴会場となる家の庭では、すでにたくさんの客が、俺たちを待っていた。

 この世界では、披露宴に招待する客を調整したりしない。

 日付だけ伝えれば、祝ってくれる人だけが集ってくれる。

 なんなら、たまたま通りかかった人たちもだ。


 今まで、仕事で関わった仲間たち。

 トラブルを経て、協力者になってくれたひとたち。

 孤児院の子供たちまでいる。


 そこにいる皆が、祝福の声をかけてくれている。

 同時に、リトリィの、マイセルの、リノの、そしてフェルミの、美しさを讃えてくれている。


「ご主人……私、こんなに幸せで、いいんですか?」


 ヒスイを胸に抱いたフェルミが、少し、気圧されたように後ずさった。


「何いってるんだ。これからもっと幸せになるんだよ」


 赤ん坊連れの結婚式ってのは、日本ではあまり歓迎されないだろうが、子供はいればいるだけ良いとするこちらでは、何の問題もない。なんなら婚前・・交渉・・が前提の文化なのだ。なんの問題もない。

 ……リノは、文字通り「一緒に寝た」だけだけどなっ!


「えへへ、だんなさま! ボクも、もっと幸せにしてもらえるんだよね?」

「違う。幸せにしてやることなんて俺にはとても無理だ、俺たちは、一緒に幸せを作っていくんだよ」

「……うん! わかった、ボクもだんなさまを幸せにするね!」


 可愛いな、リノは。

 思わずその髪をなでると、彼女はうれしそうに目を細めて喉を鳴らす。


「さあ、まいりましょう、だんなさま」


 リトリィが、両腕に抱いたコリィとアイリィと一緒に、俺の顔をのぞき込むようにして微笑んでみせる。


 ──ああ。

 戸籍局では新たに戸籍に加わる二人と俺との契約の場だが、披露宴は新たな家族を披露する場だ。はっきり言って、この俺が四人も妻を持つなんて分不相応も過ぎるだろうが、俺の元に彼女たちが来てくれたんだから、俺は感謝の念を精一杯に持って、改めてこの神への宣誓に臨むだけだ。


 満開のシェクラの花の下で、もう一度誓い直す。

 俺はこの世界で、俺を慕ってくれるひとたちと共に生きていくのだ。


 みんなで幸せになる──そのよろこびを分かち合い、高らかにうたい合うために。


 俺が歩んできた建築の道──「二級建築士」として、これからも、たくさんのひとびとによろこびを分け与えられるように。


「さあ、行こうか」


 四人の花嫁と、四人の子供たち。

 これからもっとにぎやかになっていく、俺の家族と共に。


「ええ、あなた」


 微笑みながらまなじりに金剛の雫を浮かべた君と──君たちと共に。




( 第六部 異世界建築士とよろこびのうた  了)


 ――――――――――

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