第307話:ひよこのお礼
ダルブライン局長さんのありがたーいスピーチの間、こっそり聞いてみた。
なぜ、
「……えっと、
……なんだそりゃ。
「あ、でも、わざとゆっくりするのはだめなんですよ。だから、その……、だんなさまをびっくりさせたりするためのいたずらが、よくあるって、マイセルちゃんから教えてもらったんです。だから……」
リトリィの言葉に、つまり俺は、まんまと彼女の策にはまった自分を理解する。発案者はマイセルということは、つまりあの、マイセルとの歯かち合わせ事件も?
「……だから、その、……あんなことになってごめんなさい」
恥ずかしそうにうなずくマイセルに、苦笑するしかない。
多分、その話は、互いに緊張して首鐶交換に時間がかかったとしても、神様は大目に見てくださるよ、という、二人を安心させるための方便が始まりだったんじゃないだろうか。
誰かが気を利かせて言った言葉が独り歩きし、新郎にドッキリ作戦、が定番として定着していったのだろう。
マイセルによると、首鐶交換のドッキリ作戦の流行はもう、だいぶ長いこと続いていて、少なくとも、マイセルの親の世代ではすでに当たり前だったようだ。
だから、首鐶交換ではいつもハプニングの連続なのだとか。で、何かあれば、それをおおらかに笑い飛ばすのも、もうお約束のことらしい。
たった五人のギャラリーでなぜあそこまで大笑いが起こったかの理由が、これで分かった。
少しでも多くの幸せを掴みたい――女の子の必死な想いを、おおらかに受け止める演出のためにギャラリーは笑い飛ばすのだ。
そして男には、そんな願いの詰まったいたずらを、寛容でもって受け入れる度量が求められるんだろう。
「いたずらっていっても色々ありますけど、幸せになるためですから。
――これは話で聞いたことなんですけど、わざと崩れやすい髪形にして旦那様が首鐶を巻くのを難しくするとか、隠しておいたトカゲを旦那様の顔に貼り付けるとか……いたずらが過ぎてけんかになっちゃった子とかいたりもするくらい、女の子はみんな必死なんですよ?」
顔にトカゲは過激だな。でも、そんなことをやっても許されるっていうところがすごい。本来は堅苦しいお役所業務だろ、この宣誓式。
「だから、いまどき口づけだけでムラタさんをびっくりできるか不安だったんですけど、お姉さまが、ムラタさんなら大丈夫だからって」
なるほど。そんなドッキリを仕込まれるなんて、まったく知らされていなかったからな。そんな風習があるとも知らなかったし。
しかし、「ムラタさんなら大丈夫」って……。リトリィ、ほんとに俺、君には敵わないな。
そうこうしているうちに、局長さんが気分よくぶちかました大演説が終わる。まあ、九割九分九厘聞いてなかったが、どうせ聞いてなかったのは俺たち三人だけではあるまい。
宣誓式が無事終わり、俺たちは一つの馬車で次の会場、つまり自宅に向かった。朝、馬車が別々だったのは、ドレスに驚いてもらうためだったらしいのだが、なにせ馬車を使う必要がある。カネがかかるので、そういうことができるのは中流家庭以上らしい。
で、提案者はペリシャさんなのだそうだ。まあ、威力はあったよ。君が入って来た瞬間の驚きは、感動は、でかいなんてもんじゃなかった。
本来なら、芸術と職人の女神であるキーファウンタの神殿で行われるべき神々への宣誓なのだが、あいにくと今日は三組の予定が入っていて、神殿はもう、使えないとのことだった。
それならばと自宅を指定、庭のシェクラの木の下に祭壇をこしらえてもらって、そこで宣誓をする手はずとなっている。
シェクラの花の下で愛を誓う――それは、リトリィが望んできたこと。
別に披露宴で
銀貨を七枚も積んだうえ、さらに三枚追加して祭壇の出張サービスまで取り付けたのだ。桜の下作戦の実行くらい、たやすいものだろう。
家に着くと、もう披露宴の準備はすっかり整っていた。
俺がリトリィと、そしてマイセルの手を取って馬車から下ろすと、その華やかな衣装のおかげか、ため息と歓声が沸き起こった。
マイセルの周りに群がっている、似たような、だが花嫁衣装と違ってカラフルなドレスの少女たちは、マイセルの友達なのだろう。リトリィの周りにはそういった同世代の女の子たちはいないが、その代わりに熟女の奥様方が可愛い可愛いと、プリンセス――というか、孫扱いだ。
