第303話:最後の夜は(2/2).
※飛ばしても、304話を読むのに差し支えありません。
「そうですね、二人がかりで搾り取ることにしますね?」
……そうきたか。
リトリィの、してやったりという表情に、俺も苦笑いを浮かべる。
リトリィ一人を相手にするだけでも毎晩大変なのに、そこにマイセルが加わる。
……俺の死因、間違いなく腎虚で腹上死だな。
「そんなことさせませんから。ちゃんと栄養をいっぱいとっていただいて、その上で搾り取って差し上げます」
だから死ぬって。
それ以上何か言おうとしたリトリィの唇を、再びふさいでやる。
彼女の薄い唇は、とても熱くて。
その長い舌は、俺の口の中を蹂躙して。
キスだけでその気を高ぶらせた彼女は、俺を逃すまいとするかのように腕を背に回し、腰を挟み込む。
月明かりの中で、彼女の瞳が、いつもよりも妖しく、赤みを帯びる。
「んむ……、……ムラタさん……っ!」
彼女に腰を押さえつけられて、まともに動くこともできないけれど、そのぶん、たっぷりと口づけを交わす。
ふわふわの毛布にくるまれているような感触の中で、彼女の舌を受け入れながら、頭を撫でる。
荒い息をつき、口を押し付け舌を差し込み、背中に爪を立て、必死に腰をうねらせ押し付けてくるリトリィ。
――なにをそんなに、必死になるのか。
聞いてみて、たまらなくなって、その体をひしとかき
「だって……だって、もう……今夜が、最後ですから……。あなたのすべてをひとりじめできる、最後の夜ですから……!」
すすり泣くように答えた彼女。
「あなたには、きっとこれからも、いろんな女の子が寄ってきます。マイセルちゃんだけじゃなくて、いろんな女の子が」
そんなわけがあるか。だいたい、俺がどれだけ君を愛しているか、知ってるだろ。
そう言って、今度は俺の番とばかりに、今度は彼女の中に舌を押し込む。
「……わたしは、あなたみたいに器用にはなれません。わたしには、あなたしかいないんです。あなただけの、リトリィなんです……!」
その言葉に、俺は、何とも言えぬ思いに囚われ、胸が痛くなった。
彼女の、悲痛な想いに。
あくまでも一途な、その想いに。
「……俺が器用だなんて思うなよ……」
「だって、……だって……」
言いたいことは分かる。
泣きながら縋り付いてくる彼女。
ああ、結婚前夜にして、それでも俺は彼女を泣かす。
彼女も分かっているのだ。
分かっているから、「だって」の先を言わない。
「しあわせな結婚」という彼女の望みをかなえた瞬間、俺は、リトリィだけのものではなくなるのだ。
彼女自身、その覚悟をもち、受け入れたはずなのに。
「リトリィ、手を、緩めてくれないか?」
目に涙を浮かべて首を振る彼女に、もう一度お願いする。
しばらくためらったあと、名残惜し気に腕を緩められ、俺は身を起こす。
彼女の手のひらに、自分の手のひらを重ねる。
鍛冶師としてハンマーを握ってきただけあって、その指は、手のひらは、かたく、ざらざらとしている。およそ俺の知る手――若い女性の指先とは思えない。厳しい環境で身を粉にしてきた、働き者の、手。
鍛冶師とは思えないほど、小さな手。
だが、その手で彼女は、あの巨漢の兄たちと並ぶ――いや、それを超えるかもしれない力を秘めた刃を鍛えるのだ。
その手を、今は――いや、これからも、俺のために使ってくれる、彼女。
万感の思いを込めて、重ねた手のひらを握る。
彼女も、俺の手を握り返す。
寝台に広がった、金の髪。
彼女のふわふわの、ややくせのある髪。
その頭の上に、どこか不安げにぱたぱたと揺れる、三角の耳。
いまはやや赤みを帯びた感のある、潤んだ、透明感ある青紫の瞳。
褐色の鼻先にそっとキスをすると、恥ずかし気に一度うつむくも、その鼻先をもう一度伸ばし、舌を見せる。
伸ばされたその舌先に、俺の舌を絡める。
彼女は息を弾ませ、舌をさらに伸ばし、俺の舌に、貪欲に絡めてくる。
両手をベッドに押さえつけられているからだろう、首だけでも俺に近づけようとしてだろうか、随分と、必死に。
貪欲に、ただ俺だけを求めてくれる女性。
俺に、共に生きる価値を見出してくれた女性。
それが、リトリィ。
「マイセルちゃんには、ごめんなさいでしたけど……ください、あなたのお情けを。わたしに、いっぱい――」
それ以上は言わせない。
唇でもって、その唇をふさぐ。
「……いっぱい、いっぱい、産みますから――」
切なげに潤むその瞳の期待に応えるように、改めて身を起こす。
「いらして……ください」
その言葉に、俺は。
おおきく、彼女の奥を、えぐる。
目を見開き嬌声と共にのけぞる彼女の、その弾む胸の尖端を、食いつくように口に含みながら、なんども、奥を穿つ。
何がだめなんだ?
どこが壊れるんだ?
ひどい? なにが?
俺はいじめてなんていないぞ?
やめてと言ったからやめたんだぞ?
ほら、――いくよ?
そう――その声が聴きたかったんだ。
わかってる、ここだろう?
どうしてだって? もう何度、愛し合ったと思ってるんだ。
ケモノみたいな格好がイヤ?
