第401話:未熟な証拠が動かぬ証拠

「貴様ら! ワシがギルド長だぞ! ワシの言うことが聞けんのか、今すぐそこの若造と女どもを叩き出せ!」


 そう叫んだギルド長に、俺はあえて微笑んでみせた。


「ギルド長、先程、ご自身がおっしゃったことを覚えておいでですか?」

「貴様なぞもはやギルド員でもなんでもないわ! とっとと出て行け!」

「ギルド長はこうおっしゃいましたね? 『相手の不正をでっちあげ、そして陥れようとしたら、それだけでギルドから永久追放処分』だと。私は何度も確認をしましたが?」

「当たり前だ! だから貴様は永久追放だと――」


 すると、俺とギルド長の間に割り込むようにしたのは、マレットさんだった。


「ギルド長。今、それを『当たり前』だと言ったな? じゃあ聞くが、新米ギルド員に汚名を着せて陥れようとした最低野郎を俺は知っているんだが、そいつこそ当然、ギルドを永久追放だよな?」

「ええい、だったらそいつもまとめて永久追放処分でよかろう! マレット、お前もそうなりたくなかったら、とっととそいつらを――」


 最後まで言わせず、マレットさんはその棍棒のような両手で、ギルド長の両肩をがしっとつかんだ。


「ギルド長、寝ぼけてんのか大マジなのかは知らねえがな? その最低野郎ってのは誰かって、つまりあんたのことなんだが」


 さらにマレットさん、ギルド長に顔を近づける。

 ギルド長がのけぞると、さらに顔を近づける。


 彼お得意のプレッシャー戦術だ。俺も何度、アレを食らっただろう。おもにマイセルを嫁にとるよな? 責任とるよな? という形で。


「あんたは言った。仲間を陥れる奴は永久追放だと。今確かめたよな? ところであんたはムラタさんを陥れた。つまりあんたが、ギルドを永久追放されるってわけだ。自分で言ったことの責任、とるよな?」

「ばっ、バカなことを言うな! ワシはギルド長だぞ! ワシ以外の木っ端ギルド員と一緒にするつもりか!」

「ほほう……? あんた、そういう意識だったのか? 自分は特別な立場だから、永久追放にはならないと?」

「当たり前だろうが! ワシはギルド長だぞ!」


 ギルド長は、マレットさんに掴みかか――ろうとして、あっさりその手首を掴み返される。


「ギルド長よ。あんた自身はギルド員を陥れても永久追放にはならない――そのうえで、気に食わないヤツは永久追放にする――そう言いたいんだな。なるほど、ギルド長ってのは大したご身分だな」

「うるさい! ワシがギルドの長なのだ、当然のことだろう! マレット、かばねもちだからといい気になりおって! 貴様もギルド長を狙っているんだろうが、ワシの目が濁らんうちは死んでも譲らんからな!」

「てめえの後継になんて、死んでもならねえよ! そんなことより――」


 その時だった。ドアが突然開いたかと思うと、わいわいと騒ぐ声が聞こえてきた。入ってきた男は慌てふためいて再びドアを閉めて鍵をかけるが、ドアが乱暴に叩かれる音が止まらない。


「ギルド長! 職人たちが! 話があると言って押し寄せて聞きません!」

「なんだとお⁉」


 目を剥いたギルド長に、俺とマレットさんは目を合わせる。

 やっと動いたか。いや、もしくは今までは様子見だったのが、遂に動いたというべきなのか。


「ギルドのカネを私的に使い込んでいたことですとか、いちギルド員の図面を取り上げて自分のものにして公募に提出していたことですとか、そういったことについて話を聞かせろと!」