ざっと見回すと、会場となる我が家の庭のあちこちには花が飾られ、様々なテーブルやベンチが並べられている。
ナリクァンさんをはじめとした、例の炊き出しボランティアのメンバーの方々をはじめ、マレットさんのお弟子さんたちが、会場を整えてくださったのだろう。
料理自体は、昨日、一日かけて準備をしたけれど、会場設営そのものはなんにもしていなかった。俺たち自身の準備、着付けで頭いっぱいだったからだ。
なのに、宣誓式から戻ってきたらこの状態。特にテーブルやベンチは、サイズも形もバラバラ、しかも
「ムラタさん! 庭に残っていた資材で、長椅子を作ってしまいました。勝手なことをしてすみません、あとでバラして元に戻しますので」
服装は作業着、木くずだらけだが、それだけ頑張ってくれたことが分かるバーザルトだった。
俺が、マイセルの恋の相手だと勝手に勘違いしていた、マレットさんの弟子のうちの、特に有望株の男。
その後ろに並ぶのは、グラニット、エルレン、ヴァルナス、そして……ヒヨッコすぎて釘を無駄遣いしまくったエイホル。あの、家を建てるときに参加した、ヒヨッコチームのメンバーだ。
そんな彼らを、少し離れた場所でしかめ面して腕を組んで見ているのは、いぶし銀の職人、ツェーダ爺さん。家が建って、まだそれほどたっていないというのに、妙に懐かしく感じる。
「ありがとう。いや、俺も会場の準備をしておくのを忘れていたから、すごくありがたいよ。マレットさんの指示だね?」
バーザルトに右手を挙げてねぎらうと、彼は首を振った。
「いいえ、親方の指示ではありません。レルフェンが言い出したことですけど、最終的には自分の判断です。勝手なことをして申し訳ありません。でも、やっぱりその、ムラタさん――監督には、お世話になりましたからね」
自分たちを引き立ててくださったお礼です――そう言って、深々と頭を下げる。いや、ものすごく気が利くじゃないか。本当に助かった。
で、それも嬉しいんだが、レルフェン! 覚えてるぞ!
よく見たら、今も奥で一人、長椅子をカンナがけしてるじゃないか。なんてツンデレなやつなんだ!
あやつめ! ははは!
「そうだったのか。いや、嬉しいよ。バーザルト、君のところの奥さんの出産祝いには、お礼を抱えて駆けつけるからな」
そう言ってねぎらうと、少し驚いたような顔をして、だが、嬉しそうにうなずいた。
「ええ。ありがとうございます。――マイセルのこと、大事にしてあげてください。ちょっとおっちょこちょいのところもありますけど、いいヤツなんで」
「任せろ」
バーザルトはたしか、マイセルの幼なじみだったな。もしかしたら、少しはいい関係だったのかもしれない。けれど二人の道は、交わることはあったとしても、ついに同道に至らなかった。
俺は、本当に短い時間の中で、彼女と共に歩む道を選ぶことになった。
ひとの縁は、時間じゃないとつくづく思う。本当に、俺はこの世界に落ちてきて、不思議に縁に恵まれた。
「……ああ、そうだ。これと言ってすぐにお礼ができるわけじゃないけど、披露宴では腹いっぱい食って行ってくれ。俺が言うのもなんだけど、嫁さんたちが頑張ったんだ。味は保証する、美味いぞ!」
途端に、ヒヨッコたちから歓声が上がる。
ただ、今日の料理とは別に、また手当てを支給しないとな。いくら自主的にやってくれたからって、労働には対価が支払われるべきだ。
ましてそれが善意からきたものなら、より報いられるべきだろう。
「はいはい。いつまでもこのままでは、披露宴のごちそうをいただくことはできませんよ? さあさ、花嫁のお二人さん。そこの棒立ちでくの坊さんを引っ張っていらっしゃいな」
花柄の派手なドレスに身を包み、お玉を手にした腰エプロンの女性――フォロニアさんが、大声で練り歩く。
さすがだ。マイセルを取り囲んで宣誓式の様子について質問攻めにしていた少女たちを、たちまち追い散らかす。
こちらのヒヨッコチームなど、蹴散らかす勢いだ。
しかし、普通に呼んでくださいフォロニアさん。棒立ちでくの坊って。
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