第219話:冒険者とナイフ
奥の廊下にあるいくつかの部屋のうち、一番奥の部屋に通された俺は、そこに居並ぶ武装した人たちを見て驚いた。
部屋自体はそれほど広くないが、様々な格好の人たちが、簡素な地図を囲んで口々にあれこれ言い合っている。現地語と、それにかぶせる日本語が入り乱れて、頭が痛くなりそうだ。
「なんだ、見かけないツラだな。武装もしていないし、誰だお前は」
入口の近くの椅子に座っていた男に、にらみつけられる。無精ひげだらけだがずいぶん背が低く、声も甲高い。こんな少年も、冒険者なんだろうか。
「あ、いや……俺は冒険者じゃなくて、家を建てる……」
「家? 大工か? 大工がなんでこんなところにいる?」
「いや、大工じゃ……」
言いかけた俺の喉元に、少年がいつの間に取り出したのか、ナイフを突きつけていた。
「質問に答えろ。なんで冒険者でもないのにこんなところにいる? ナイフだけは一丁前に物騒な
言われて気が付いた。
黒い刀身、ギザギザの峰、着火・テコ・ひっかけ用のえぐれ。
――リトリィが、俺のために鍛えてくれたナイフ!!
いつの間に!?
「かっ、返せ!!」
「うわ、バカヤロウ! てめぇ死ぬ気か!?」
思わず喉元に突きつけられていることを忘れて、とびかかってしまった。もし少年が一瞬でもナイフを引くのが遅かったら、俺は自分からナイフに飛び込んで死んでいたかもしれない。
だがその時の俺は、そんなことすら気づかずに少年の腕から、ナイフをもぎ取ろうと必死だった。
「それは、リトリィが俺に贈ってくれたものなんだ! 返せっ!!」
「くそっ、離せバカヤロウが! 俺の質問に答えろ、大工が何しに来やがった!」
「リトリィを取り戻しに来たんだよ!!」
「いねえよそんな女! 離せクソが、女が冒険者に寝取られたってんなら、てめぇの不甲斐なさを呪え!」
直後、腹に膝を叩きこまれ、強烈な衝撃に息ができなくなったところで肩を抑え込まれ、そのまま床に叩きつけられねじ伏せられる。
「ったく、大工ごときが冒険者に勝てると思ってんじゃねえよ。誰だ、こんなド素人をここに入れたヤツは」
「……そいつは、今回の事件の関係者だ」
今さら、受付のおっさんがフォローを入れる。遅いって!
「リトリィとかいう女を取り戻したいと言ったな。今、確認できた。行方不明者の一覧にもある。リトラエイティル……ジルンディール工房の鍛冶屋の娘らしい」
部屋の奥で、眼鏡をかけた、簡素な革の鎧を付けた茶色の髪の青年が、紙の束を見ながら言った。その隣の、赤髪を乱雑に束ねた、これまた傷だらけの革の鎧を着た女が、その紙をのぞき込みながら続ける。
「
「リトリィの婚約者だっ!」
思わず叫んでしまい、さらに強い力で押さえつけられる。
息ができない、腕が折れる!
赤髪の女戦士は一瞬手が止まり、そして、大笑いした。
「なんだァ、女を取られてアタシら冒険者に泣きついたわけねェ? そりゃァ取られて仕方ないよォ? 女を奪われても自分で取り返せないような腑抜けなんだからさァ。奪われて当然だろう?」
「そう言ってやるな。確かにそこに転がる男は、弁護のしようもなく貧弱そうだが」
言われ放題だ。くそっ、そりゃたしかにお前らに比べりゃひ弱だよ、ちくしょう!
