第385話:策謀の果てに

「……で? あのとき、フェクトール公が『できた子供の名前を考えてくれた』ってのは結局、嘘だったわけだな?」

「嘘じゃないです! もし仔ができたらっていう話で、ちゃんと考えてくださいました!」


 話を整理していくと、要するにミネッタが話を盛っていただけだった。

 さらにいうと、ここ二カ月半ほど、貴族野郎は王都及びこことは違う辺境方面で勤務していたらしい。この街に戻ってきてから、まだ十日も経っていないのだという。二カ月半前はじゃあ何をしていたかというと、これまた十日ほど街にいただけで、その前の三カ月ほどは王都にいたのだとか。


「……じゃあ、ひょっとして妊娠してるっていうのも……」

「ちゃんとフェクター様のお仔です! 疑うなんてなんてひどい……!!」


 血相を変えて飛び掛かってこようとしたところを、リトリィが立ちはだかって阻止する。――ごめん、ガードマンみたいな真似させて。


 ただ、そうするとこの貴族野郎が自分に子供ができたと知って呆然としているのかが分からない。そう思ったら、その理由がどうにも同情できないものだった。


 この貴族野郎、前回帰ってきたときはミネッタを抱いていなかったんだ。まあ、辺境方面を使い走りさせられる役職というのは、屋敷でゆっくりする暇がほとんどないらしい。それもあってミネッタとまともに会話ができなかったというのもあるが、それにしたって会話する時間くらいあるだろう!

 ――と思ったら、そのときは別の女性に執心だったらしい。


 そして今回はリトリィにご執心で、ミネッタをはじめ、ハーレムの他の女たちともろくに会話もしていないことが分かった。だからミネッタは、ずっとお腹の子のことを言いそびれていたようだった。


 ミネッタが妊娠したのは、もう五カ月半も前だというのに。

 ――今ではだいぶお腹も目立ってきているというのに、だ!


 実はこのハーレムで妊娠したのは、ミネッタが初めてらしかった。それで、使用人たちもどう扱えばいいか、随分と迷いがあったようだ。

 一応、普通の妊婦と同じように世話してくれていたようである。大きくなるお腹に合わせて、口の堅い職人を呼んで、わざわざ新しいマタニティドレスを仕立ててくれたらしい。


 だからといって大貴族であるフェクトールが、市井の、それも獣人との間にできた子供を認知するのか。いや、そもそも認知させていいものなのか。使用人たちの間でも意見が割れていたことは、ミネッタもなんとなく感づいてはいたという。


 しかし、当のフェクトールはそもそもミネッタが妊娠したことを知らなかった。誰も教えなかったというのもあるが、そもそも彼自身、獣人の娘が妊娠するなどとは考えてもいなかった節がある。

 

 ……ミネッタには悪いがこの貴族野郎、やっぱり最低だ。

 俺――というか、リトリィに関わることについても、それが見えてきたのだ。

 

 結婚して三カ月。

 そして二カ月半。

 それでおおよそ、俺も察しがついたんだ。


 結婚して三カ月目のころといえば、例の塔の再建計画がぶちこわしになった、あの「盗作疑惑事件」だ。

 でもって二カ月半前と言えば、俺が突然、アパート再建の監督を外されたころだ。


 つまりこの男、街に帰ってくるたびに俺たちにちょっかいをかけてきていたんだ。


 もともと山暮らしのリトリィだ、街の貴族との接点なんてあるわけがない。

 貴族野郎がリトリィのことを知ったのは、俺と冒険者たちとで達成した、奴隷商人からのリトリィ奪還パレードだったという。で、俺とリトリィの居所を突き止めたのが、俺たちの結婚式のあたり。まずは一度、顔見せにやってきた。


 それから三カ月ほど仕事でこの街を離れていて、王都から戻ってきたのがおよそ二カ月半前。

 俺たちが結婚してから三カ月経過しても(というか当たり前だが!)リトリィが「まだ」俺のもとから「離れられない」状態だということを知って、「彼女を救うために」俺をハメる作戦を立てたわけだ。


 まず、鐘塔に関するコンペティションを開く。

 鐘塔はずっと問題になっていたから、コイツを片付ければ街での名声も間違いなく上がる案件だ。街の問題の解決は間違いなく評価の向上につながったはず。


 そんな特別な案件を、わざわざ俺のところに執事を寄こして依頼することで、特別感を演出しておく。

 その上で俺の案に難癖をつけて案を潰すことでリトリィを失望させるとともに、貧しい暮らしで苦労させ、そこに颯爽と現れるイケメン貴族――といった筋書きだろうか。


 俺の案を盗作扱いして預かりもせずに追い払ったくせに、俺の再建計画とそっくりな案を持っていたのは不可解だが、とにかくそれで甲斐性のないところをリトリィに見せつけようとしたんだろう。


