第252話:お茶会で死体蹴り
「大奥様、こちらのお味はいかがですか?」
「ええ、とっても美味しいわ。あなた、お菓子作りが上手ね」
ゴーティアスさんに褒められ、はにかむマイセル。それを、俺の隣で一緒に微笑んでいるのがリトリィ。我が事のようにうれしいようで、椅子の後ろに垂れている尻尾がふわふわと、小さく踊っている。
「お母様の仕込みがよろしいのね。手際もいいですし」
シヴィーさんも目を細める。マイセルの手作り菓子が美味しいのは、これまでにも何度か焼いてきたケーキやビスケットなどの出来で分かっている。
実はマイセル、リトリィよりも料理のレパートリーがずっと豊富だったのだ。まあ、母親が二人もいて、しかも一人はマレットさんが「街一番」と太鼓判を押す料理上手とくれば、その腕前にも、守備範囲の広さにも納得できるというものだが。
ただ、俺自身はリトリィの素朴なうまさの食事に慣れきってしまっているためなのか、リトリィの料理で十分――というか、リトリィの手料理が一番だと思っている。そこは揺るがない。
「それにしても、早くテラスが直らないかしら。春先の花の中で、早くお茶を楽しみたいのですよ」
一階のリビングの窓からは、マレットさん率いる大工達が、テラスの修理をバラしたテラスの木材を一本一本吟味し、使えるものと使えないもの、一部を再利用するものなどに分けている。
マイセルはもともと、
ゴーティアスさんがなにやらマレットさんに耳打ちし、マレットさんの顔がみるみる上機嫌になっていき、そしてお茶会に放り込まれたマイセル。あえて何も言うまい。
しかし、ここ数日、お茶会に招かれるだけのようなもので、何も話が進んでいないというのがなんとも歯がゆい。ゴーティアスさんたちも、例の凱旋パレードを見たということもあって、何があったのか、色々聞かれているのだ。
しかし、俺はともかく、リトリィに関しては女性としての名誉にかかわる問題でもあるわけで、適当にぼかして話をしたのだが、これがよかったのか悪かったのか。
結局、あれこれ聞かれて、そしてしゃべってしまった。色々と。
きっかけは単純だった。奴隷商人からリトリィを取り戻した、そのことを話したとき、ゴーティアスさんが、息子――ホプラウスさんのことについて、ぽつり、ぽつりと話し始めたのである。
ゴーティアスさんもシヴィーさんも、息子――夫であるホプラウスさんを、街の治安維持活動中の事件で亡くしている。表向きは病死だが、毒が使われたのは明白だというのは、例の門衛騎士から聞いている。
奴隷商人どもの悪辣さに立ち向かい、命を落としたホプラウスさん。その異様な死にざまから、ゴーティアスさんもシヴィーさんも、とても病死とは思えなかったのだろう。毒を使われたのかもしれない、と言っていた。
ホプラウスさんが、枯れ木が朽ちていくように急激に痩せ衰え死んでいくさまを、どうすることもできず見送ることしかできなかった二人。
その心境を、ハンカチを濡らしながら語る二人。
それを見ていると、こちらが誤魔化しているのがどうにも心苦しくなり、結局、何があったのかを、色々としゃべってしまったのである。
特にリトリィが。
その結果が、ここ数日のお茶会、というわけだ。今日など、マイセルまで一緒になってお茶会に呼ばれるはめになっている。
お茶会といっても、俺たちが訪問するといそいそとお茶の準備を始め、俺たちを肴にひたすらおしゃべり会だ。いつのまにやらリトリィがぺらぺらとしゃべらされてゆくので、なれそめから昨夜の情事の内容まで、もうあらゆる情報が筒抜けである。
またリトリィが、本当に俺自身が忘れた、もしくは無意識で行ったことまでも事細かく覚えているものだから、なんというか、毎度毎度公開処刑に遭っているようなものだ。
しかも、だ。
「そういえばリトリィさん、あなたがムラタさんをお気に召したのは、なにがきっかけだったのかしら」
「それは、昨日もお話を――」
「そうだったかしら。年を取ると物忘れが激しくて。もう一度、お話を聞かせてもらってもよろしいかしら?」
これである!
