第241話:婚約者おかわり?
「ムラタさん? おひとりで悩まれる悪いくせが、また出ていますよ?」
俺のため息を聞き逃さなかったか。リトリィがきゅっと腕に力を入れ、体を寄せてきた。目を閉じて、寝入っていたように見えたリトリィだが、いつのまに。
「リトリィ……」
「わたしは、もう、あなたのおそばを離れません。ずっとおそばにいます」
――それは、俺自身も、以前誓ったはずだったんだ。
なのに、俺は今回、君を信じきれなくて――
目を合わせられない俺に対し、リトリィはまっすぐ俺を見つめてくる。
どうしてそんなにまでして、俺を――。
「ムラタさん。一度はあなたの元を飛び出したわたしのこと、信じられないかもしれませんが……もう一度だけ、
曇りなく、あくまでもまっすぐに俺を見つめる瞳に、俺は目を合わせていられなくなってしまった。信じるとか赦すとか、そんなこと、俺が言えるような話ではない。俺は――
「ち、違うんだ。俺が、君のことを信じられないんじゃないんだ。君を信じきれなかった俺のことを、君が信じてくれるなんて、都合がよすぎて――」
「わたし、もう、二度と迷いません。どんなことも受け入れてみせます。あなたのおそばにいられるなら、わたしは……」
――さっき、すねてみせてたじゃないか。
照れ隠しにそう混ぜっ返そうとして、なんとか彼女の目を見て――返せなかった。
彼女の、澄んだ青紫の瞳が、揺れている。
……ああ、だめだ。
反則だよ、リトリィ。
もう二度と泣かせない、そう誓ったはずなのに、なんで俺は、何度も彼女を泣かせてしまうのか。
その肩を抱きしめる。
自然に近づいたその薄い唇に、自分のそれを、重ねる。
熱い雫が、肩に零れ落ちてくる。
女冒険者が、こちらをちらと見たような気がしたが、何も言ってこないのを見ると、とりあえず黙認はしてくれているのだろう。
一応、直接は見せびらかすようなことがないように、掛け布を頭までかぶっているんだ。多少のことは大目に見てくれ。
まさか、あの女の子が見てたとは思わなかったけどな!
「おやつのおにーちゃん、こいびとさんは何人いるの?」
街の前で止められた馬車を下り、リトリィの手を引いて彼女も下ろしたときだった。
後ろから掛けられた声に、俺は、その言葉が、自分に対して掛けられたものだと、最初、理解ができなかった。
「……俺?」
「うん。だって、おにーちゃんがくれたパンについてたにおい、あのおねーちゃんとちがうもん」
「いや、それはね……?」
「モーナ、いつになったら迎えに来てもらえるの?」
「は……!?」
「ばしゃで、おねーちゃんと、ちゅっちゅ、してたでしょ? モーナにも、そのうち、してくれるんでしょ?」
大きなふかふか垂れ耳の少女が、目をきらっきらに輝かせて聞いてくるのだ。
即座には返答ができず固まる俺に、少女が、容赦なく追い討ちをかける。
「これからは、おうちでおかたづけもおてつだいも、ちゃんとするよ。みだしなみも、きちんとする。いつおよめさんになってもいいように、おかあさんに言われたこと、ちゃんとするから」
「ちょ、……え?」
「おかあさんがね、いいこにしてたらモーナのこと、すぐむかえにきてくれるよって。おにーちゃん、いつむかえにきてくれるの?」
少し離れたところで、ものすごく怖い笑顔で俺を見ている母親がいる。
まってくださいおかーさん、ほんと俺そういうつもりなかったんです。
「……そ、そうだな……。君……ええと、モーナちゃん……? おおきくなって、素敵な女性になったら……だね。うん。でもその時には、おにーさんはもう、おじさんになっちゃってるからね?」
おかあさんが怖い笑顔のままうなずく。
――そうか。つまりこの場はうやむやにせよ、ということだな!
よし、それなら任せろ!
「モーナちゃんが、お料理もお洗濯も上手になって、素敵な女の子になって、そのときに、モーナちゃんが、おに……おじさんよりももっと好きになった男の人が、モーナちゃんの隣にいなかったら、だね
そのとき、おじさんになったおにーさんが迎えに行こう。
でも、モーナちゃんが人生で一番きれいなときに恋人になる人が、おじさんなんだよ? それでいいのかい?」
精一杯「おじさん」を強調する。
何が悲しゅうて自分をおっさん扱いしなきゃならないのか。でも、さすがに年頃になってからおじさんに嫁ぐなんて、イヤに決まっている。我ながらうまい回避案を思いついたものだ。
と、自信たっぷりの俺の自画自賛を、少女は木っ端みじんに打ち砕く。
「うん、わかった! ちゃんとおせわ、してあげる。だいじょうぶだよ、おとなりのおじーちゃんのおせわ、モーナ、できるもん! おじーちゃんのおよめさんになったら、モーナ、おせわがんばるね!」
ちょっとまっておじーちゃんってなに、伸ばしちゃだめだよおにーさん泣くよ!?
