第677話:始まりの地へ(3/5)

 取り乱していたフェルミが落ち着いた頃合いを見計らって、今回の目的がただの「リトリィの帰郷」ではないことを話すことにした。

 それはつまり、俺が「地球人」であり「日本人」であること、そしてこの世界の人間ではないことを話すということだ。


 それは、俺がずっと言わずにきたこと。

 あの山の鍛冶一家の中でも、親方だけは俺がやって来た「日本」という土地の意味を知っていた。リトリィには、俺から伝えた。だが、義兄たち──フラフィーとアイネたちには伝えていない。彼らは、俺が「ニホン」という変わった名前の遠い国からやって来た、程度の解釈しかしていないはずだ。


 だから、俺は話した。マイセルと、フェルミにも。


 二人とも、最初は俺が「ニホン」という遠い国から来た、という理解しかできなかった。この世界には「複数」の「異なる世界」があり、不思議な通路でつながっているということ──実際にはどうなっているかなんて、俺だって理解できていないのだけれど、なんとか理解してもらった。


「……で、ご主人は、その、こちら・・・に来たときの手がかりが欲しくて、山に登るんスね?」

「リトリィのおめでたを、一度報告したいってのも本当だ。もちろん、君たちの出産の報告もだ」


 実はもう一つ。今回、せっかく山に登るのだから、本当は瀧井さんにも来ていただきたかった。ジルンディール親方とも親交がある瀧井さんだ、きっと喜んで来てくれるだろうと思っていた。


 だが、この前の地震で倒壊したアパートのがれきの下敷きになった彼は、大腿骨骨折という大怪我を負ってしまった。この治療が予想外に長引いた上に、彼は歩くのに杖が必要になってしまった。


『誘ってくれたのは大変にうれしい。だが、わしはもう、山には登れんよ』


 その時の寂しげな顔が忘れられない。だが、無理をして登って、途中で動けなくなってしまったら、そっちの方が問題だ。なにせドクターヘリのようなものは無いのだから。


 だから、瀧井さんからは、ジルンディール親方おやじどのへの手紙を預かった。俺と違って翻訳首輪のない中で生きてきた瀧井さんの手紙だ、実に達筆なで。


 それからもうひとつ。

 彼の身を守ってきた銃──九九式小銃を預かっている。扱い方は、彼から訓練を受けた。弾は貴重だから、ほいほいと練習で使うことはできない。その代わり、銃を構えた状態で銃をド突かれるというやり方で、反動に耐える訓練を受けた。


『この九九式はな。新型であり過ぎたからだろうか、大陸にはほとんど持ち込まれなくてな。どこもかしこも三八式ばかりで、弾の補給には難儀なんぎしたものだった』


 たまたま友軍と合流した際、九九式小銃の弾が補給できたのをいいことに、どうせ今後の補給も難しかろうと、こっそり多め・・にくすねておいたと瀧井さんは笑っていた。


 その弾薬が、今でもまだ使えるというのだから驚きだ。なにせ、瀧井さんがこの世界にやって来てから五十年以上経過しているのだから。たまに不発があるらしいのはこれまでにも目の当たりにしてきたが、五十年以上前に製造された火薬。多少のことは仕方がない。


『まさか、今になって使うことになるとは思わなかったがな』


 苦笑する瀧井さん。

 ついでに三十年式銃剣、というものも一応預かっている。銃の先にそれを着けて、槍のように使うらしい。

 一応、「銃剣術」という形でレクチャーを受けたが、俺が実際に格闘戦なんてできるはずもない。そんなものを使わなければならない状況なんて、どうせ何もできずに襲われて死ぬに決まっている。出番はないだろう。


 万が一、九九式小銃これを使うような場面になっても、多分リトリィが相手を投げ飛ばして終わるでしょう、俺にはお守り以上の効果はなさそうです──俺はそう言って笑った。すると、瀧井さんはどこか遠くを見るような目で、薄く微笑んでみせた。


『そう……だな。武器なんてものは、互いに儀礼の一つとして誇示してみせるだけで役目を終えることができたなら、それが一番だ』


 中国戦線を実際に戦い、そして生き抜いた彼が言うと、重みが違う。


 使わずに済めばそれで良し、お守りとして持って行け──タキイさんはそう言って、俺に銃を押し付けたのだ。だから、今回、俺の荷物の一つに、その銃がある。


「……だから、今回の話は俺のわがままも大きいんだ。フェルミ、親戚に会わせないとかじゃなく、純粋に、付き合わせるのが申し訳ないって思いもある。ここまで同行してくれただけでも、俺はうれしいんだ。だから──」

「だからご主人、帰っていいなんて言わないでって言ってるんスよ。私だって、お姉さまも認めてくださったヒノモトのオンナっスよ? に関わることから、逃げるはずがないじゃないスか」


 胸を張ってみせるフェルミに、なんとも胸が熱くなる。


「……そうか。ありがとう」

「とはいえ、──これはさすがに、想像の範囲外だったっスけどね」


 フェルミが、苦笑しながら続けた。いまだに信じられないといった様子で。

 

「ずっと、異界の住人の話は、自分には関係のない、なんならおとぎ話とすら思ってたっスね。まさか、自分がその話の登場人物になるなんて、ね」

 

 フェルミの言葉に、マイセルもひきつった笑みを浮かべながら同意する。


「聞いたことのない風習、聞いたことのない言葉……ものすごく博識なのに、一般常識もないムラタさん……。なんとなく普通の国じゃないって思ってましたけど、異界の国だったんですね、ニホンっていう国は。納得しました」


 おいマイセル。

 さらっと君、何気にひどいこと言ってないか?




 翌朝、俺たちは一晩の宿を貸してくれた一家の皆さんに礼を言って、山に向かって歩き出した。


 山のふもとには深い森があり、それを抜けていく。

 その森の先が、俺たちの目指す山──バーシット山。


 俺だけでなく、過去には瀧井さんも、この山からやってきたという。

 さらに、『騎士と狼を連れた賢者』と呼ばれる伝説の人物は、この山を中心に活動していたのだという。


 この山には、なにかがあるのではないだろうか。


 そういえば昨夜は、山というか、森のほうから狼の遠吠えが聞こえた。

 一夜の宿を貸してくれた爺さんによると、これほど遠吠えがはっきり聞こえたのはずいぶん久しいという。

 フェルミがそれを聞いて襲われないかと心配そうにしていたが、あの狼たちにも、もしかしたら遭遇するかもしれない。



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