第193話:対峙

「ギルド?」

 新しい現場で指揮をしながら、マレットさんは、聞き返した俺の頭を小突いた。


「やっぱりか。あんた、ギルドに何も話を通してなかったんだな。大工ギルドから、あんたらしい人間がまだ顔を出していないって、イヤミを言われたんだぞ、俺は」


 マレットさんによると、基本的に職人は、相当するギルドに所属するものらしい。以前、うちを建てているときに保護帽ヘルメットの必要性を感じて購入しに行ったのは、冒険者ギルドだった。

 ゲームでもおなじみの施設だったからそちらに違和感はなかったが、他の仕事にもギルドがあったとは。


「あんた、どんな田舎から出てきたんだ。職人が一人だけで仕事をできるわけねえだろう。ちゃんとギルドに所属しねえと、仕事も斡旋してもらえねえし、身分の保証もされねえ。常識だろうが」


 ――そういえば、たしかリトリィも言っていたか。鍛冶師として、師匠であるジルンディール親方から一人前と認められたから、この街のギルドに登録することができると。

 ……リトリィは、もう、登録を済ませたのだろうか? 山を下りてきてからずっと俺の側にいるから、そんなことをしたようには見えないんだが。


「とにかく、さっさとギルドに登録してきな。なんなら、俺が推薦状を書いてやるぞ?」


 姓もち大工の娘の婿になる男をギルドが断わるわけねえしな、と豪快に笑うマレットさんだが、さすがにそれはきまりが悪い。義父となる男の力を借りないと何もできない男、などという烙印を押されかねないのではないか?


 ところが、マレットさんは目を点にして、次いで、これまた大笑いした。


「何言ってやがる。俺の弟子は、みんな俺の推薦状を持ってギルドに登録しに行ったよ。ギルドにしたって、何の身元の保証もない輩を一から審査するより、身元のしっかりした奴をギルド員にしたいに決まってるじゃねえか」


 ……それは確かにそうなのかもしれないが、それでは、コネで就職するようなものじゃないか。本当に、そんなのでいいのか? それで、一人前と認められるのか?


「あんた、本当に妙なところで潔癖なんだな。一人前も何も、俺が独立を認めたから、推薦状を書くんだ」


 そう言って、まだ若い大工をどやしつけてから、振り返る。


「師匠たる俺が、そいつの能力に責任をもつ。それが推薦の意味だ。

 ――それに、ギルドの一員になるのは、その一人前の、最初の歩き出しにすぎないんだぜ? そっから先が、本番だ」


 なるほど。ギルドに入ってからといって終わりではない、そこからが始まりというわけか。より技術を磨き、より顧客満足度を高めることが、ギルドの一員として役に立ち、ひいては己の自立につながると。


「ギルドの人間は、構成員には仲間意識が強いんだが、未加入者モグリには厳しいからな。ギルドに加入せずに勝手に仕事を請け負ってると、いずれとんでもない目に遭うかもしれねえぞ」


 ちょっと! 同業者だろ、とんでもない目ってなんだ!?


「同業者? 何を言っている、ギルドの構成員でなければ、そいつは同業者じゃねえ、縄張りを荒らすケダモノだ。制裁は当たり前のことだろう?」


 ひえぇぇええ!! ナチュラルにこの人、制裁って言ったよ!


「そういうわけだから、とっとと行ってきな。建築士を名乗っても、結局は大工なんだろ?」


 ……言われて気がついた。

 俺は二級建築士、三階建ての一戸建て住宅までの設計を担当することができる人間であって、


「……ああ、そういえばそうだった。釘うちすらもヘタクソだったなあ」

「でしょう? 大工としては、とても認めてもらえませんよ。どうしたらいいと思いますか?」

「設計が得意なんだろ? 図面を持って行ってみろ。なんなら、その場で描けばいいじゃねえか」


 ……図面か。

 図面といっても、正確に描くためには平行定規とか型板テンプレートとかがないと苦しい。直定規とコンパスだけで設計図を描くのは、正直、大変なのだ。


「何言ってやがる。自分を認めさせる大事な機会だろうが。苦しいとか大変だとか、そんなこと言ってる場合じゃねえだろう。うちのマイセルを職なしの嫁にして苦労させるつもりか?」


 マレットさんが軽くにらんでくる。う、それを言われると弱い。

 思わず目をそらした俺の背中を、マレットさんが「自信を持てよ」と笑いながらひっぱたく。


「なあに、あの小屋を作るときに見せてくれた、あのやたら細かい設計図。あれを持って行きゃいいんだよ。あれだけ描けりゃ、十分だ」


 ──つまり、現在、俺の自宅になっているあの小屋を作るために描いた設計図のことか。


 ──線の太さも、壁の太さもまちまちだった、あれで?


「あの小屋は俺が建てた、それは門外街の人間ならみんな分かってる。ギルドにもちゃんと届けたから、ギルドの連中も分かっている。だが、あの小屋は俺の流儀とは全く違う。だから証明にはちょうどいいんだよ」


 だから自信を持てって──マレットさんの背中への何度目かの平手打ちを食らって、俺はむせながら、かんなくずの中に顔から突っ込んだ。




『ギルドの連中が、お前さんがギルドを通さずに仕事を請け負おうとしているってんで、神経を尖らせている。早々に顔を出してきたほうがいいぞ』


 マレットさんの忠告を受け、家に、小屋の設計図を取りに戻った俺は、リトリィとともに大工ギルドへの道を急いでいた。

 城門をくぐり、門衛騎士のチェックと忠告を受け、シヴィーさんの家に向かう道と同じ道を、急ぎ足で歩く。


「……あんた、ムラタ、……だな?」


 道を急ぐ俺たちの前に、二人組の男がいた。

 門衛騎士の男に、忠告を受けたとおりだ。

 くすんだ暗緑色の服に、薄手のコートを羽織った、二人組の男たち。

 先日、俺たちの後をつけていた男たちの特徴と一致する。


 ――くそっ、こういう、急いでいるときに邪魔が入るなんて。しかも、俺たちをつけていたということは、十中八九、トラブルの元だろう。


「いえ! 違います、人違いです」


 知らん顔をして迂回しようとした俺の前に、男たちは立ちふさがる。


「しらばっくれるな、調べはついている。原初のプリム・犬属人ドーグリングの女を連れたヒョロい黒髪、黒目の男……お前でなくてだれがいる」


 とっさにリトリィを見てしまい、その不安げに見上げる瞳を見て、自分の失態に思わず舌打ちする。


 今、このとき、リトリィを見てしまえば、リトリィは、俺が見つかったのは自分の責任だと考えるだろう。

 目立ちすぎる自分が、俺をムラタだと特定させてしまったのだと。


「……だとしたら、何の用だ?」


 背筋に冷たいものが走るのを、足が震えるのを、否応なしに自覚する。

 なにせ俺は、戦いの心がけなんてまるでない、ケンカなんてしたことがない男なのだから。


 ……だが、それが何だというのだ。

 ハッタリも実力のうち。

 あえて胸を張ってみせる。


 先日はリトリィが絡まれ、そして今日は俺。だが、俺に何かあったあと、リトリィが何事もなく開放されるものだろうか。


 そっと、腰に手を伸ばす。

 そこには、リトリィが俺のために鍛えてくれた、ナイフがある。


 いざとなったら、コイツの出番だ。

 ──リトリィは、俺が守る!

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