「な、なな、なぜそれを……! ――貴様! まさか、あることないことを言いふらしてからここに来たというのか!」


 ギルド長が俺のほうに掴みかかろうとするが、マレットさんにしっかりと手首をつかまれているせいだろう。俺のほうに飛び出しそうな目を向けて唾を飛ばすだけだった。


「いいえ? わたしはギルド長のことについて、何も言っていません。すべてギルド長が、ご自身でしゃべったことでは?」

「ば、バカを言うな! ワシが自分に不利になることをべらべらしゃべるわけ――」

少々重い菓子・・・・・・は、美味しゅうございましたか?」


 俺の言葉に、ギルド長はハッとして腰に下げたポーチから、俺が渡した菓子包みを取り出す。

 中身をとりだし、彼はそれが、単純な金塊でないことに気づいたようだった。


「ま、まさか、これは……!」

「ええ、これです」


 俺は、自分の首を指で示した。首に巻かれた結婚首環くびわの革のベルトのバックル。その下にあるのは、リトリィからもらった翻訳首輪――ではなく、ナリクァンさんから借りた翻訳首輪。


 俺やリトリィが身に着けていたのは安物らしく、半径五メートル程度の人間に、俺がしゃべったことの意図を伝える役目を果たす。


「これは、ナリクァンさんから借りたもので、効果の半径が五けん(約九メートル)もあるそうですね。それをギルド長、あなたにも身に着けていただいたんですよ」


 最初に渡した『少々重い菓子』、というのは、合言葉だ。ギルド長が賄賂を受け取る時の。だから、それを使って首輪から外した翻訳の魔道具を渡した。魔道具は、ギルド長の言葉を、直径約十八メートルの範囲にいる人間に届ける。

 もちろん、俺も同じ翻訳首輪をしているから、ほぼ同じ範囲の人間に、俺の言葉も伝わっていたはずだ。

 つまり、俺とギルド長の会話は、同じ二階の人間はもちろん、一階のフロアの人間まで筒抜けだったのだ。


「なん……だと……?」


 今度こそへなへなとくずおれるギルド長。

 ムスケリッヒさんは、わずかに首を振ると、ドアを開けるように指示した。


「で、ですが副ギルド長! 今開けると、職人どもが一斉に……!」

「仕方がありません。ギルド長の今日の日程をすべて取り消して、話を聞くことにしましょう。場合によっては、近日中に大きな人事異動があるかもしれません」


 顔をひきつらせた男は、激しく叩かれ続けるドアノブを前にしばらく逡巡していたが、やがて観念したように鍵を開け――爆発したように押し開けられたドアに轢かれた。

 ちょっとだけ、かわいそうだと思った。




「すっかり日が傾いちまったな」


 皆で入った小料理屋で、リトリィのお酌でがれた酒を、ふたたび一息で干すマレットさん。マイセルが手皿に盛り付けた料理も、飲み込むように平らげる。


「ええ。ですが、これでやっと片が付きました。マレットさんに同行いただいたおかげです。ありがとうございました」

「なに、すべての段取りをつけたのはあんただ。俺は、娘の婿を陥れたクソ野郎に天誅を食らわせに行っただけだ」


 そう言って、山盛りの揚げ肉に手を伸ばす。


「それにしても、よくもまああれだけ調べたものだな。あの、女に貢いだうえにあっさり袖にされたことを暴露した時のギルド長の顔、見たか?」

「もちろんですよ。いやあ、本当に吹き出しかけて、抑えるのに苦労しました」


 俺にもいでくれたリトリィがそっと頬に口づけをしてくれたのに対して、俺も軽く口づけをし返すと、嬉しそうにしっぽを振りながら小皿に料理を取ってくれた。

 俺の力だけじゃない。俺の身の周りの人すべてが協力してくれた結果だ。ナリクァン夫人も、今度ばかりは力を貸してくれた。


「……それにしても、とんでもない話だったな。ムラタさんよ、あんたもよくやったもんだ。最初、目が合ったと思ったら一緒に来てくれと言われて、何の話かと思ったものだが」


 木の実を甘辛く煮たものをつまみに、ちびちびと杯を傾けながら、痛快だったとツェーダ爺さんは笑った。


「おそらく、ギルド長は交代だな。……アレでも昔は、女癖が悪かったこと以外は要領のいい職人だったんだが」

「……前から女性関係はだらしがなかったってことですか?」

「仕事はできたからな……。部下の女房とねんごろになって問題を起こしたときには、さすがに親方をやめさせられそうになったが」


 全然駄目じゃねーか!


