第248話:まっすぐなえがおで

「『すきです。あなたが。永遠に愛し』」


 マイセルが、こらえきれず吹き出す。


「む、ムラタさん、時制が間違ってるから、永遠が終わっちゃってますよう!」

「……はいはい」


 俺は恥辱の朗読会に、真っ白に燃え尽きていた。多分、俺、ハニワのごとき顔をしていると思う。


「ええと……『だから、三人、一緒に、暮らし』……」


 大爆笑。「めでたしめでたし! 終わりですねっ!」などと、マイセルは腹を抱えて笑い転げている。リトリィは苦笑いだ。


 ああ、もう、好きにしてくれ。

 マイセルがチョーカーに添えた俺のカードを読み始めたとき、止めなかった俺が悪いのだ。




「えっと、……え? ムラタさん、これ……?」

「あ~……、ほら、さっき言っていたやつだ。今日は、大切な人に手紙を贈り合う日、なんだろう?」


 チョーカーの入っていた箱からカードを取り出したマイセルは、涙を拭きながらそれを読み始め――

 その顔が、みるみる赤くなっていく。


 ……まあ、こっぱずかしい言葉を羅列した自覚はある。愛のささやきって、何を書けばいいか分からなくてさ。ホントに、ナンパ道を探求し続けていた三洋と京瀬らを召喚したかったって、コレだよまったく。


 ――そう、思っていたときだった。


「そ、そうじゃなくて……。ええっと……、『マイセルちゃん、私、贈り物を気に入りましたか』……?」


 ……ん?


 ぶっ。

 マイセルが突然吹き出す。

 泣き笑いで。


「え、えっと……『私は、マイセルちゃん、これまでに経験のある、家をこ、――』……!」


 大爆笑するマイセル。

 俺は唖然となる。


「ムラタさん、『建てる』にどうして否定冠詞をつけてるんですか! これじゃ『家を壊し合った』になっちゃいますよ!」

「……え? 俺、そんなこと書いてないぞ?」

「だって、ほら! ここ! こんなところに否定冠詞、付けちゃってますもん! おまけに人称が間違ってるから……」


 マイセルが、目尻に浮かぶ涙を拭きながら、またこらえきれずに爆笑する。


「た、たぶん、『私とマイセルちゃん、これまでに経験の家づくりをしあった』とか書こうとしたんでしょうけど……!

 否定冠詞が『経験』の後に付いちゃってますから、『建てる』にかかっちゃって『壊す』ってことになっちゃってるし、おまけに私を振り回しておうちを壊したことになってるし……!」


 なん……だと……?

 馬鹿みたいに開いた口を、ふさげない。

 笑いをこらえながら必死に解説をしてくれていた彼女だが、そんな俺を見てなのか、またもこらえきれずに崩壊する。


「も、もうだめ、おなかいたい……! おなか痛くてよめないよ……!」


 文字通り床で笑い転げるマイセルを、リトリィが苦笑いでたしなめる。


「だ、だって、だってあんなに真剣に婚約首鐶くびわを着けてくれたムラタさんが、一生懸命考えてくれた恋文だって、分かるんですけど、でもおかしくて……!」

「だとしても、だんなさまとなるかたに失礼ですよ?」

「でも、でも――! 『私は、マイセルちゃんで、家を壊し合った』――もうだめ! 私、結婚前に笑い死んじゃう!」




 その後、散々に笑われながら、マイセルの朗読会が終わった。

 リトリィは終始、苦笑いだった。本当は何度かやめさせようとしてくれたのだが、俺がリトリィを止めたのだ。


 いいさ。

 マイセルは、朗らかに笑ってくれているのがいい。


 たとえ笑ってても、別に悪意で笑っているわけじゃない。俺の間抜けぶりを、ただ楽しんでいるだけだ。

 先が真剣だったから、そのギャップで、余計に笑えてしまっている――それだけだ。


 リトリィと同じく、俺は彼女を、何度も泣かせてしまった。

 笑ってくれているなら、むしろそれでいい。




「次はお姉さまですよ!」


 マイセルにせかされ、リトリィがカードを開く。

 リトリィは、しばらく目を通し――小さく笑って、そして、読み上げ始めた。


「『リトリィ、わたし――』」


 言いかけて、そして、言い直す。

 彼女は、最後まで迷うことなく、つまづくこともなく、その涼やかな声で、読み切った。


「――『俺の贈り物は、気に入りましたか。君が贈ってくれた想いに応えたくて、この首鐶くびわ』を贈ります――」


 ――君が心を込めて打ってくれた短刀が、ノコギリが、俺を、とらわれた獣人の娘さんたちを救ってくれました。

 君が俺に贈ってくれた愛は、今までの分だけでも途方もなく大きくて、今の俺では、とても応えきれるものでないのが残念です。


 けれど、この首鐶を贈ることで、君との関係をまた一つすすめるけじめにします。

 次は、君が望む、シェクラの花の下で、誓います。


 いままでも、そしてこれからも、ずっと――


「――『君を愛しています。ずっと、いつまでも。ムラタ』」


 読み終えて、リトリィは、恥ずかし気にうつむいた。


 マイセルは、ぽかんとしていた。


「……え? ムラタさん――普通に、お手紙、書けたの?」


 失敬な。

 俺だって気合を入れれば書けないことはないんだからな。

 ちゃんと、リトリィが読んだ通りだ。ところどころ、書いたのと微妙に違う気がするけど、そこはきっとつたない表現を意訳してくれたんだろう。


「読んでみます?」


 リトリィに促されて、マイセルは、おずおずと手を伸ばす。

 そして、カードを一目見て「……え?」と固まった。


「『リトリィ、私、贈り物を気に入りましたか』……? なにこれ、私と同じですよ……?」


 ……え?