このばあさんたち、どうも好みに合致した話を、何度も聞きやがるのである。忘れたふりをして。
リトリィもひとがいいものだから、そのたびに頬を染めながら繰り返すのである。
「え、ええと……その、ムラタさんが、お食事の時に、となりに座っていっしょに食べないかって。わたし、家族以外の男のひとからお食事にさそっていただけたの、それがはじめてで……。
うれしくて、うれしくて。おもわず泣いてしまったくらいで……」
あーっ、もう何度見ても可愛いなあちくしょう!
「えっと、は、はじめての口づけ、ですか?
その……えっと、ムラタさんが、わたしの部屋の上の屋根を直してくださったあとで、ぎゅーってしてくださって、それで――」
ギャース!
勘弁してくれそんな幸せそうな笑みを浮かべながら語るリトリィは可愛いよ可愛いけどそれを隣で聞かされてる俺はいったいどんな顔をしていればいいというのか!
死ぬ! 悶え死ぬ!!
なんたってリトリィときたら、二人の馴れ初め、初めて好きだと意識した時、初めてのキス、初めて結ばれた夜、ナリクァンさんの屋敷での再会などなど――それを、リトリィの視点から実に事細かく、丁寧に、隠すことなく話すのだ。ばあさんたちの冷やかしにさらに赤くなりながら、それでも正直に。
ばあさんたちも気に入るわけだほんとに!
ていうか、毎回、今日こそ話を進めよう、と意気込んで訪問しているというのに!
おまけに今日はマイセルまでいるというのに!
この数日間で何度同じことを聞いてるんですかお願いですもう勘弁してください俺のヒットポイントはマイナスです死体蹴りは楽しいですかッ!
「あのおばあさんたち、楽しいかたたちですね!」
「……本当にそう思うか?」
「はい!」
マイセルが無邪気に笑う。
マイセルは結局、マレットさんたちと分かれて、俺たちと帰り道を共にすることになった。
そして、そんなマイセルの腕には、今日もまた、山のように持たされた菓子の紙袋。
どうもおばちゃんというナマモノは、アメ玉かなにかをくれてやるのが仕事だと思い込んでいるような節がある。
「マイセルちゃんは、お茶やお菓子を褒めていただけましたから」
「えへへ、私、お姉さまほどじゃないけど、お料理くらいしか取り柄がないから」
――いやそれは違うぞ。マイセルの取り柄は大工仕事だろ。釘を使わずに材木を組むための「木組み」も、だいぶ覚えたそうじゃないか。さっきも、マレットさんが自慢していたぞ?
そう言うと、マイセルははにかんでみせた。そういう所作の一つ一つも、可愛らしいところだとは思う。
「ムラタさん。女の子が大工をやるって、本当に、……本当に、変だって思わないんですか?」
「むしろどうして変だと思うのかを聞いてみたいんだけどな」
俺は、右腕にぶら下がるようにしているマイセルに、あえて真顔で聞いてみた。
マイセルの足が鈍る。
「……だ、だって、……女の子、らしくない、から……」
「その話は前もしたけど、マイセルが自分のやりたいことを貫こうとする思いが素晴らしいと思うんだけどな」
俺は、あえてマイセルから目をそらさずに続ける。何かあれば、左腕を組んでくれているリトリィが警告をしてくれるだろう。
「『女の子らしい』かどうか……そんなふわふわした理由じゃなくて、住む人が幸せになれる家を造りたい、そんな願いで大工を目指す考え方を、俺は気に入ったし、だから応援したいと思ったし、そんな君と一緒になれることがうれしいんだ」
マイセルは、首まで真っ赤になってうつむいてしまった。
「む、ムラタさんは、私が大工になるのが、うれしいんですか……?」
「そりゃうれしいさ。自分と同じような志を持った女の子が、自分の夢を実現する。うれしくないわけがないだろう?」
「女の子らしく――あ、いえ、……その」
即答した俺に、なにか奥歯に物でも挟まったような表情を見せたマイセルだが、しかし、ややあって微笑んでみせた。
「……うれしい、です。ムラタさん、私……うれしいです……」
そしてまたうつむいてしまった。
もともと右腕にぶら下がるようにしていたマイセルが、さらに体を寄せてくる。正直、少々歩きにくい。だが、俺の右腕をきゅっと抱き込むマイセルの左腕から、俺を頼りにしてくれているのだという感覚が伝わってきて、うれしい。
左の腕が強く圧迫される。主に――柔らかな胸への抱き込みで。
ごめんリトリィ。
でもマイセルにもちゃんと自信を持たせてやりたいんですごめんなさい。
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