第312話:花散る夜に.

※ 妻となった女性たちと初めて迎える、特別な夜です。飛ばして314話を読んでも大筋に問題はありません。







 庭からは、相変わらずにぎやかな声が聞こえてくる。


 先ほどやらされた、プレッツェルのような揚げ菓子を、両端から折れないように食べるゲームの主役は、俺たち新婚夫婦から、未婚の若い少年少女たちに移っている。


 マイセルがやたら張り切って審判をやっているが、俺とリトリィが失敗したのに対して、マイセルは俺と成功させ、見事キスにこぎつけたことで、カップル成立の女神に祭り上げられてしまったためだ。


 にぎやかに盛り上がる会場の、空いた皿を片付けていたリトリィを手伝い、一緒に家に持ち帰って来たのだが。


 暗い家の中は、俺たち以外に誰もいない。

 かちゃかちゃと、皿を洗う音だけが響く。


「あ、ムラタさん。何度も往復させて、ごめんなさい」

「いいよ。そんなことより、リトリィも主役のはずなのに洗い物なんかさせて」

「ふふ、わたしたちはもてなされる側ですけど、もてなす側でもありますから」


 朝からずっと来ているドレスは、もうだいぶくたびれてきてはいるけれど、月明かりがかすかに届くこのキッチンで、白く浮かび上がるように、美しく輝いている。


 そう、この世界の結婚式は、お色直しをしないんだ。ずっと、同じ花嫁衣装を着たまま、一日を過ごす。

 道理で、動きやすさを考慮した、引きずらないつくりになっているわけだ。


 そっと、彼女の後ろから、そのうなじにキスをする。


 かすかな、可愛らしい悲鳴。

 同時に、ふわり、と甘い香りが鼻をくすぐる。


 そういえば、彼女は基本的に香水をつけたことがない。

 朝の戸籍局の宣誓式も、さっきの神々への宣誓式でも、香水なんてつけていなかった気がする。


「……この香り……?」


 何気なく聞いてみると、はっとしたようにリトリィが身を引いた。

 なぜか、恥ずかしそうにうつむいてしまう。


「あ、えっと……そ、そうですよね、まだ夜半でもないのに……。気が、早かったですよね……?」


 普段、彼女が香水などつけないからだろうか。

 かぐわしい甘い香りに当てられたみたいだ、妙に胸が高鳴る。


 そっと後ろから腕を回すと、彼女は予期していたようにその腕に手を当てた。

 豊かな胸の、その尖端に、俺の手を導く。


 ダンスのときにもはだけてしまったその胸は、拘束から解き放たれたように、弾むようにまろび出た。

 ああ、これではたしかに、あのダンスのとき、胸をしまうのに苦労するわけだ。


 はふ……


 切なげなため息とともに、彼女が首を横に向け、舌を伸ばす。

 それに応えるために、その舌を口に含む。


 月が中天に差し掛かるまでには、まだまだだ。薄暗いキッチンでは、彼女の表情も、いまいちつかめない。

 だが、彼女の瞳が、今はもう十分に紅いことを、俺は知っている。本来は透明感のある青紫の瞳が、今は赤紫に染まっているはずだ。


 ゆらゆら揺れる尻尾を持ち上げ、腰を押し付けてくる彼女が求めるものなど、一つしかない。


 ドレスのスカートを持ち上げると、幾重にも層をつくるレースのパニエをが姿を現す。そうか、スカートの腰回りがふんわり広がっていたのは、これのおかげなのか。


 それを持ち上げると、彼女のふわふわの毛に覆われた太ももにたどり着く。暗いのと、たっぷりのパニエでどうなっているのかは分からないが、手探りで、彼女の秘められた部分を探り当てる。


 ……下着は、あるのかないのか、よく分からなかった。少なくとも、すぐにその、ひどく潤んだ谷間に、指が滑り込んでしまったからだ。むしろ内股まで、そのふわふわなはずの毛が、しっとりとしている。


