第228話:突破(3/4)
「女が
……ああ、やっぱりそうなんだな!
おそらく、何らかの理由で商品価値が低い女が、欲望の解消手段として
気になるのは、その理由だ。
反抗的な
一瞬、被差別階級者であるはずのリトリィが浮かぶ。
だが、先に聞いた話の通りなら、彼女のような
とすると、おそらく先の馬車で出荷されているはずだ。ナリクァンさんの自警団に保護されることを期待するしかない。
リトリィの方はそうやって無理矢理納得することにしたが、今はどこかでひどい目に遭っている女性がいるのだ。俺たちのすぐ近くで、間違いなく。
すぐに助けに行こう、と提案すると、インテレークは半目で俺を見返した。
「この反響の具合は、たぶん地下室だ。どこかにあるんだろうが、オレたちの仕事は跳ね橋を動かす部屋を探すことだ。素人が、余計なこと考えるんじゃねえよ」
「い、いやでも、俺たちは、誘拐された人を助けに来たんだろう?」
しかしインテレークは、俺が最後まで言い終える前に胸元を掴み上げると、額をぶつけそうな勢いで声を殺しつつ怒鳴った。
「素人が余計なことを考えるなっつってんだろ。考えろ、連中が女に群がってる間、オレたちは仕事が楽にできるんだよ」
「楽って、そんなの――」
「俺たちが行ったところで、何ができる? たった二人――いや、おっさんなんざ役に立たねえから、実質俺一人でだ。だったら、もうしばらく女たちに我慢させとく代わりに、とっとと戦闘団を誘導できる方法を探すのが最善って、なんでわからねえんだよ」
すべてにおいて反論ができない。
確かにそうだが、でも、何も、何もできることがないのか。
そう言いかけると、インテレークは手を離した。
蔑むような目で。
「じゃあおっさん、一人で行け。その腰に差した、ご自慢のナイフとノコギリでよぉ?」
言われて、何もできない自分に気づく。
……ああそうだ、ちくしょう。
俺には、何もできないのだ。
ヒーローぶって飛び込んだところで、何も。
勇んで凌辱現場に飛び込んだところで、中にいる人間が、全員丸腰とは限らないのだ。
リトリィが丹精込めて鍛造したナイフが、そこらの量産品に負けるとは思わない。だが、それを扱う人間がド素人なのだ。かなうはずがない。
「分かったか。なら行くぞ。分相応にできることをする、それが長生きのコツだ。
――まったく、オレより十も年くってて、そんなことも分からねえなんてな」
十年!?
マイセルと同い年かよ、若いとは思ってたけどさあ!
くそっ、俺は本当に未熟だ……!
かすかに聞こえる悲鳴に後ろ髪を引かれる思いを抱えつつ、俺はインテレークの後ろについてその場を後にした。跳ね橋を降ろす機械を見つけることが、結果的に彼女たちを救うことになると、自分に言い聞かせながら。
やっとこさ見つけた階段を慎重に上っていると、曲がり角の踊り場に差し掛かる前にインテレークが足を止めた。
俺は彼にぶつかりそうになって、バランスを崩して転びかける。踊り場に月明かりが差し込んでいることに気付いて、そちらのほうに気を取られていたせいだ。
「うわっ――!?」
思わず声を漏らしてしまったうえに、彼を避けようとして体勢を崩し、段差でけつまづいて踊り場に倒れ込む。
目を見開いたインテレークがこちらを向くのと、壁の向こう、数段先の階段が切れた先に立っていた男がこちらを向いたのを、同時に確認してしまう。
「……なんだおめえは?」
振り返った男は、背後からの月明かりのせいでよく見えなかったが、間違いなく武装した男だった。たぶん、
そいつが、腰の剣に手を伸ばしながら、階段を下りてくる。
「え、──ええと! お疲れ様です、交代に来ました!」
おもわず、無理やり笑顔を作ってわけのわからないごまかしにかかる。……しかし。
「
──そっちかよ! しまった、『お疲れ様』と言ってねぎらう文化なんて、日本じゃあるまいし、通用しないってことか!
「い、いえ! ここは交代しますので、下で皆様とご一緒に
……ああ、ごめん! おそらく地下にいるだろう、女の子たち!
もうすぐ、もうすぐ助けが来るはずだから!
心の中で土下座しながら、とにかくこの場をやり過ごすことを考える。
視界の端では、壁際に隠れているインテレークが、目で、こっちを見るなと言っているような感じだ。
恐怖に顔がゆがみそうになるのを自覚しながら、それでも必死で男の顔に笑顔を向け続ける。
男は険しい顔から、急に下卑た笑みを浮かべた。
「小僧、見かけねえ顔だが、どうやってここに来た?」
「……え? なんの話で……」
や、やっぱり『仲間のふり作戦』なんてうまくいくわけなかったか!
恐怖のあまり後ずさりすると、舌なめずりをしながら男がさらに近寄ってくる。
うっかりインテレークに助けを求めるように視線が向いてしまうが、そのたびにものすごく怖い目を返されるので、慌てて天井や反対側を見てごまかす。
「ごまかすんじゃねえ……。おめえ、さては逃げてきたガキだな? その頭巾、取って見せてみろ」
「ず、頭巾?」
思わず脳天を押さえる。
……頭巾ではない。さっき、外で思わず地面にたたきつけた革の帽子。ちゃんとヴェフタールから受け取ってかぶり直したから、今もちゃんとかぶっている。
そんな俺を見て、男はさらに口をゆがめた。
「そうら……。やっぱりな。うまく耳を隠したつもりだろうが、このオレ様をごまかせると思うなよ?
おめえからは、鼻が曲がりそうなケモノ臭さがぷんぷんニオってきやがるんだよ」
──そうか。この帽子、耳のあたりまで覆われているから、俺の耳を確認できないのだ。だから、
それにしても、いい加減なことを言いやがって。俺はフツーの人間だぞ? ケモノ臭いって、──リトリィの香りかな?
……ふざけんな、リトリィはいい香りだ! お日様の香りがするんだぞ! 胸いっぱいにその香りを毎晩堪能してきた俺が言うんだから間違いない! リトリィはいい香りだ!!
「こんなガキがいたとは知らなかったが……オレ様はツイいてるぜ。おい、痛い目を見たくなかったら、壁に手をついてケツを向けろ」
脳内でリトリィの髪やうなじを思い浮かべながらぷりぷり怒っていた俺は、だから男のセリフの意味を、瞬時には理解できなかった。
……今、俺、
インテレークの奴、挙動不審だ。どう見ても笑いをこらえようとしているように見える。口を押さえ、俺を小さく指さして、まさに吹き出しそうな。
ほぼ真横に男が迫ってきているというのに!
おい! 笑うなって!!
「おい
ちょ、ちょっと待て!
俺を「
それでケツって、まさか、つまり……。
俺の貞操の危機!?
だから笑うなインテレーク! お前なんでそんな無音で笑えるんだよ!!
うずくまって床叩きそうな勢いで、ちくしょうめ!
男が、剣を降ろして左手を伸ばしてきた、その瞬間だった。
それまでうずくまるようにして笑いをこらえるようなそぶりを見せていたインテレークが、音もなく立ち上がる。
そこから先。
インテレークの一連の動きは、スローモーションを見ているかのようだった。
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