第203話:マイセルの特別な日(4/5)
なんだかものすごい目で見つめられている。
そう、俺の皿を。
なぜか、俺の皿に山のように盛られたもの。
リトリィとマイセルの皿には、半分に切られたそれが一つずつ盛られている。
俺の皿には、半分に切られたものが二つ、さらにその下に、切られる前のそのままの形――チューリップの球根のようなものが、まるごと、いくつか。
これは、リトリィと二人暮らしを始めてから、彼女が必ず夕食に付けるようになったおかずだ。ちょっと刺激のある辛みの強い野菜で、なにかの球根のようだ。二人暮らしを始めたその日の市場で、「とってもお安かったので!」と、鼻息荒く大量に購入してきたものである。
「日持ちもしますし、栄養がいっぱいなので!」
盛んに耳をぱたぱたさせ、めずらしく俺の目を見ないで言っていた。ただ、いつ
栄養価が高いというのは本当のようで、寝床に入る頃になると体がぽかぽかしてくる。朝の寝覚めもすこぶる快調だ。元気になりすぎているくらいだ、その、イロイロと。
とにかくその日の夕食以来、かならず食べている。個体差はあるが丸ごと一個がピンポン玉よりやや大きいくらいだ。それを、かならず丸ごと一個、食卓にならべ、それをリトリィが切って、二つに分けるのだ。
最初から切って調理すれば火の通りも早いだろうに、リトリィは頑なに丸ごと調理して、そのうえでテーブルで切って渡してくる。
飽きもせず毎日やっているのだから、夫婦円満かなにかに関わる儀式みたいなものなのだろうと思って聞いてみたら、「そ、そんなようなものです!」と、これまた耳を忙しくぱたぱたさせて答えた。
リトリィが耳をせわしなく動かすときは、警戒しているか、恥じらっているか、それとも嘘をついているかだ。まあ、彼女が俺に嘘をつくとは考えにくいから、恥じらっているんだろう。可愛い。
……で、それを、なぜか、リトリィとで半分こ。さらにマイセルとも半分こ。
でもって、さらにもともと俺の皿に盛られていた、三つ分。
俺だけ、なぜか、四つ分食べることになっている。
なぜだろう?
「え、ええと……いただきます」
食い入るように皿を見つめられ、とりあえず、半欠けの一つに楊枝を刺す。
リトリィの顔が、あからさまに輝くのが分かる。マイセルはマイセルで、リトリィのほうを嬉しそうに見ているのだが、まて、なんだその反応。
なんともやりにくい思いをしながら、口に運ぶ。
――うん、いつも通りの味だ。ピリピリとした刺激ある、塩味とも唐辛子とも胡椒違う、不思議な辛み。ご飯があればいいのに。
もぐもぐやると、リトリィがマイセルと抱き合って喜ぶ。
「お姉さまの方から食べました! やっぱりムラタさんはお姉さまを愛してるんですね!」
――どういう意味だ。まさか、リトリィと半分こしたほうとマイセルと半分こしたほう、そのどちらを先に食べるかを確かめようとしていたっていうのか。
「はい! ムラタさんが、ちゃんとお姉さまを一番に愛してるか、それでわかりますから!」
――あぶねぇぇっ!! そんなつもり、全くなかったぞ! リトリィなんか感極まってか、泣き出しちゃってるよ!!
