第429話:日本ではできなかったこと
あの夜以来、この辺りに来ていなかったから気づかなかったが、すでに崩壊した館の周りには足場が組まれており、たくさんの作業者が膨大な石材を
以前来たときにも、どことなくゴシック的な様式を感じる建物だと思っていたが、あらためて歩きながら眺めてみると、確かに似ている。
建築が進歩していく上での歴史の必然なのか、それとも俺と同じように地球からやってきた人間によってもたらされた技術なのか。
同じ形の、アーチを含んだ窓がずらりと並んでいる構造、そして等間隔に並ぶ
日本では、もちろんこんなゴシック様式のような建物なんて触れてこなかった。本物に触れる――建築に携わる者として、なんという幸運なんだろう! 万が一そっちが壊れていたら、建て直すのは大変だったに違いない。文化的価値がより高そうなものが残ってくれて、本当によかった。
※バットレス、およびフライング・バットレスについてはこちらを参照のこと。
https://kakuyomu.jp/users/kitunetuki_youran/news/16816927860846006095
俺たちが突入したあの夜、吹っ飛んだクレーンによって壊れた壁の瓦礫は、綺麗に取り除かれていた。ただ、壁を直すより、資材を屋敷の中に運びこむ通路にされているようだ。
それにしても驚いた。この街には、こんなにたくさんの大工がいたのか。じつにたくさんの人間が作業に当たっている。
もちろん、中にはただの荷運びのアルバイトもいるのだろう。それでも個人住宅や小規模集合住宅しか扱ってこなかった俺には、ぱっと見だけでも五十人以上の人間が集まって作業をする現場など、初めてだ。
よく見ると、作業をする人の中には、ちらほらと
――今日も一日ご安全に。ついそんなフレーズが頭をよぎる。
「ムラタさんよう。そんなところに突っ立ってないで、こっちだこっち」
バリオンさんに呼ばれてそちらに行くと、すでに選り分けられた石のブロックを運び出す作業がなされていた。崩壊した屋敷の瓦礫から集められた石材についているモルタルの出っ張りをノミで削り、最低限なめらかな形にして次の工程に送り出す。
運ばれて行った先では、何人かの男の指示の下で作業者が石材を積み上げていた。屋敷が崩壊したと言っても、特に南側――お客さんから見て表側の外壁に関してはだいぶ残っているから、そんなにダメージがあるようには見えない。
だが、塔から転落したクレーンが直撃した側は悲惨なものだ。その崩れた壁の、割れてしまった石材を取り除き、その上に無事だった、あるいは状態が比較的マシだった石材を積み上げている。接着剤としてモルタルを塗り、慎重に石を積み上げていく。
今住んでいる家は木造だから、こんなふうに一つ一つ石を積み上げるなんてことは基礎以外はしていない。集合住宅の仕事の方も、基本的には俺は主導的な立場だったから、こんな重い石材を持ち上げ積み上げるなんて作業はしてこなかった。
やぐらが屋根の高さほどまで組まれていて、その上には、塔の上で見たような大きなものではないが、やはり
改めて、現代日本の、サイディングボードを打ち付けて外壁が出来上がってしまう家づくりが、とんでもなく楽なものだと実感させられる。
今の日本の家づくりは、「重くて頑丈な家」ではなく、軽くてガチガチに釘で固めるタイプにシフトしているから、こんなふうに重い石材などで家を作るなんてことはない。
アパートだって軽量鉄骨が主流だ。鉄筋コンクリートなんてのは高層マンションくらいだ。レンガなら前のリフォームや集合住宅の時に触ったが、こうやって本物の石材を積み上げていく家というのは、今回が初めて――というか、人生で初めてだ。だから年甲斐もなくワクワクしながら作業に参加してしまった。
こんな感動は、山の鍛冶師の家の屋根の修理で、本物の粘板岩を使ったスレートに生まれて初めて触った時以来かもしれない。
少なくとも、日本では絶対体験のできなかった建材だったはずだ。
「はい、だんなさま。あ~んってしてください」
「ムラタさん、次はこっちですよ? はい、あーんしてください」
「だんなさまだんなさま! ボクボク! これボクが作ったんだよ!」
三人がかりで弁当を食わされる俺。
いつまでもギルドから帰ってこない俺を心配してギルドに行ったリトリィが、事情を聞き、弁当をこしらえて現場まで持ってきてくれたのだ。
その弁当のおかずは、リトリィだけでなく、マイセルと、ついでにリノも作ってくれたらしい。
だから三人から食わされているのである。
こんなこと、日本では万年童貞だった俺が体験したことなど、あるはずがない。物語の主人公になった感じて、大変気分がいい――
――わけでもない。
職人としてギルドから認められた者はともかく、徒弟の身分の者はなかなか結婚までこぎつけることが難しい。つまりこの現場には妻帯者というものがあまり多くないというわけだ。
そんなところで、妻
周りからの嫉妬や憎悪渦巻く視線が、グサグサと突き刺さってくるのが、実によく分かるのだ!
ちなみにバリオンさんはこれまた愛妻家らしく、食事はいつも家に帰って家で食っているらしい。うん、もっと早く教えてもらっていれば俺もそうしたかった。
食事が終わったらリトリィたちには帰ってもらい、再び一人で作業を始めたが、一度押された「リア充」的烙印は消えることなく、俺は終始、「女付きの飯を現場で食ったクソ野郎」扱いのような、冷たい視線を感じ続けることになった。
――いや、嫁さんがいたっていいじゃないか!
「ご苦労さん。これが今日の日当だ」
そう言われて渡された、何枚かの銅貨。うん、日雇いをやっていた時の日当に比べて多めだ。さすが貴族、なかなか太っ腹なところを見せる。そうやって人を集めて、工事を少しでも早めたいのかもしれない。
「また来るよな?」
バリオンさんに言われて、俺は曖昧にうなずいた。
「ちっとばかりきついだろうが、賃金は多めだ。その分、たらふく飲飲めるぞ?」
……せっかくもらった賃金を、アルコールに変えるつもりはない。そんなことに使うなら、リトリィたちのためにすこしでも美味しそうなものを買って帰る――それが、ここしばらくの、俺の賃金の使い道だ。
結局、あれからクオーク親方に会うことはなかった。だが、現場に行きさえすれば会う機会もいずれ得られるだろう。
とはいっても、塔の仕事が再開されるまでは俺も今のところ、することが何もない。ちょうどいいアルバイトのつもりで、しばらくは屋敷の再建のほうに顔を出すことにしようか。
それにしても、今日は疲れた。腰も肩も痛い。だが、充実感でいっぱいだ。心地よい疲れとは、こういうことをいうんだろう。
久しぶりに、リトリィにマッサージをしてもらうことにしよう。
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