第742話:魂を繋ぐ者たちへ
「わあ……!」
壁が一気に立ち上がるのを、子供たちが目を輝かせて見守る。木造枠組壁構法、いわゆる「ツーバイフォー」構法は、釘を大量に使うことが欠点ではあるけれど、材料さえそろえば、丈夫な壁が、一気に出来上がることに良さがある。アメリカ合理主義が産んだ建築法だ。
今回の依頼は、三番大路沿いの公園
正確には、木造枠組壁構法というのは、決して安い工法ではない。大量の釘が必要だし、そもそも大量のプレカット材が必要だからだ。だが、そこは街が誇る大型水車を用いた製材屋の活用と、そして工期の短縮という方法でコストを圧縮する。
「父ちゃん、すごい!」
「父ちゃん、すっごーい!」
子供たちが、目をきらきらさせて作業を見守る。子供たちに夢を見せるのも、大人の仕事だ。カッコイイところを見せないとな。
「よし、壁はこれでいい。飯を食ったら、屋根に取り掛かる。しばらく休憩だ」
マレットさんの指示で、大工たちがその場に腰を下ろす。四方の壁を一気に組み上げたのだ、疲れもたまっただろう。
「みなさーん! スープ、できていますよー!」
リトリィの声に、大工たちが歓声を上げた。「
「ふう……やっぱり大工って、楽しいですね」
「私は飯のタネで覚えた仕事だから、別に楽しいとか、そういうわけでもないんスけどねえ。……ご主人に『ご奉仕』、してる時のほうが、よっぽど楽しいっスよ?」
フェルミお前、突然隣に出現して人前で品を作るな腰をくねらせるな絡みつくな。お前だって大工だろ。ていうか、今日はリトリィと一緒にスープを作ってたんじゃないのか。
「たしかに大工ですし、料理も嫌いじゃないスけど、どっちかってぇと、
「そうか? 細かい作業を続ける忍耐力がお前にあるとは……」
そうまぜっかえすと、「言ったっスね?」とフェルミは微笑んだ。
「じゃあ、私の細工、あとで見ていただけます?」
「だからいちいち絡みついてくるな」
というかだな? フェルミが胸に抱いているシシィが、俺の髪を笑顔でつかんで引っ張るものだから痛いんだよ。いや可愛いけどな。
「おじさんおじさん!」
フェルミに絡まれていると、先ほど、壁を立てているところを見ていた施主のご子息二人が、興奮状態で走ってきた。
「あんな建て方、初めて見た! 壁が一気にできておもしろかった! おじさん、あれ、どこの街の建て方?」
「あれか? あれは……」
アメリカだよ、と言いかけて、ぐっとこらえる。アメリカなんて言ったって、この世界の子供たちには伝わらない。
「……おじさんが考えたのさ」
ごめん、バルーン構法を考えたアメリカ開拓民の皆さま&日本の仕様に規格化した日本建築業界のお偉いさま。俺は今、猛烈に嘘をついています。「すげーっ!」と目と口を大きく見開いてキラキラ顔で見つめる二人の視線が、胸に痛いです。
「ムラタさん、早くしないと、ムラタさんの分がなくなっちゃいますよ?」
いつのまにかスープの配給側に回っていたマイセルが、こちらに向かって大きく手を振っていた。隣でリトリィが苦笑している。そうさ、リトリィが俺の分を取り分けておかないはずがない。
「おじさん! 僕も大工、なれるかな?」
「……なれるさ。一流の大工の親方に弟子入りして、しっかり勉強すればな。大工仕事に興味があるのか?」
「うん! 今見てて、すっごいおもしろそうだったから!」
「そうか……すごく面白そうだったか。なら、君のお父さんに相談してみるといい。職人の道は厳しいが、面白いぞ」
「うん!」
お父ちゃーん、と少年が駆け出す。「あっ、兄ちゃん、待ってよーっ!」と、もう一人の少年もそのあとを追って走って行った。
俺たちの知識や技術、文化──俺たちの「魂」みたいなものは、こうやって憧れと共に受け継がれていくのだろうな。そう考えると、建築という仕事を選んで本当によかったと思う。
「……私たちの子も、あと何年かしたらああなるんスかね、ご主人?」
「女の子だろ? さすがに大工はないんじゃないか?」
「そんなこと言っていいんスか? 私もマイセルも、女で、大工っスよ? リトリィ姉さまに至っては、鉄工職人スよ?」
……失言だった。我が家の美しい奥様がたは、みんなガチの職人さんだったよ。
そんな環境で育つ子が、職人を志望する──むしろ十分にあり得る話だ。平凡な育ち方をする姿こそ、少数派ではないだろうか。
というか、フェルミは今、自身のことを「女」と言った。少女時代に凄惨な凌辱を受け、女として生きることを諦めて男として生きてきた彼女が、自分をごく当たり前に「女」と言えるようになった。
「……ご主人? 何の用──んむっ……」
……君たちを、少しでも幸せにできているのならば、俺はとてもうれしいし、幸せだ。
資材の上に腰掛けて、俺とマレットさんは夕焼け空を見上げていた。おそらく、明日もいい天気になるだろう。シェクラの花もあちこちで咲き始めていて、いい感じだ。
「明日は上棟式だな」
「そうですね。マレットさん、よろしくお願いいたします」
「任せておけ」
マレットさんは、俺の背中をばしばしと叩きながら笑った。いつものことだけど痛いってマレットさん!
