第628話:ヒヨコの成長
お互いに何も口に出さない。
ただ二人、肩を抱き合い、身を寄せ合う。
そんな時間がしばらく続いていたときだった。
外から、がやがやと声が聞こえてきた。
「……今日は、ナリクァン夫人の炊き出しの日だったか?」
だとしたら大変まずい、こちらは何の準備もできていないぞ?
そう思って聞いたら、リトリィも首をかしげた。
「いいえ、ちがうと思います」
不思議に思ってリトリィに窓から見てもらうと、外を確認した彼女は、ふわりと微笑んだ。
「あの子たちです。大工の、見習いだった──」
……ああ! あいつらか。
マレットさんに人手を頼んだら寄こされた、相も変わらずのヒヨッコ軍団。
この家を建てたころに比べれば職人としてだいぶ磨かれた、あいつらだ。
「ひょっとして俺が目を覚ましたから来たのかな?」
「いいえ? あの子たち、あなたがおやすみになっていらっしゃったあいだも来ていましたよ?」
「え? まさか、作業を続けていたなんてことは……」
「はい。あなたが描いた図面を見ながらすすめていたみたいですけれど」
「……心配だ、ちょっと見てくる」
「あの子たちならだいじょうぶですよ」
リトリィが微笑んだ。
「とってもお行儀のよい子たちでしたから。だって、あなたといっしょにこの家を作った子たちですよ?」
「そりゃまあ、そうだけどさ」
「ふふ、あなたの家で育った子たちです。信じてあげられませんか?」
そう言われては、ぐうの音も出ない。仕方がない、せめて様子を見に行くか。
「リトリィ、肩、貸してくれるか?」
「はい。よろこんで」
「あ、監督。もう怪我はいいんですか?」
勝手口から出ると、小屋はもうすっかりできていて、小屋の入り口、そして井戸まで続く渡り廊下のほうの工事を始めていた。かなり手際がいいようだ。彼らのことはまだまだヒヨッコだと思っていたけれど、この一年半でずいぶんと成長したのだと感心する。
「……まあな。俺は不死身だから」
俺の返事に、皆が笑う。
「だったらもう、作業に入ってくださいよ」
「それは遠慮しておく。せっかく怪我を言い訳に休めるんだ、休暇は最大限に活用しないとな」
「いいんすか? 適当に手を抜いてやっちゃうかもしれないっすよ?」
からかうようなレルフェンの言葉に、俺はにっこりと笑って答える。
「のちの世に残れない手抜き工事が、大工職人のお前が命を懸けて守りたい
「そういう言い方します?」
レルフェンは口をとがらせたが、すぐに「監督には敵わねえなあ」と笑った。
「やっぱり、あの
バーザルトが、屋根の上から顔をのぞかせて笑う。
「なんだ、俺を首にするのか?」
「楽隠居しててくださいってことっすよ」
「おいおいレルフェン、俺はまだそんな年じゃないぞ」
「だったら不死身なんだし、働いてくださいよ」
エイホル、お前、言うようになったなあ。あの、打ち付けた釘よりもひん曲げた釘のほうが多かったエイホルが。
「そ、それはまだ、弟子入りしたての頃で……!」
顔を真っ赤にしたエイホルだが、彼が成長したのは、これまでの作業の中でもう分かっている。
それに、この渡り廊下の床の出来栄えや、組み上げられた木材の垂直・水平方向の統一感。彼らはまだ正式な職人ではなく見習いのはずだが、それでも丁寧に仕事をしていることが見て取れる。彼らの今後が、とても楽しみだ。
「作業中に声をかけて悪かった。みんな、作業を続けてくれ。あとは任せた」
「ホントにいいんすか?」
「なんだ、信用がないんだな」
俺は笑うと、家の方を指差した。
「お前たちが付けてくれた屋根窓は、いまのところなかなか具合がいい。あの仕事をした腕前で、しかも一年半の修行を経た今のお前たちなら、十分に信頼できる。その信頼に、応えてくれよ?」
「大丈夫っす」
レルフェンがニッと歯を見せた。
「監督の図面、神経質なほどめちゃくちゃ細かいから。何をすればいいかなんて、それを見れば一目瞭然っすからね」
「うれしいことを言ってくれるじゃないか」
「それにしても、変わった構造ですね」
「変わった構造……どこがだ?」
バーザルトは、渡り廊下の屋根の上から、小屋の屋根を手で模しながら言った。
「片流れの屋根そのものはともかく、どうして屋根裏に、あんなにも補強をいれているんです?」
さすがバーザルト、マレットさんの弟子の中でも特に有望株とされる男。
「そりゃ、大重量に耐えるためさ」
「大重量」
「ああ」
顔を見合わせるヒヨッコたちに、俺は笑いかけた。
「
「タダで……風呂?」
エイホルが首をかしげる。
「屋根を補強すると、どうしてお風呂にタダで入れるんですか?」
「どうしてだろうな?」
ヒヨッコたちは首をひねり続ける。今、自分たちが作っているものと、無料で風呂に入れることが、どうしてもつながらないらしい。
「答えはまた今度だ。思いついた奴がいたら、あとでそっと教えてくれ。渡り廊下を組み上げたら、続きを教えてやる」
どこか不完全燃焼といった表情の少年たちに、俺は付け加えた。
「それから、今日の昼はうちで食っていけ。俺が倒れていた間も、ここまで頑張ってくれた、せめてもの礼だ」
「やったあ!」
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