そうか、夫婦円満の儀式っていうのは、あながち間違いじゃなかったんだな。もっと別のことを想像していた自分を恥じる。
リトリィがすんすんと鼻を鳴らしながら、それでもパンを取り分け、そして、マイセルが持ってきてくれたケーキも切り分ける。
もともとはマイセルが、彼女の家族とともに食べることを想定した大きさだったから、俺たち三人で食べきるには、やや大きい。昼前のお茶で少し頂いておいて、ちょうどいいくらいだった。
「マイセルちゃんは、家で食事の準備を手伝ってるんだよな?」
「はい! 普段はネイお母さんと二人で作ってます」
元気に返事をする。ただし、口の中いっぱいに詰めて。
翻訳首輪のおかげで、言葉の意味はクリアに伝わってくるけど、実際の発音はかなりモゴモゴしているのがおかしい。
「んぐ……えっと! 基本はネイお母さんが献立を決めて、それを一緒に作る感じです」
「じゃあ、今日みたいに、一品お任せ、ということもあるんですか?」
「はいお姉さま! うちで食べるものは、たいてい作れますから。ネイお母さんと二人で、手分けして作る感じです」
なるほど。手伝いという言い方は失礼だった。
その気になれば、彼女は家の食事のほとんどをまかなう腕は持っているわけだ。
ただ、母親と手分けして効率よく作業している、というだけなのだろう。
「ウチとそっちで、調理器具が足りないとか、味付けとか調理方法とか、なにか違いがあって困ったとかいうのは無かったか?」
いずれ俺の元に来るというマイセルだ。おそらく、今日の食事作りは、そのすり合わせのいい機会になっただろう。ウチはこれからいろいろ調理器具などをそろえていく段階だ。マイセルが普段使っているもので、こちらに足りないものがあれば、買い足しておくのも悪くない。
……そう、思ったのだが。
「いいえ。器具は最低限、揃っていますし。味付けも、お姉さまが教えてくれましたし。これからもお姉さまに教えてもらって、お姉さまのお味を覚えます!」
なんでそんなにリトリィに心酔してるの君は。
「……そうか。まあ、こういうのは文化交流っていうか、それぞれの家の良さを生かして、新しいものになっていけばいいと思っているから。
リトリィのやり方で、驚いたこととか、意外に思ったこととかはないか? それとマイセルのやり方を組み合わせていけば、新しい味を生むかもしれないし」
「驚いたこと、ですか?」
マイセルがきょとんとする。
午前中、リトリィのことを憧れで目標と言っていたマイセルだ、リトリィのことは何でも真似して取り入れたいと思っているのだろう。だが、それではマイセルの良さを失わせてしまうことにもなる。
「ああ。リトリィのやり方で、自分の家と違う、と思ったことはないか? それをすり合わせて、リトリィと相談して、それで、よりいい方法を二人で考えたらいい」
マイセルは俺の言葉を聞いて、じっと、俺の方を見つめた。
俺の方、というか、俺の――前に置いてある、皿を。
そして、なぜかリトリィの顔を見る。
次いで、俺を見る。
徐々に、顔が赤くなってくる。
……なぜ?
「えっと……ムラタさんがクノーブをいっぱい食べるのは、びっくりでした!」
「クノーブ?」
俺の、目の前の皿に盛りつけられた、アレのことだろうか。もう、残りは丸ごとのものが二つになっている。
そう言えば、今までアレのことは「球根」としか認識してこなかった。当たり前だけれど、アレにもちゃんと名前があったんだな。クノーブ、覚えておこう。
「はい! 二人で分けるだけじゃなくて、その……そんなにいっぱい食べるなんて、って思って」
マイセルが、頬を染めたまま、うつむき加減に続ける。
「その……お姉さま、そんなにも、ムラタさんと、その……こづ――」
その瞬間、それまで静かに笑みをたたえてマイセルを見守っていたリトリィが、雷光の如くマイセルをさらい、キッチンのほうに引きずっていった。
人間が横になびくように、足を地面につけずに引きずられてゆくというありさまを、俺は生まれて初めて見たのだと思う。
……リトリィすげえ。
というか、逆らっちゃいけない相手だって、本当によく分かった気がする。
結局、そのあと戻って来たマイセルは不自然にクノーブの話題を避けるようになったし、ずばり質問しても必死に話をそらそうとするので、聞くのはあきらめた。
……一番あきらめる要因になったのは、しつこく聞こうとした俺を制してきたリトリィの顔を見たからだったけどな!
「ムラタさん? 無理に聞くのはマイセルちゃんが可哀想ですよ?」
口元に笑みを張り付けて、全然笑っていない目で
まあ、あとでリトリィに聞こう。二人きりになってからたっぷり可愛がってやれば、おそらく答えてくれるだろう。
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