第267話:ガルフとの対決

「違いますよ? あなたがくださったんです、わたしの知らなかった愛を。ずっとわたしがあこがれて、そしてあきらめていたものを」


 リトリィの言葉に、俺は、なんと返せばいいか分からなかった。

 でも、彼女はつまり、俺に認められた、という言い方で、俺を肯定してくれたのだ。


 俺の、今までの生き方を。

 俺の、不器用な在り方を。


「だから、ムラタさん。これからも、わたしのご主人さまとしてお仕えしますから、わたしのことも、よろしくおねがいいたしますね?」


 そう言って、そっと俺の頬を舐めてみせる。ガルフの目の前で。

 うわあ。

 リトリィ、君、えげつないよ……!


「それがなんだ!」


 案の定、ガルフが爆発した。


「オレだってそれくらいできる! 年下だと思って馬鹿にするな、オレは子供じゃない! ちゃんと成人している!」

「……成人、?」


 ……年上年下を気にする奴は、確かに、ガキだ。

 子供扱いを嫌い、大人扱いを求めるのも、確かに、ガキだ。


 ……いやいやだからって御冗談を。どう見ても二十代前半かそこらだろお前。そう思って年を聞いて、たまげた。


「十……七? マイセルと、同い年……!?」

「もうすぐ十八だ!」


 むきになって答えるが、こいつ、傭兵として、冒険者ギルドからも危険視されている奴だろう? それが、十七の若造?


 この狼男、獣人体型の場合は俺より背が高く、毛皮を被っていても分かるムキムキ野郎なのだ。だれがこの狼男を、十代の子供だと見抜くことができるだろうか!


 以前瀧井さんが話してくれた、獣人族ベスティリングは成長が早い、ということなんだろうか。純血種だからこそ、成長が一層早いとか?


「オレはこいつよりも若い。こいつよりも長生きできる。お前と同じ種族だから仔もできやすい。こいつにできて、お前が欲しがっているものは、オレだって全部くれてやれる!」


 テーブルを殴りつけ、ガルフは吠えた。

 ああ、ガルフは若いし強い。確かに、俺の敵う相手ではないだろう。

 だけどな……。


「そうだったのかもしれません。でも、わたしが選んだのは、ムラタさんなんです」

「だから……!」

「わたしはね? 産んであげたいの。ムラタさんの赤ちゃんを。ムラタさんそっくりの、男の子を」


 ガルフが再びテーブルを殴りつける。


「オレの仔だっていいだろう!」

「いいえ?」


 リトリィは、胸を張って答えた。


「あなたは、だれかに命じられて、わたしを選んだのですか?」

「そんなわけがあるか! オレはたまたま、前の雇い主の命令の途中でお前を見つけただけで……」

「命令で?」


 ガルフの顔が歪む。


「み、見つけたのは雇い主の命令だけどな、お前に仔を産ませたいと思ったのはオレの意志だ! アイツがお前に手を出したのは予定外だ! オレはヤツに、お前に手を出したら殺すと言っておいたんだ!」

「だれかに命じられて、わたしとつがうのではなく?」

「命令なんて関係ない! オレのつがいはオレが決める! だからお前なんだ!」

「ふふ、ありがとうございます」


 リトリィは小さく笑って、そして、目を閉じた。


「ガルフさん。わたしも、あなたと同じです」

「同じ……って、なんだ」

「ムラタさんを選んだのは、わたしの意志です。だれに命じられたわけでも、だれかのために意志を曲げたわけでもありません。その意味を、分かっていただけますか」


 リトリィの声はあくまでも静かだった。静かに、諭すように、ゆっくりと。


「オレは……」

「ガルフさん。あなたがご自身の意志でわたしを見出してくださったように、わたしも、自分の意志で、お仕えする人を選びました。だから、あなたのご希望には添えません。もし無理にとおっしゃるのなら、わたしは喜んで、ムラタさんに殉じます」

「……どうあってもか」

「はい」


 ガルフの顔が、さらに歪んだ。


 俺がこいつの立場だったら、俺はどう出るのだろうか。

 どうあっても、俺のものにならない孤高の花。


 絶対的に好いている男を見せつけられ、その男以外の男など眼中にないと言い切るのが、自分の欲する女性なのだ。


 無理に奪おうものなら、平気で身を捨てるというのだから、始末が悪い。

 人によっては、どうせ手に入らないならと失われることを覚悟で強奪するのかもしれないが。


 ……ガルフがまさにそれじゃないか! しかも、それができてしまうのだ、こいつの強さは!