「リトリィ……?」


 思わずその潤んでいる原因を尋ねたくなってしまった俺に、リトリィは首を振り、切なげに腰を押し付けてきただけだった。


「ずっと、がまん、してたのか……?」


 小さく、けれども何度もうなずいてみせる彼女。


 ああ、彼女は。

 この、シェクラの花の下で愛を誓いあうこの日を、ずっとずっと待ち望んできたのだ。


 俺が、子作りを始めたのだからもう結婚してしまおう、と言ったとき、彼女は首を振った。

 どうか、どうか、シェクラの花の季節まで待ってくださいと。

 彼女が結婚に際して望んだ条件は、その、ただ一つのみ。


 俺と、永久とわの愛を誓い合いたかった彼女。

 それほどまでに、俺を欲してくれた彼女。


 それが、やっと叶ったのだ。

 そのあふれる想いを体現するのが、この、したたり。


 庭に知人がたくさんいる――普段の俺なら、こんなこと、できなかっただろう。


 清楚かつ煽情的な彼女のドレスに当てられたのか、彼女のうなじから漂う甘い香りに理性のタガがふっとんだのか。


 お互い、キッチンに立ったままで。

 キッチンの天板にひじを突き、腰を突き出す彼女――花嫁衣装のままの彼女の、その腰に片手を添える。

 純白の布の山から生えている、いつにもましてふわふわのしっぽの、その根元をつかむ。


「――いらして、あなた……っ!」


 懇願する彼女に応え、これまでにないほどにたかぶった己を、熱い蜜をしたたらせるそこに、一息に押し込む。


 窓から飛び込んできた歓声は、プレッツェルゲームの成功者が再び現れたことを意味するのだろう。リトリィの切なげな悦びの悲鳴を隠すようで、ちょうどよかった。




「……フィネスさんやペリシャさんには、気づかれてしまいますね?」


 乱れた髪を整えながら、小さく笑ったリトリィに、俺も苦笑をもらす。彼女の中に放ったもののニオイは、間違いなく、気づかれるだろう。

 ただ、朝まで続く披露宴、途中で新婚カップルが抜け出しても、だという暗黙の了解で深く追求しない、とはマレットさんの言葉だったか。


 なかなか理解しがたい風習だが、それに乗っかるしかないだろう。そう思いながら彼女を抱き寄せ唇を寄せた、その瞬間だった。


「ムラタさん、お姉さま、いらっしゃいますか?」


 ――マイセルだった。

 いつもの癖で、つい慌てて俺もリトリィも、互いに離れようとしてしまう。

 そんな俺たちに、マイセルは微笑んだ。


「いいですよ? ムラタさん、続けてください。お姉さまも」


 続けてくださいと言われて、はいそうですかなどとできるものか!

 あくまでも取り繕おうとした俺たちに、マイセルはくすくすと笑う。


「私たち、もう夫婦なんですよ? 三人で、ひと組の」


 そう言って入ってきたマイセルは、俺の前に立つと、まっすぐ俺を見上げて言った。


「だからムラタさん。――私が言おうとしていること、もう、わかりますよね?」


『ムラタさんとお付き合いしたいなら、強くならないとだめなんだって、分かりましたから』


 確か、以前、マイセルから告白されたときに、彼女はそんなことを言っていた。

 まっすぐ俺を見上げているマイセルだけれど、真っ直ぐ下ろされた両腕の先――その手は、ドレスのすそを固く握りしめ、かすかにふるえているのが分かる。


 俺は一瞬、隣のリトリィに目をやり――リトリィも小さくうなずいたのを見て、そして、改めてリトリィの肩を、抱きしめた。


「……あらためて、ようこそ。マイセル」




「ひ、久しぶりですよね、このベッドに、さ、三人で入るのは」


 落ち着かない様子できょろきょろ、なぜか目を合わせないようにしているマイセル。これから何をするのか、分かっているからこそだろう。


「え、えっと! あの、わ、私、さ、『三夜の臥所ふしど』を、まだ一度も経験してなくて、その……!」

「いいえ? マイセルちゃんももう、三夜過ごしましたよ?」


 リトリィの言葉に、俺もマイセルも「いつのまに!?」と、目をむく。


「だって、ほら。まだわたしたちが、城内街のお宿で過ごしていたときと、この家ができて、マイセルちゃんお誕生日の夜の一回。そして、山の一夜。ほら、三夜です」

「そ、それ全部、私が先に寝ちゃった夜ばっかり……!」


 マイセルがひどく落ち込む。


「三夜の臥所、ちゃんと三夜とも経験してたのに、一度も抱かれなかった私っていったい……」


 ……ごめん。それほんとにごめんなさい。


「ふふ、そのぶん、結婚初夜がだんなさまをお迎えするはじめての夜になるなんて、すてきじゃありませんか? なかなかないことだと思いますよ?」


 リトリィのとりなしに、マイセルもようやく小さくうなずく。


 うん、まあ、昔の日本は、とくに農民はかなり性におおらかだったとは聞いたことがあるけど、あくまでそれは自由意志だからな。婚前交渉が義務に近いって風習、俺も聞いたことがない。


「どうしますか? マイセルちゃんの、大切な初めての夜。よろしかったら、わたしは席をはずしますけれど」


 リトリィの言葉に、マイセルが驚いたように顔を上げ、そしてその手を握って首を振った。


「お、お姉さま、一緒にいて? だ、だって、あんなのが入るなんて、無理、無理ですよう! 一緒にいてください!」


 ……思い出した。今日も配った、あの、例のパンだな?