「それにしても、今回の家は、あんたと最初に組んだ家を思い出すな」
「最初の家……ああ、今の、俺の家ですか」
「おう。あれはもともと、集会所の予定だったからな。人が住むわけじゃねえからって、あんなすかすかな家を建てちまったが、意外に頑丈なものだ」
地震を数度経ても、まるでびくともしなかった我が家。日本で手掛けてきた家々の経験を生かした、この世界、この街での、俺の最初の足跡。
「
「当たりめぇよ。なんたってあの家は、施主がナリクァン夫人だからな。半端な仕事はできねえ。あの家の
がはは、と上機嫌で笑う。いや、背中をばしばしとぶっ叩くのは本当に勘弁してほしいです。言えないけどっ!
「では、明日の上棟式、進行をお任せしますから、よろしくお願いいたします」
「おう。だが、もう一度やってんだ、流れは分かってんだろう?」
「分かってはいますが、やはりこういうものは伝統と信頼と実績ある
「うれしいことを言ってくれるじゃねえか」
マレットさんは、星が瞬き始めた夕焼け空を見上げながら、ふう、と息を吐く。
「だが、いずれは婿殿にも、やってもらわなきゃならん日が来るんだぜ?」
「そのころには、ハマー君がマレットさんから
「そうだといいんだが……」
ばりばりと頭をかくマレットさん。
「あいつはどうも、落ち着きがなくてなあ……」
「そんなことはありませんよ。偉大なるジンメルマンの
「そう言ってくれるのはうれしいんだが……甘やかしても、あいつのためにならんからな」
「長い目で見ましょうよ。彼もすでに、一家の主なんですから」
マレットさんが「ジンメルマン」という
マレットさんは苦笑いすると、「そう、だな……」と立ち上がった。
「今回の件でもそうだったが、これからもいろいろ、知恵を貸してくれ」
「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします」
互いに、挙げた手のひらを重ねる。
互いの、最大限の親愛の情を示す挨拶。
「では、明日の上棟式に、また」
「おう、任せろ婿殿。──ついでに二人目の孫も、早めに仕込んでくれよ?」
「おかえりなさいませ、だんなさま」
「だんなさま、おかえりっ! ボク、今日、リトリィ姉ちゃんのお手伝い、いっぱいしたよ!
リトリィの妙に明るい笑顔の答え合わせをリノがしているようで、俺は冷や汗が噴き出してくる。
「ふふ、きょうはお昼のときに、フェルミさんがちょっぴりご寵愛をいただいたみたいでしたので。わたしも、ご寵愛をいただきたいと」
──ああ、あの、飯をもらいに行く直前のキスか。
しっかり見てたんだな、リトリィ……。ええ、ちゃんとご奉仕しますよ、愛する奥様……!
「いやあ、だって大恩あるお姉さまには隠し事なんて絶対にできないスからね。ご主人が私にしたこと、事実に背びれ尾びれに胸びれまでつけて、しっかり伝えておいたっスよ!」
「なっ……お前!」
「あ、今夜は私、さっさと寝るんで。骨は拾いますから、安心して姉さまとマイセルの種付けにお励みくださいっス。愛する人の血を継ぐ子供は、何人いてもいいんスからね」
フェルミやっぱりお前のせいかよっ!
俺、明日上棟式で、大事な日って分かってるよな⁉
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