「なら、オレは……!」

「ただし、です」


 ガルフの爪が伸びた、そのときだった。


「わたしはムラタさんのものですけれど、わたしたちの仔がどんな道を選ぶかは、その仔次第ですから」


「「はぁっ!?」」


 思わず、ガルフと声が重なった。


「ちょ、ちょっと待て! リトリィ、なんてことを言うんだ! もし娘ができたら、こんな狼野郎にくれてやるっていうのか!?」

「お、おい! 本当か! もしお前に娘ができたら、十年くらい待てばオレにくれるっていうのか!?」


 俺がガルフを見る。

 俺をガルフが見る。


「ふざけんな糞狼! リトリィが産んでくれる可愛い娘、一人だってやるものか!」

「ふざけんなクソオス! お前の血の混じったこぎたない娘なんか、誰がいるか!」


 俺とガルフが叫ぶのが、ほとんど同時だった。

 ……というか。

 おい、糞狼!!

 貴様言っちゃならんことを言ったな!!


「誰の娘がこぎたないだと!? リトリィが産むなら金色の毛並みが綺麗な、ものすごい美人に決まってるだろう! 死んでもくれてやらんからな!」

「誰の娘が可愛いだと!? お前の血が混じった時点で価値など万分の一だ、顔だって不細工に決まってるだろう! 死んでも欲しくはないからな!」


「なんだと! 誰の娘が不細工だ! リトリィの娘だぞ、美人は約束されたも同然だろうが! お前だって欲しくなるに決まってる!」

「なんだと! いくらソイツの仔でもお前の仔だ、美人になるわけない! お前だって恥ずかしくて嫁に出せなくなるに決まってる!」


「言ったな!? 女の子だったら、リトリィそっくりに育つのは間違いないらしいからな! 欲しいっていうなら今のうちだぞ糞狼!」

「そのメスそっくりに育ったらもらってやる! 十年ほど待てばいいんだろ! 十年後に引き取りに行くから待ってろ、クソオス!」


「……え?」

「……あ?」


 ぜえ、はあ、と、一気にまくしたてたせいか荒い息をついた俺は、なにか、とんでもないことを口走ってしまったような気がした。


 俺がガルフを見る。

 俺をガルフが見る。


「ふふ、これで決まりましたね。わたしたちに娘が生まれたら、ガルフさん、そのときはお嫁さんにできるかどうか、ガルフさん次第です。がんばってくださいな」


 リトリィがにこにこと、俺のカップに紅茶を、ガルフのカップに水を注ぐ。


「じゃあ、まずはムラタさん。いっぱいいっぱい、がんばりましょうね? ガルフさんが待っていますから」


 リトリィの言葉に、我に返る。

 ガルフが待っている――何をだ?

 ……俺たちの、娘をだ!!


「ま、待て、待ってくれ! 俺たちの娘だぞ! こんな糞狼にくれてやるなんてことになったら、ひどい目に遭わされるに決まってる!」

「誰が誰をひどい目に遭わせるっていうんだ! オレの仔を産んでくれれば、あとは好きにさせて文句のひとつも言う気はないんだぞ!」


「ほらみろ! こいつ、子育てを一緒にする気もないクズ野郎だ! 嫁がせたら娘が不幸になる! 子供は幸せにしなきゃいけないんだ!」

「なにがクズ野郎だ、仔育ては女の仕事だろ! オレは野山で美味い肉を毎日狩ってくるのが仕事だ! メスの仔育ての邪魔などしねえ!」


「美味い肉を食わせればいいってもんじゃないだろうが! ちゃんと働いて収入を得て、それで、美味いものを食わせて……食わせて、……あれ?」

「何が仔育てを一緒にする気もない、だ! 不幸だとか何だとか、そんなもんは毎日腹いっぱい食わせれば誰だって幸せに……幸せに、……あん?」


 なにかが違う。

 なにかを間違えている気がする。

 そう思ったとき、リトリィがぽんと手を叩いて、笑った。


「ふふ、ふたりとも、なかよしになったみたいですね?」

「「なってない!」」


 思わず叫んだ言葉も、二人同時だった。

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