「――しかし、今は強者だとしても、人生、何が起こるか分からん。あまりそう弱者をいじめるな。第一、だれもがお前みたいな化け物になれるわけじゃない」
「あン? 言ったなァ? その化け物に背中を守られてる、眼鏡の
「そういう見え透いた安い挑発をする癖を直せば、もう少し相手を釣りやすくなるぞ? 足りなくて大変気の毒なのは理解してやれるが、筋肉に押されて小さくなっている分だけ脳を鍛えるんだな、
……同じ冒険者といっても、単純に仲間意識があるとか仲がいいとか、そういうことではないらしい。だが、憎まれ口を叩きつつそれでも任務をこなすのだ、プロ意識は高いということか。
「で? 大工だか鍛冶屋だか知らねえが、ここは冒険者の根城だ。余所者が、ほいほい入ってきていい場所じゃねえ。ギルド長、なんでこいつをここに連れてきた」
「情報を知っているようだったんでな」
一瞬、押さえつける力が緩む。
「情報? この貧弱男が?」
「フロインドに……! 直接ここで言えと言われたんだよ……!」
「フロインド? 誰だそりゃ」
「いいから放してやれ」
ギルド長と呼ばれたおっさんの言葉に、少年がようやく、腕を放す。
そら、と放り投げられたナイフが、とん、と目の前に突き立つ。
「……へえ、随分と切れ味のいいナイフじゃねえか。オレに寄こしな、てめぇよりもよっぽど有意義に使ってやるぜ?」
少年が、馬鹿にしたようにナイフに手を伸ばす。
俺は急いでナイフを抜き取ると、刃を見せつけるようにして言った。
「欲しけりゃ……、リトリィに発注するんだな! 今に、ジルンディール工房の技を継ぐ一流の鍛冶屋になる女だ……!」
「女が鍛冶屋? 馬鹿言え、それはジルンディール工房で鍛えられたんだろう? 女ができることなんて、研ぐことぐらいだろうが」
「お前がそう思うんなら、それでいいさ。いずれ有名になって価値が上がってから、あのとき発注しておけば……と思っても、もう遅いんだぜ?」
あ? と顔をゆがめてみせた少年を、ギルド長が「話が進まん、お前は黙っていろ」とにらみつける。
「で? ムラタさんよ。『情報を持っている』ということだったが、なんだ。『直接』言いたいってことは、それだけ重要なものなんだろうな?」
俺は、ほこりを払って立ち上がると、押さえつけられていた右の肩を軽く回してから、目をつぶって深呼吸をし、呼吸を整える。
「……リトリィをさらって俺を襲った奴を見た」
何人かの冒険者たちが俺を見る。
「……月明かりに照らされた一瞬のことだったから、間違いなく、というわけじゃないことだけは理解しておいてくれ」
「いいからとっととしゃべりなァ? その情報とやらが役に立つかどうかなんて、アタシらが判断することだからさァ」
促されるままに続ける。
「そいつは
突然、それまで興味なさげに聞いていた者たちも含めて、冒険者たちが一斉に立ち上がった。
赤髪の女戦士に至っては、ものすごい勢いで詰め寄ってきて俺の喉元をつかみ上げる。
「おいアンタ、いま、髪の長い、毛皮の奴と言ったねェ!?」
俺は、なかば吊り下げられる勢いでつま先立ちになりながら、かろうじて答えた。
「あ、ああ……。たぶん、
「そいつ、犬っぽい顔していなかったかい!?」
「後ろ……姿だったから、そこまでは……」
「じゃァ、尻尾は! 尻尾はどうなのさ!」
「わから……ない――」
赤髪はため息をつくと、手を放す。
俺は尻もちをついて床にへたり込むと、しばらく咳き込みながら空気を求めた。
「結局よく分からない、かァ。……確実じゃない情報、だけど良かったよォ、知らずに突っ込むことになンなくて。心構えがあるのとないのとじゃ、大違いだからさァ」
赤髪は、俺の目の前にしゃがみ込むと、ニッと笑った。今の今まで、俺を吊り下げていた女と同一人物とは思えない、屈託のない笑みだった。
いまさら気づいたが、その瞳は赤髪と対象的な、吸い込まれそうなほど深いサファイアブルーだった。
頬に幾筋かの傷跡がある以外は、ランプの光のせいもあるだろうが、しっとりとなめらかな肌のようにも感じられる。
思わず下に目をそらしてしまったその先、ややゆったりとした鎖帷子の奥に、彼女の喉元が見えてしまって、つい慌ててさらに目をそらす。
そんな俺のうろたえぶりを見てか、彼女はさらににんまりとしてみせた。
「オニーサン、さっきはあっさりやられちゃったけどさァ。見せた根性、気に入ったよォ? 『投げナイフ』になる気、あるゥ?」
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