ていうかおかーさん、余計なことを言うなとばかりに額に青筋浮かべてませんか?
「だからおじーちゃん、モーナ、待ってるからね!」
だからおじーちゃん、じゃなくて……って、おかーさんすみません! 話をそらすことできませんでしたすみません! ほんっとーにすみません!!
米つきバッタのように、硬直しつつも振り回すような勢いで頭を下げまくっている俺の隣に、リトリィがしゃがみこんだ。モーナに目を合わせ、微笑んでみせる。
「モーナちゃん。モーナちゃんって、やさしいんですね。でも、このひとにはもう、恋人が二人もいるんですよ? モーナちゃんが、ひとり占めできないの。それでも、いいですか?」
な、ナイスだリトリィ! 幼い女の子なら、シェアリング精神よりも独占欲が勝るはず――そう思った直後だった。少女が、ぱっと顔を輝かせる。
「うん、いいよ! ひとりじめはだめだもんね! おねーちゃんも、モーナのおともだちになってくれるのね! おともだちはいっぱいいたほうが、たのしいもん! みんなでおじーちゃんのおよめさんになろうね!」
リトリィの笑顔が硬直し、口元が変にひきつっている。
リトリィ、分かるよその気持ち。どうしてこうなった。
……まあ、結婚の意味も重みもまだ知らない、幼い少女だ。お友達、と言っていたし、彼女の中では「背の高いお友達」くらいの感覚なのだろう。いずれ、年相応に好きな相手もできるに違いない。
……とはいえ、おかーさんの目が恐ろしく真剣なのがものすごく気になる。恩義は恩義、しかし娘にはそれ以上近づくなというところか。
はいどーもすみません。今後も「おやつのおにーさん」から立場は変わりません、ええ決して。
少女が母親に引っ張られつつ、手を大きく振って遠ざかっていくのを見ながら、頭を抱える。すると冒険者ギルドのギルド長が、止められていた馬車から出てきた。
「なんだ、頭を抱えて。傷が痛むのか?」
傷もそうだけど、別の事情で頭が痛いんだよ。
ていうか、あんた、ずっと馬車の中から見ていたな!?
そう言い返そうとすると、ギルド長は俺の腕を引っ張って言った。
「おい、
「え? 神輿?」
神輿なら知っている、あのわっしょいわっしょいやる、地域行事に使うアレだろう? だが、突然ここでなぜ神輿?
「なぜって……。お前、何言ってやがる。これから凱旋祝いの行進だぞ、今やらずにいつやるんだ。幸い、恋人さんは目立った傷も無いようだし、ちょうどいい。さっさと始めるぞ」
いや、こちらも分かっているという前提で話を進められても困る。
おまけにリトリィまで巻き込んでお祭り騒ぎをやれっていうのか、勘弁してくれ。少なくとも、リトリィは休ませてやってくれよ。
リトリィを背に隠すようにして訴えると、ギルド長は面倒くさそうに片方の眉を上げた。
「あ? さっきから何言ってやがる、お前の発案だと聞いているぞ? ナリクァン商会は奴隷商売を許さない、商会は街のだれもが安心して暮らせる街づくりを支える。――その宣伝を、お前がするんだろ?
ギルドと商会が命を懸けて救い出した主役がいなくて、どうするんだ」
「……は?」
自分の目が点になったことを自覚する。
なんだそれ? 俺が、ナリクァン商会の宣伝をする……?
「ほら、着替えろ。これが布鎧。これがその上に着る鎖帷子。みろ、胸のプレートにはちゃんと冒険者ギルドのエンブレムが彫り込まれてるからな。しっかり宣伝してくれよ?」
しっかり宣伝しろと言われても困る。俺は大工ギルド所属だ、こんなもの着せられても。
しかしギルド長は、まったく気にした様子もなく言い放つ。
「気にするな。どうせ街の連中は現場なぞ知らん」
「いや、俺は戦ってないから」
「気にするな、戦ったことにしろ」
「そんな無茶苦茶な!」
「無茶でも何でもいいからとにかくやれ。ナリクァン夫人の出資だからな、なにがあっても不興を買うような失敗はするなよ?
お前の失敗はギルドの失敗、もし何かあったらギルド総出でお前を縛り上げてやる。しっかりやれよ」
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