第355話:伝説の破壊者

 石やレンガを積み上げる建築物は、組積そせきづくりと呼ばれる建築方式だ。作業そのものは単純、かつ石材を使っているので腐朽の心配もなく耐火性能も十分、ということで、日本以外の多くの土地で発達した建築方式だ。

 基本は「糊付けして積み上げた石」の家だから、地震には弱い。だから、日本では文明開化から関東大震災までのおよそ六十年程度しか流行らなかった。


 けれどここは違う。

 地盤が安定しているのか、組積造の家ばかり。近年は木骨造ティンバー・フレーミングが流行しているようだが、壁はレンガ積みだ。総木造で耐火性能は厚めに塗った漆喰に依存する我が家とはわけが違う。


 とはいっても、今回の案件は火災によるダメージを受けた家の再建だ。火事になった際に、崩落した屋根やはり、床などによるダメージが残る壁は、やはり危険なので撤去しなければならない。特に二階部分は屋根の崩落の際に、崩れ落ちる梁が引っ掛かったりぶつかったりして大きなダメージを受けた壁が多い。そのため、そうした部分の撤去は必須だ。


 ただ、困ったことにこの世界の建物は本当にレンガを積んだだけの構造をしている。中に鉄筋が入っているわけでもないレンガの壁は、火災の際にモルタルが傷んでいた部分もあり、安易に衝撃を与えると、バランスを崩して予定外の場所まで壊れてしまうことがある。


 ……はい。俺がやらかしました。もう余計なことはしません。


 なんのことはない。たまたまもたれかかったレンガの壁、そいつが見た目と裏腹に裏側が大破していたらしく、手をついてもたれかかった俺ごと倒壊。絶妙なバランスが保たれていたはずの壁は、その衝撃で傷んでいた部分が数珠つなぎになって崩壊。

 ……結果として、西側の壁の大部分が崩れ落ちてしまったのだ。


 いやもう、見ていることしかできなったよ。呆然とし過ぎて。ドミノ倒しでも見ている気分だった。

 マイセルとマレットさんに引きずられていなかったら、崩れ落ちるレンガの破片にでもあたって大怪我をしていたかもしれない。




「家を建てるのが大工だってのに、あんた、これで二件目を倒壊させたんだな」


 い、いや、マレットさん! 不可抗力、そう、これは不可抗力なのです! 頑丈なレンガの壁が、もたれかかったくらいで壊れるだなんて、誰が想像するでしょうか!


「西側の壁は特にもろくなってるから危ないって、ちゃんと忠告しておいただろ。あれだけ念を入れて押すな押すなと言っておいたのに、あんたって奴は」


 ……はい、もう、なんも言えねえよ!


「ハハ、冗談だ。どのみち西の壁は危なくって、いずれ対策を取った上で取り壊しちまう予定だったんだ。まさかあんたがとどめを刺すとは思わなかったけどな」

「ちょっ……笑えないですよ! あのとき現場にいた大工の全員が、俺が倒壊させたって思ってたじゃないですか! なんであの時に冗談だって言ってくれなかったんですか!」


 あの西の壁の大崩壊のあと、そこにいた大工の面々は、俺を「掌底一発で壁をぶち抜き崩壊に導いた男」として思いっきり笑ったのだ。「家一軒を蹴りの一発でぶっ壊した伝説、本当だったんですね!」と。で、その場で付いたあだ名が「伝説の破壊王ムラタ」。

 伝説ってなんだ。まだあれから半年も経ってないはずだぞ。


「何言ってんだ。崩壊のきっかけを作ったのは事実だろ」

「ですから! もともと崩壊の危険があったってだけで」

「いいじゃねえか。『解体屋ムラタ』が開業できるぜ?」

「だから! 俺は『建築士』で!」

「あきらめろ、伝説の破壊王」


 面白がって笑っていたマレットさんの頭に、お盆が叩きつけられる。

 縦に。

 たまらずテーブルに突っ伏すマレットさん。


「お父さん、馬鹿なこと言わないで。ムラタさんのお仕事に差しさわりがあったらどうしてくれるの」


 青筋を浮かべてマイセルがマレットさんの背後で微笑んでいた。


「あなた、口はわざわいの元ですよ?」


 苦笑しながら、ネイジェルさんがテーブルに皿の山を置く。


「娘の旦那さまをからかっているような暇があるなら、お夕食の準備を手伝ってくださいな」


 その言葉に続くようにして、リトリィが鍋を持ってきた。俺が鍋敷きを置くと、にっこりと笑顔を見せて「ありがとうございます」と礼を言い、鍋を置いた。

 中のスープをお玉でかき混ぜると、ネイジェルさんが置いた皿を手に取り、スープを盛りつけていく。


「なんにせよ、だんなさまがご無事でよかったです。マレット様、夫を助けていただいて、ありがとうございました」

「いや、助けるって大げさな――」


 言いかけて、やめた。

 たしかに、あのまま立ち尽くしていたら大怪我は間違いなかったのだから。


 しかし、マレットさんはきまり悪そうに頭をかくと、「……いや、俺のほうこそ、もっときちんと警告しておくべきだった。あんたの旦那を危ない目にさらして、悪かった」と、リトリィに向かって頭を下げた。


「いえ、おかげさまで、夫はけが一つなく無事で済んだのですから。ほんとうに、ありがとうございました」


 あらためて深々と頭を下げるリトリィに、マレットさんはますます身の置き所がなくなったらしく、席を立つとキッチンのほうに向かった。


 それを見送ると、リトリィがウインクをして、小さく舌をぺろりと出す。


 ……ああ、そういうことか。

 なんだか、リトリィに助けられた気分だった。

 ――いつものことだけど。

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