第302話:最後の夜は(1/2)

 リトリィとマイセルが配っている揚げパンなんだが、これは女の子が配るらしい。俺も手伝おうとしたが、やんわりと断られてしまった。


 みんな美味しそうに食ってるのを見るのは嬉しい。妻になる二人の腕の確かさを示すようなものだからだ。


 ところが、男性陣は中の腸詰肉を指して「見栄っ張りだ」「盛りすぎだろう」と笑い合う。というか、爆笑している奴らもいる。なぜかハマーの奴は自分の股間と腸詰肉を何度も見比べているが、そっちのほうが、なんだか変質者っぽくて笑える。


 女性陣は女性陣で、なぜかリトリィとマイセルを囲んで夜の生活についての質問攻めだ。

 いや、そりゃたしかに結婚するってことは、この世界では少なくとも三回はベッドを共にしてるんだから、いまさらとは思うけどさ! でもそれってプライバシーの侵害ですよ、同性であってもセクハラですよ!


 ていうかリトリィ! 嬉々として答えるなよ!! 目を白黒させて話についていけてないマイセルの姿こそ、正しいのではないですかッ!?


「……なんだ、知らなかったのか?」

「何がですか?」


 俺の隣にマレットさんがやってきて、苦笑いして答えてくれた。


「あのねじり揚げパンはな? 男と女が絡み合う形なんだよ」

「……ええと、夫婦円満の形だと、聞いてたんですが……?」

「ヤればデキるしヤれば仲直り。な、夫婦円満の形だろう?」


 ……そんな意味があったのかよ! これだから未開の文明は! あけすけすぎるんだって、こんちくしょう!

 だがそんなこと言えず、あいまいに笑って見せる俺に、マレットさんはヘッドロック気味に聞いてきた。


「でだ。真ん中のアレはつまり、何のことか、分かったよな? 男が女をブスリと突き刺す、あの形だ。ムラタさんよ、あんたの逸物いちもつ、あの太さってのは、見栄か? それとも本物か?」


 ……そ、そういう意味!?

 だからリトリィ、あの太さにこだわっていたってのか!?

 マイセルが不安がってたのは、食えるかどうかじゃなくて、アレサイズの俺のイチモツが入るかどうか、それを心配してたってことだったのか!?


「……知らなかったってことは、見栄を張ろうとしたってわけじゃねえんだな」

「あ、当たり前でしょう? あの太さにこだわったのはリトリィで、俺は言われるままに買って来ただけで……!」


 言い訳をする俺に、マレットさんがまた、苦笑する。


「なんだ、あんたがアレを自分で買って来たのか? そりゃあ、肉屋の主人の顔が見ものだったな」


 がっはっはと笑うマレットさんの言葉で、あの肉屋の主人の、方眉をピクリと上げた瞬間が脳裏に再生される!

 つまりアレか! 『おまえみたいなヒョロガリのがそんなにデカいわけないだろう』みたいな!


 ギャース! 俺、知らないうちに性的プライベートを垂れ流しにしちまったってことか!? というより現在垂れ流し続行中じゃねえか!! それどころかあの揚げパン、明日の披露宴でも配るんだぞ!? 撤回だ撤回!


「いいじゃねえか。隠すから余計にからかわれるんだ。俺はこんな立派な持ち物で嫁を喜ばせてるんだと、胸を張ってやれ」


 だから! そういう蛮族みたいなことをして喜ぶ趣味は、俺には無いんだって!




 ▼ ▽ ▼ ▽ ▼




「……ふふ、みんなに祝福されて、わたし……とても、幸せです」

「ずいぶんと手荒い祝福だったけどな」

「後片付けも、大変でしたね」


 こうして、互いの体のぬくもりを確かめ合いながら、一日のことを思い出していると、確かにいま、幸せなのだと実感する。


「それより、俺はあの腸詰肉が、俺のモノの太さだったなんて、知らなかったぞ」

「ふふ、ご近所の奥様方から、いろいろ質問されてしまいました。痛くないの、とか、広がってしまわないか、とか」


 なんでそんなセクハラ質問を平然とかますのですか、奥様方は!

 いや、そんなことぐらいしか娯楽がないのかもしれないけどさ!


「大丈夫ですよ。だんなさまの大きさには、もう慣れましたって、ちゃんと言えましたから」


 ちょっと待って、なんでそれをあっさり言えるわけ?


「……言っては、いけませんでしたか?」


 悲しそうに目を伏せるリトリィ。


 い、いや、君は悪くないんだ。悪くないんだけど、純真すぎるのか、ゴーティアスさんに慣らされてしまったというべきなのか。それともゴーティアスさんは、こういうセクハラ質問責めに遭うことを見越して、リトリィを鍛えておいたというのか?