 扱いだよ、俺は凶器か不審者か、とにかく危険なブツ扱い。ちょっと凹む。


「あら、わたしはいつも、マイセルちゃんが言うをお迎えしてるんですよ?」

「で、でも……!」

「だいじょうぶですよ。ムラタさんは、とっても優しくしてくださいますから。わたしもお手伝いしますから、力を抜いて、だんなさまをお迎えしましょうね?」


 リトリィ、何気に俺にプレッシャーかけるなよ。つまりアレだろ、こう言いたいんだろ? 「マイセルちゃんに痛い思いをさせたら、許しませんからね?」――と。




「いや、だめ……そんなところ! ……もう、だめっ、お、ねえ、さま……!」


 息も絶え絶えのマイセルに、リトリィが微笑む。


「マイセルちゃんに汚いところなんてありませんよ?」

「でも――でも……ッ!? ――……ッ!!」


 声にならない悲鳴のようなものをあげながら、マイセルの腰が浮き、そして、ベッドに沈み込む。


 せめてドレスにシミを作らないように――そう思って脱ぐことを提案したが、肌を晒すことに抵抗を感じたマイセルが着たままを懇願し、だから、淡いピンクのドレスをまとったまま、ベッドで、体をはねさせている。


 そしてそうさせているのが、これまた純白のドレスに身を包んだ、金の毛並みの女性。

 獣人の舌、特にリトリィは獣の姿を色濃く残す種族だから、その舌も人間――少なくとも俺なんかよりずっと厚く、熱く、長い。

 そのせいだろうか、今のマイセルのような姿を、俺と夜を過ごすリトリィの姿として見たことがない。なんというか、妙な嫉妬心が沸き起こってくる。


 とはいえ、リトリィの指と舌に翻弄されるマイセルを見せられると、リトリィから学んで、今度は自分が二人を悦ばせてやらないと、という使命感すらも沸き起こってくるから不思議だ。


 ずっと、俺のことを想い、好いてくれて、けれど、リトリィのことをも尊重して、自分の気持ちを抑えてきたマイセル。

 

 彼女自身が落ち込んでいたように、三夜のチャンスは、彼女にもあった。けれど、何の因果か偶然か、彼女は三夜とも先に寝入ってしまったため、何事もない夜となってしまった。


 ずっと、俺のことを好いてくれて、けれども、ライバルであるはずのリトリィのことをも大事に想ってくれていた、俺の思い込みなんかよりもずっと大人だった少女、マイセル。


「ムラ、タ、さん……?」


 可愛らしい花嫁衣装に身を包み、荒い息を弾ませる彼女の、その上に体を覆いかぶせる。


 そっと唇を重ねると、すぐにマイセルは舌を差し込んできた。披露宴で、大人のキスがどんなものなのかを、彼女は確かに学習したらしい。


 リトリィが俺を望んでくれたように、マイセルもまた、俺を望んでくれている。

 ならば、もうこれ以上待たせるのは、失礼だろう。


 己に触れたものの意味に気づいたか、きゅっと寄せられる眉根。

 大丈夫か、と問うと、マイセルは、健気にも微笑みを浮かべてみせた。


「……大丈夫、です……。がんばりますから……」


 頑張る、頑張らないとかいうものじゃない気もするけどな。

 マイセルらしい言葉に、俺もおもわず微笑んでみせる。


 彼女の髪を撫でると、彼女は俺の手に、自分の手を重ねてきた。

 そっと、もう一度、唇を重ねる。


 リトリィの手ほどきによって十分すぎるほどに潤ったそこは、狭くとも、ゆっくり、確かに俺を受け入れていく。


 マイセルが、何かに耐えるようにしながら、つぶやいた。


「ああ――ムラタさん、感じて、くれてますか? 私、いま、ムラタさんと一つになってる……!」

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