「『君が贈るに至った考えに返事をしましょう。この首鐶くびわで投げます』――!?」


 マイセルの目が、点になっている。

 たぶん俺の目も、点になっている。

 リトリィだけ、ニコニコしている。


「め、めちゃくちゃじゃないですか! 私と同じくらい――ううん、私よりひどいかもしれない!」

「そうですね」

「そうなのかよ!?」


 取り乱すマイセルと俺に、リトリィはニコニコと返事をした。


 た、たしかにリトリィに宛てたカードの方を先に書いたし、マイセル以上に訳も分からず四苦八苦して書いたけど、でも、そんなにひどかったのか!?

 じゃあ、さっき、リトリィが読んでくれたのは、なんだったんだ!?


 思わず問おうとした俺に、リトリィは、胸元に当てた。

 そっと目を閉じ、ちいさな笑みを浮かべる。


「でも、ムラタさんの想いは、ちゃんと伝わりましたから」


 そして、目を開けて、俺を見つめた。


「――ね?」


 ゆるぎない自信に満ちた、輝かんばかりのまぶしい笑顔をまっすぐに俺に向けて。


 ――ああ、そうか。

 リトリィは、俺のつたない――というか恋文として成立していない駄文から、俺の意図を汲み取って、読んでくれたんだ。


 俺の、考えた通りの内容を、再現して。


 マイセルが絶句している。

 何度も、俺と、カードと、そしてリトリィとを見比べながら。


 やめてもう見ないで、お願い。

 これ以上俺を辱めないで頼む。

 ただでさえ身もだえしたくなる、間違いだらけの手紙。


 しかし、マイセルは、もう、わらわなかった。


「……お姉さまは、本当に、ムラタさんのお嫁さんにふさわしい人なんですね……」


 嗤わなかったどころか、なぜだか、ひどく落ち込むようにうなだれた。


「私……。ムラタさんが、上手に書けていないって馬鹿にしちゃった……。

 でも、お姉さまはあんなに、ムラタさんの想いを汲み取って……。

 私……」

「……マイセル?」


 マイセルが、ゆらりと、顔を上げた。

 彼女の瞳から、大粒の雫が零れ落ちる。


 ――俺は、また、彼女を泣かせてしまったのか?

 思わず焦ってしまった俺に、マイセルは、つぶやくように言った。


「お姉さま、やっぱりすごい――

それに比べたら私……お嫁さん、失格、です、ね……」


 いびつな笑みを浮かべながら。


 ……待てよ、なんでそうなるんだ。

 俺は君の笑顔を望んでるんだ。

 俺を笑っても何も言わなかったのは、それを望んでるからなんだ!


 リトリィは、そっと、目を伏せた。

 マイセルを抱き寄せる俺から、目を背けるように。


 その気持ちは、よく分かる。

 でも、今だけは。

 今、だけは……。




 唇をそっと離すと、マイセルがとろんとした目で、俺を見上げていた。


「これが……ムラタさんの、口づけ……」

「俺は、……君に、笑っていてほしいんだ」


 もう一度、唇を重ねる。

 慣れぬ様子で、俺が絡める舌に応じようとする、その初々しさが可愛い――そう考えて、ひと月前には自分自身が童貞だったことを思い出す。


 初々しい? 何を偉そうに。自分自身の奢りに笑いがこみあげてくる。

 今回の騒ぎでも、活も入れてもらったし、ずいぶん世話になったというのに。


「マイセル、自分をおとしめるような言い方はやめてくれ。俺は、君の未来も預かったんだ。それに、今回の奴隷騒ぎで、君にも本当に世話になった。俺の嫁さんにふさわしくないなんて、言わないでくれ」

「で、でも――」

「リトリィがすごいのは、当たり前だ。情けなかった俺の尻を蹴っ飛ばして、マイセルが惚れる男にしてくれたのは、リトリィなんだからな」


 リトリィが目を丸くして顔を上げる。

 あ、尻尾が逆立った。しかも膨らんでる。ちょっと癇に障ったみたいだ。ごめん、あとで埋め合わせ、するから。


「でも俺は、結局は情けない男なんだ。今回だってそうだったろ?」

「そ、そんなこと――」

「否定してくれるのは嬉しいけど、事実だからな。……だから、支えてくれる人が必要なんだ、マイセル」


 マイセルの目が泳ぐ。俺を見て、振り返ってリトリィを見て、そしてまた、俺を見て。


「頼むよ、マイセル」


 その頭をくしゃっと撫でると、マイセルは目を丸くし、そして、俺の手に、右手を添えた。


 やがて、大粒の涙をこぼしながら。

 まっすぐ俺の顔を見て、笑顔で、応えてくれた。


「……はい!」

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