どうしてだ。俺は、君が、一番君らしくあるこの姿が大好きだ。
尻尾の付け根がいいなんて、もう、山にいたときから知っている。
不浄? 君はぜんぶ、綺麗だ。
耳の付け根、うなじ、背筋……君が可愛らしく鳴く場所は、みんな知っている。
そのからだの、なにもかも愛おしい。
――ああ、かわいいよ。
こうして、顔を見合える、口づけをしあえるのがいいというのは、分かるよ。
恥じらう君を、こうしてまじまじと見ながら愛し合えるのはいいな。
愛している。
愛している、リトリィ。
いっしょに、いこう。
ああ。
分かってる、言うよ?
――俺の仔を、産んでくれ。
……そ、そうか? じゃあ――
俺の仔を、産め。
「ムラタさんは、あまり女の子が好きではないんですか?」
唐突な質問に、俺は返す言葉が見つからず、しばらく上目遣いに、彼女の顔をまじまじと見つめてしまった。
いま、君の手で頭を撫でられながら、君の胸に埋もれて、その柔らかさを、先端の感触を堪能しているときだったというのに。
どこをどう解釈したら、女の子を好きではない、という発想に行きつくのだろう。
「……どういう意味?」
「だって、ムラタさん、わたししか見ていらっしゃらないように感じられますから」
「……だから、どういう意味?」
訳が分からず、体を起こして聞いてみる。
すると、こういうことだった。
リトリィに言わせると、俺は、不自然なほど女性を「見ない」らしい。そんなことないだろう、そう反論すると、彼女は不思議そうに続けた。
「だって、わたしのことはこうしてまっすぐ見てくださいますけれど、ほかの女の人のほうはあまり目を向けられませんし、あまり目も合わせないようにされているみたいですから」
――――!?
リトリィの言葉に、俺は脳天から殴られたような衝撃を受けた。
言われてみれば確かにそうだ。
俺は、あまり、女性を真正面から見てこなかった、ような気がする。
いつ頃からなのかは覚えていないけれど、中学生になったころには、もうすでにそんな感じだったように思う。
高校受験の面接練習の頃には、目を見る必要はない、相手の口元を見ればよいと練習相手の先生に言われて、ものすごい安心感を得たことを覚えている。
「それなのに、わたしのことはいつもまっすぐ見てくださっていて。街に出て気づいたんですけど、それが、すごくうれしかった」
「うれしかった?」
「だって、わたしだけには、あなたはまっすぐに向き合ってくださってきたってことでしょう?」
微笑む彼女に、俺は内心、ひやりとしたものを感じる。
内心の動揺を押さえながら彼女の胸に顔をうずめると、リトリィは、幼子を相手にするように――俺が、彼女にやっていたように、俺の頭を撫でる。
……そうか。
そうか、俺は、彼女だから――
無意識に、「人間の女性」だと認識しなくて済んだ、リトリィだから。
いや、彼女の女性らしい仕草に、豊かな肉体に、何度オンナを意識させられたかと言ったら、それはもう数限りなくだ。
だがおそらく、その顔、姿のおかげで、いわゆる「人間の女性」を意識せずに接することができてきたんだ。
女性に好かれる方法が分からない、モテないとひがんでいた俺は、だから女性が苦手で。異性ではなく、あくまでも隣人として接することはあっても、それ以上は避けていた。
避けていたくせに、相手の良さどころかまともに目も見られなかったくせに。
それなのに、自分はモテないと言ってひがむとか、相手には自分の良さを、ありのままを見てくれと望むとか。
……どんだけ俺は自己中だったんだよと、今さら思う。
しかし、こうやって結婚前夜になってもいろいろと至らないことを発見される俺って、何なんだろう。本当に、やっていけるんだろうか。
「……ムラタさん?」
リトリィが、手を止めた。
「また、変なことを考えていませんか?」
「変?」
「また、ご自身のことを悪く思っていませんか?」
「……そんなこと」
「あるんですね?」
――ああ、本当に彼女には敵わない。どうしてそう、彼女は俺の腹の底を見透かすことができるのだろう。
「だって、わたしをお嫁さんとして見出してくださった、この世で一番すてきな……大切な、大切な、だんなさまですから」
そう言って、ふふ、といたずらっぽく笑う。
「だから、なんだって、わかるんですよ?」
……だから、何度だって言うけど、価値を見出されたのは俺で、見出してくれたのが君だ。俺が君に救われたんだ。
こんな俺に自信をつけてくれて、曲がりなりにも女性と向き合うことができるようにしてくれたのが、君なんだ。
「だったら、わたしも何度だって言います。わたしを女の子として見出してくださったのは、あなたです。あなたが、わたしの夢を、かなえてくださったんです」
わたしを救ってくださったのが、あなたなんですよ――そう言って微笑んだ彼女は、体を起こすと、今度は俺の上に覆いかぶさった。
「ムラタさん。今夜はいっぱい愛してくださって、ありがとうございました。あとは、わたしがご奉仕しますね?」
――なんの!
馬乗りになってきた彼女の手を掴み、抱きしめ、そしてベッドを転げて押し倒す。
形勢逆転だ。
リトリィと二人きりの最後の夜。
最後まで俺が愛すと決めたんだ。
主導権は渡さない、渡すものか。
最後の一滴に至るまで、俺が、君を、愛し通す。
――――――――――
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