 おそらくそこまで仕込んだあと、奴は一度、街を離れた。これで揺さぶっておいて俺とリトリィの仲を引き裂くだなんて、甘く見られたものだ。それくらいでリトリィの愛が揺らぐはずがないのに。


 けれど、俺がそれで折れるどころかアパート再建の仕事なんぞをやり始めた上に、リトリィもマイセルも、相変わらず俺に献身的に尽くしている。


 おそらく、それを知って俺をアパートの監督から外させ、建築業界から干したのが夏の終わり、風も涼しくなってきたころの話。どうせギルドに圧力でもかけたに違いない。おそらく、建築業界から干されて貧しくなり、今度こそ俺たち夫婦が不仲になるとでも思ったのだろう。


 それでまた二カ月半ほど街を離れて、帰ってきたのが十日足らず前。


 ところが、それでも俺はリトリィを手放さなかったし、夫婦仲が悪くなってもいなかった(当たり前だっての!)。で、業を煮やしてとうとうリトリィを直接拉致することにした――ということなんだろう。

 今回のギルドからの不自然な呼び出しも、どうせ貴族野郎の圧力に違いない。あの時、馬車の御者が執拗にリトリィを馬車に残そうとしたのは、つまり最初からリトリィが目的だったからだろう。


 ――以上、推理終わり。推理と言っても、ミネッタの断片的な情報を繋げたらこうなっただけだが、多分、大筋は合っているはず。


「……どこにそんな証拠があるというのだね?」


 認めようとしなかったのでナリクァンさんにお出ましを願うと、途端にうろたえ始めた。


「そうね……。わたくしの可愛いリトリィさんが怖い怖い目にあったのですから、その黒幕が誰かと言うことを突き止めておきませんと、今後、彼女の生活の安心を保証できませんものね?」


 差し当たってこの屋敷の主だった使用人さんたちを、みんなまとめてこちらで面倒を見るということにして、お話を聞きましょうか――ナリクァンさんは酷薄な笑みを浮かべながら、淡々と話す。


「夫人よ、私を脅迫する気か!?」

「脅迫だなんて、人聞きの悪い。わたくしはただ、我が子のように愛おしい娘さんが幸せになれるように取り計らいたいだけですよ?」

「ぐ……」

「わたしの情報網もちょっとしたものだということは、ご存じですわね?」


 ……ちょっとしたものどころじゃない。冒険者ギルドを手足のように使う時点で。

 もちろん貴族野郎も、それは十分知っているんだろう。がっくりと肩を落とし、それ以上、何かを言おうとはしなくなった。その姿自体が、もう、俺の推理の真偽を裏付けるものだろう。


 ところが、そんなナリクァンさんに、ミネッタが噛みついた。


「どこのお店の人か知りませんけど、フェクター様をいじめないで! フェクター様は立派なお貴族様で――」

「お黙りなさい小娘。わたくしはあなたと話をしてはいません」


 それは、ぞくりとするほど厳しい声色だった。俺を拷問する時でさえそんな口調ではなかった。

 それは、あからさまに目の前の少女を取るに足らぬものと見下す、絶対的強者の目だった。ミネッタが気圧されて息を呑むのが感じられた。


 ……ただ、この圧倒的な威圧感の中で、それでも発言できたミネッタはすごいというか、空気を読まないというか。


 ただ、ナリクァンさんを「どこのお店の人か知りませんけど」って、その言葉だけで、相当に彼女が世間知らずで、また教養から遠い人物だったってのが分かる。それが分かるのがまた、胸痛む思いになる。


「……フェクター様は悪くない! 商売人のあなたなんかには分からない、すごいかたで――」

「ミネッタ!」


 その時、貴族野郎フェクトールが強い口調でミネッタを叱った。


「あなたは黙っていなさい。この人に逆らってはいけない」

「でも……でも、フェクター様……!」

「わきまえなさいミネッタ。あなたがそのような口をきいてよい相手ではありません。これは私の問題ですから。

 ――夫人よ、ミネッタは無関係だ。彼女の失態は主である私の失態。そのとがは私が甘んじて受ける。ミネッタには手を出さないでくれ」


 ――ミネッタを叱りつつも、フェクトールは彼女をかばった。

 貴族らしい傲慢さはあるけれど、でももしかしたらこの男、ひょっとして――。

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