第160話:あなたのすべてが欲しい夜.
※ 飛ばしても、161話以降を楽しむことにあまり支障はありません。
――――――――――
口を離すと、たっぷりと舌を絡め合った証が、糸を引いて滴る。
トロンとした目で見上げるリトリィの、半開きの口の先からのぞく舌から、さらに透明の糸が滴り落ちていく。その舌をもう一度口に含み、吸い上げ――
一つ、思いついた。
リトリィをベッドに座らせると、部屋の隅で山盛りになっていたオクラを大雑把に掴み、空の手桶の内側をまな板代わりにして素早くみじん切りにする。早速粘るそれを、熱湯が入っている桶の一方に、湯が溢れない程度にありったけぶち込む。
「……あの、それ、
「ああ、そうだよ」
「あの、その桶……湯浴みのための、お湯ですよね」
「ああ、そうだよ」
「……あの、どうしてそんなことを? だれか、お薬が必要なんですか?」
――薬。
ああ、そうだったか。指豆――オクラは、この世界では薬扱いだった。
不思議そうに、桶に浮かぶ大量のオクラを見つめるリトリィ。種明かしは、まだまだだ。
桶を覗き込むリトリィの後ろに立ち、そっと彼女のおなかに手を回す。彼女もその手に自分の手を重ねて体を起こし、振り返ってきた。
その唇に、自分の唇を重ねる。
おなか周りが妙に硬いのは、コルセットか何か、補正下着の
ただ、いつも以上に胸が
まあ、リトリィ自身が望んだわけではないだろうが……。
「脱いだら、また着られる自信はある?」
念のために聞いてみると、「覚えましたから、お手伝いしていただけるなら」と、微笑んだ。
彼女と舌を絡め合い、胸の重さを左手で堪能しながら、右手で背中のボタンをはずしていく。片手で外すのはなかなか難しいが、そのもどかしさもまた、楽しい。
これが初体験だったら、なかなか外せないことに焦ってどうしようもなかったかもしれない。だが、このもどかしい過程それ自体を楽しむ余裕が持てるようになったのも、リトリィをすでに
リトリィの豊満なからだが、暖炉の炎とランプの明かりの中で、濃い陰影に縁取られるように浮かび上がる。
ベッドに腰かけながら、自分だけ全身をさらしていることを恥じらう彼女のうなじに、そっと唇を寄せる。
背を向けて目を閉じ、うつむいて切なげな吐息を漏らす彼女に、目隠しの手ぬぐいを巻き付ける。
「……ムラタさん?」
こちらに向き直ろうとする彼女に「動かないで」というと、素直にそのまま動きを止めるところがまた愛おしい。
自分で言うのも何だが、本当に俺のことを信頼してくれているのだろう。彼女のそうした姿一つをとって見ても、俺に対する想いの深さが垣間見えて、嬉しい。
「あ、あの……。わたし、何かしましたか?」
目隠しをされたまま、不安げにそわそわとしているリトリィの頬の毛に、そっと息を吹きかけてみた。
傍目に分かるほど毛を逆立て、跳ね上がる尻尾。
ああ、目論見通りだ。
――可愛い。
「あ、あの、ムラタさん……?」
焦ったようにきょろきょろするリトリィの耳に、今度は息を吹きかけると、本当に敏感に反応する。
「あの……ムラタさん、何をしてるんですか? わたし、何か、その……?」
うろたえるリトリィを、たまらず抱きしめる。
安心したように、俺を抱きしめ返す彼女の耳の付け根に、そっと息を吹きかける。
ぱたぱたとくすぐったそうに耳を動かす彼女が愛おしくて、ますます抱きしめる腕に力がこもる。
「ムラタさん……好きです、大好きです……もっと抱きしめてください、もっと強く、あなたのぬくもりを感じさせて……」
切なげな吐息とともに訴える彼女に、俺もたまらず、この薄い唇を目一杯塞ぐ。
彼女と共に過ごす夜を、どうしようもなく切望してきたここしばらくを、取り戻すように。
もう、我慢なんてしていられなかった。目隠しを外すと、驚いたように目を見開いた彼女は、次いでぽろぽろと涙をこぼし始める。
「やっぱり……やっぱりあなたを見ていたいです……! あなたを――わたしだけを見つめてくださる、あなたを……!」