「……でも、マイセルちゃんが答えられなくてこまっていたのは、ちょっとかわいそうだったかもしれないですね……」

「可哀想? どうして?」

「だって……あの子はまだ、ですから……」


 ……そうだった。彼女はまだ、なんだ。

 今日だってだ。

 今夜は結婚前夜、うちに来ないかと誘ったんだ。


 けれど、マイセルは笑った。

 笑って――




 ▲ △ ▲ △ ▲




「今夜は、家族と過ごします。私の、ジンメルマン一族としての最後の一夜だから」


 今日は結婚前夜。

 明日も一日忙しくなる。

 それを見越して、一緒に来ないかと誘ったんだが。


 マイセルは笑って、そして、言った。


 ――ジンメルマン一族としての、最後の一夜。


 そうか、と納得し、こちらも笑顔で送ることにする。

 彼女が大工、それも「世襲棟梁ジンメルマン」のかばねをもつマレットさんの娘でいられる日は、もう、今日限りなのだ。


 明日からは、彼女は「ただのムラタ」の妻になる。


「大丈夫! 私だってお姉さまと一緒に、ムラタさんの妻になるんですから! ちゃんとその覚悟、できてますから」


 へへ、と笑ってみせるが、どこか無理をしているように見えたのは、多分、気のせいじゃない。


 名乗りとしては、おそらく「ジンメルマンが娘」の前に「ムラタが妻」が加わるだけなんだろう。

 けれどそれは、公的には「ジンメルマン」の一族から外れる、ということだ。

 日本人で言えば苗字が変わるわけだし、感慨深いものがあるのだろう。


「……分かった。マレットさんたちによろしく。親御さんたちを大事に、な」


 これが余計な一言だった。

 マイセル、たちまち顔をくしゃくしゃに歪めて、抱き着いてきて。


 ごめんなさいと。

 明日には、あなたの妻になるからと。


 泣いた。




「……落ち着いたか?」

「うん……ごめんなさい」


 まだ目は多少赤く、表情もぎこちないが、けれど微笑んでみせる彼女の頭をなでてやる。


 窓の向こうでは、もうだいぶひとがいなくなっていた。

 号泣するマイセルに、周りの人たちはみな、よくあることと笑った。そして、「旦那の役目だぞ、落ち着かせてきな」などと、温かいヤジを飛ばしてくれたものだから、いったん家に退避したのだ。


 マレットさんが、落ち着かない様子でこちらをのぞき込むようにしているのに対して、奥さん二人はリトリィと談笑中。

 ……なるほど、娘をもつ男親ってああなるんだな。俺にも娘ができたら、あんなふうになるのかな。


「ムラタさん、ありがとう。もう、大丈夫です」

「そうか……。うん、分かった。いっぱい、甘えてきなよ」


 そう言って頭をぽんぽんとしてやる。


「ムラタさん、それ、ちっちゃい子にすること……でしたよね?」


 マイセルが、ちょっと、拗ねたような口調で言うのを聞いて、慌てて手をどけた。よく覚えてるよ、彼女は!

 ところが、マイセルは俺の手をとると、それを、自分の頬に当てた。


「ムラタさん、私はムラタさんにとって、どんな子なんですか?」


 問われて、返答に詰まる。

 どんな子、と言われても。


「え、ええと……。そりゃ、俺の妻になる女性で……!」

「私は、妻に、ふさわしいと思ってもらえますか? お姉さまよりもずっと子供っぽいって自分でも思う、この私を」


 真剣な目で、問われる。

 ……以前、彼女が言っていたことを思い出す。


 自分にもチャンスはないかと。

 努力してみせるから、チャンスが欲しいと。


 マイセルはその言葉通り、努力してきた。

 大工としての腕を磨いてきたし、ゴーティアスさんによる花嫁修業も頑張った。


「……むしろ、俺が選んでもらえて、それでよかったのかとすら思っているよ?」


 街の色々なことを教えてもらった。

 リトリィがさらわれたとき、俺を励まし、支えてくれた。

 そして俺を一途に慕い、俺を侮辱する者に対して毅然とした態度で立ち向かった。


 彼女が俺にふさわしいか、じゃない。

 俺が彼女にふさわしいか、のほうが問題だと思うくらいに。


「……そんなこと、ないです。私は、ムラタさんのお嫁さんにふさわしくなりたくて、努力しただけで……」

「いや、そんなことは――」


 言いかけた俺の唇に、彼女はそっと、人差し指を当てた。


「ムラタさん、……私は、ムラタさんが、大好きですよ?」


 ……そうだ。

 そうだった。

 自分を卑下してどうする。

 彼女が好いてくれる俺を卑下するということは、彼女の選択を否定することに他ならないのだ。


 俺は、彼女の選択が正しかったと、そう、胸を張って言えなければならないのだ。

 彼女のために。


 そっと、その頬を、自分の意志で、撫でる。


「あ――む……」




 この前の、不意打ちではないキス。

 彼女を迎え入れる、その覚悟をもった、口づけ。




 ▼ ▽ ▼ ▽ ▼




「可哀想、というのは、ちょっと違うかな。確かにいろいろあって、まだ関係を持ててはいないけど、でも彼女も強い子だから」

「……そう、ですか?」


 すこし、不安そうな色を見せる。


「大丈夫だよ。リトリィ、あの子は強い子だって、君自身がわかってるんだろう?」

「それは……そうですけど」


 それでもなにか言いたげだったので、ちょっとからかってみることにする。


「それに、どうせ明日の夜からは三人で過ごすんだしな。

 ……どうする? 交代しながら寝るのか? それとも、三人で寝るのか?」

「交代? 三人?」


 始めは、何を言われたのか、よく分かっていないようだった。

 しかし、繰り返しているうちに意味が分かったようだ。急に目が泳ぎ始める。


「え、えっと……そ、そうですね、あの……」

「マイセルに見られながら、シたいのかな?」


 冗談を飛ばしてみる。


 飛ばすんじゃなかった。


 にんまりとした彼女の反撃。


「そうですね、二人がかりで搾り取ることにしますね?」

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