「仕事はできたからな。女遊びも仕事のうち、とばかりに、おおらかだったんだよ。昔は」


 そう言って、リトリィからお酌をしてもらう。


「っとと、奥さん、ありがとよ。……それにしても、よくもあそこまで鮮やかに追い詰めたもんだ。わしはあれが芝居だと分からんかったぞ」

「この前の、フェクトール公の騒動がきっかけです。あれのおかげ、といったら変な話ですがね」


 レルバートさんに、頑なに俺を盗作野郎扱いされて追い払われたあのとき。

 あの時以来ずっとくすぶっていた疑念を、優位性が逆転した今を利用してぶつけたのだ。


 だって、図面に紛れ込ませた例の『日ノ本ヒノモト』のサインもそうだが、俺の図面は21世紀の日本の基準で書かれているからな。どう考えたって、俺の図面とそっくりに描くやつが、この街にいるはずがない。俺にとってはそれが普通でも。


 だから俺は、レルバートさんに、持ち込まれた図面のすべてを突き合わせてもらった。レルバートさんはだいぶ渋ったのだが、ナリクァンさんにつけてもらった渉外担当のシブケッティさんという人のにこやかな毒舌が全てを決した。


『さすがはお貴族さまにお仕えするおかたや、誠意というものをよう分かっとりますなあ』


 まさか京都風の言い回しをここで聞かされるとは思わなかった。翻訳首輪、高性能すぎるだろ。


 で、様々な図面を見比べて、俺の図面とその他の大工の図面で、明らかな違いがあることを、レルバートさん、シブケッティさん、そしてマレットさんとで確認し合ったのだ。


「それにしても、決定的だったのが字のヘタクソさと字の間違え方だったってのは、今考えるとホント笑える話だよな!」


 いい感じに出来上がってきたマレットさんが、俺の背中をバシバシとぶっ叩く。俺としては苦笑いでごまかすしかない。


「なんたって、字を習いたてのチビがよくやる間違いばっかりだったからな!」


 そうなのだ。ギルド長が提出した図面に書かれたギルド長の名前のサインと、図面中に書かれている筆跡が明らかに違うことも手伝って、ギルド長が提出した図面が俺のものであることが確かめられたのだ。


 レルバートさんはなかなか認めなかったが、シブケッティさんが穏やかに微笑んだままで、穏やかな話しぶりで、けれどエグいツッコミ方でレルバートさんの矛盾を一つ一つ突き崩し、最終的に認めさせたのだ。

 要するに、ギルド長とレルバートさんはグルだったのだ。それを打ち破ったのが字の下手さと誤字の特徴から同定されるってちょっと悲しい。


 だが、とにかくこれでギルド長の不正の根拠はつかんだし、それを先方にも確認させることができた。これによって、リトリィを手に入れたいフェクトール側と、名誉と金を手に入れたいギルド長との思惑が一致した、俺を陥れるための嫌がらせだったんだことを確定できたんだ。


 その割に何ヶ月もかけた気長な嫌がらせだったのは、単にフェクトールがあまり街に滞在していられないほど忙しかったからというだけ。

 兵糧攻めにして貧しい暮らしに追い込み、リトリィの気が離れただろう頃に、やっと帰ってきたから一気に動いた、というわけだ。


「……まあ、今回の件は、今までたまりにたまったツケをまとめて払う時が来たってことだろうな」


 そう言ってくいっと一息にあおったツェーダ爺さんは、しみじみとした様子で続けた。


「オレに言わせりゃ、多少の女遊びがあったところで、仕事ができりゃそれでいいんだ。仕事ができりゃな? ……だが、ギルド長の仕事といったらなんだ? 無理難題を吹っ掛けてくる貴族や議員連中相手にうまく渡り合い折衝することと、粗相をした部下の尻拭いだ。大工の腕を披露することじゃねえ。……いずれは破綻していたってことだ」


 偉くなることが、いいことばっかりってわけじゃねえな――爺さんは寂しそうにため息をついた。

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