そんな彼女の姿に、俺は、いたずらごころを発揮してしまったことをいまさらに恥じる。
そうだ、何もしなくたって、彼女は十分に、何よりも魅力的で……
次の瞬間、天地がひっくり返った。
気がついたら、彼女が上に乗っていた。
もう、どうにも止まらなかった。
三つの月が傾いている。
今夜は珍しく、三つの月が、ほぼ同じ時刻に、それぞれの中天に昇っている。
青い月が中天に達したときが深夜十二時、という扱いだったはずだから、この傾きからすると、今はもう、午前一時から二時ごろだろうか。日の入りからしばらく経ってから始めたから、かれこれ六~七時間、休み休みとはいえ、ずっとこんなことをしてたことになる。やばい。明日の仕事に差し支える。
「どうか、しましたか?」
顔を上げたリトリィが、こちらを見下ろす。
月明かりのもと、彼女の口元から延びた銀糸が垂れて切れるのが見えた。
「――綺麗にするって、そこまでしなくていいのに」
一滴残らずと言いたげに求めるリトリィの貪欲さには、苦笑いを浮かべるしかない。そんな俺に対し、リトリィも笑みを浮かべる。
ただし、いつもの愛らしい笑みではない。
「ふふ……わたしが、そうしたいんです」
なにか悟ったような、艶然とした笑み。
――いまさら気づいた。
彼女の瞳が、いつもより赤いのだ。
淡い青紫、だと思っていた瞳が、赤紫、程度に見える。
――リトリィ、その目……
聞こうとして、しかし口からは情けない声が漏れる。
「リトリィ、もういい、もういいから――」
「……いやです。今夜だけは、一滴だって残したくないですから」
そう言うと、リトリィは再び、俺の上にまたがった。
「親方様――お父さまが、やっと認めてくださったんです。
もう帰ってこなくていい――そう、おっしゃってくださいました」
ジルンディール工房の主――親父殿が、そんなことを。
「え? それじゃ、親方は本格的に俺達の仲を認めてくれたってことか?」
「ふふ、内緒ですよ? お父さま、あいつにはまだ言うなって」
「――今、言ってるじゃないか」
苦笑すると、リトリィもいたずらっぽく笑う。
「だから、内緒です。だって、わたしはもう、あなたのものですから。あなたにだけは、どんな秘密も嘘も、作りたくありません」
何を。もともと、涼しい顔をして嘘をつけるわけでもないのに。
体を起こして抱きしめようとするが、そっと押し戻される。
「わたしは……もうずっと、あなたのものです。だから――」
そして再び俺に覆いかぶさってくると、俺の耳を甘噛みして、そして言った。
「わたし、
――だから今夜は、
再び体を起こし、改めて
「あなたのすべてを、――お情けを、ください。ここに」
青、赤、銀の月の光を受けて、怪しく輝く赤紫の瞳に魅入られてしまったように、俺は、彼女を抱きしめて――
――太陽が黄色い。
そんな現象、初めて味わった気がする。
資本家が労働者階級を搾取するとは、まさにこのことを言っていたのだろう。
労働者からの、文字通り命を削るかのような搾取によって、資本家がますますツヤツヤ生き生きとする
疲れの抜けぬ重い体を引きずるようにしている俺に対して、なんともまあ、腰回りの充実感が半端ないリトリィ。
昨日の落ち着いた様子とは打って変わって、にこにこと、幸せそうに俺と腕を組んで歩く。疲れなど、微塵も感じさせない。
いや、彼女をそこまで燃えさせた、俺の自業自得なんだが。
目隠しをしての羞恥をあおるやりかた、そして、オクラローションによる洗いっこプレイ。
うん、自業自得だ。その点については、是非もない。朝、ベッドの中で、昨夜の痴態をひどく恥じらっていた彼女だが、昨夜、彼女に火をつけたのは、間違いなく俺だからだ。
しかしこの差はなんだ。
あれか。男は貴重な
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