第119話:CN釘

「ああ、聞いてるよ。タキイ夫人から」


 釘鍛冶工房の職人の爺さんは、例の小屋の再建者が俺だと知ると、あっさりと答えてくれた。

 瀧井夫人――つまりペリシャさんが、先回りして動いてくださっていたのか。ありがたい。


 それにしても、釘鍛冶か。まさか釘を一本一本作っているなんていうのは考えたくない。昔の日本人は、くさび型の「くぎ」を作っていたが、鉄線を作っているとなれば、まさかそんなことは無い、と思いたい。

 ――そんな不安を抱えたまま、製品を見せられる。


「こんなもんでいいか?」


 見せられたのは、俺が見慣れた釘、そのものだった。

 鈍い銀色に光るその釘は、長さは約二寸――六センチほど。どれもほぼ同じ長さ、そして丸い太さ、さらに叩く面の大きさまでほぼ同じ。


 どうやって作ったのだろう、と首をひねってしまう。この文明レベルの世界で。量産できるのなら価格も抑えられているだろうし、ツーバイフォーを推し進めたい俺にとっても大変ありがたいことなのだが、その製法、鍛冶――叩いて鍛えるという言葉から想像がつかない。


 ひょっとして鋳型いがたに入れて取り出す、鋳鉄ちゅうてつ製? もしそうだとしたら、硬くはあるだろうが、粘りがなく脆いはず。


 釘は引き抜きに強いだけでなくて、木材と木材のずれる力にも耐える剪断せんだん耐力――ダルマ落としのごとく横にずれる力に対して、耐える力――も重要だ。

 脆い釘では、例えば台風で大きな力がかかる部位で、釘が折れてしまったりする恐れがある。まして地震などになったら。


 そう思って、一本を試しに叩かせてもらうことにする。


「おっ、兄ちゃん、あんた鉄に詳しそうだな?」


 釘職人(鍛冶とはあえて呼ばない)のおっちゃんが、なにやら感心したような顔をする。


「だって、ムラタさんはジルンディール工房の関係者ですから!」


 なぜか胸を張るマイセル。

 やめて、俺ただの居候いそうろうだから! 変にハードル上げないで!


 しかしおっちゃんは、「そいつぁすごい、ぜひウチの釘の優秀さを見ていってくれ!」と、上機嫌で万力を使うことを許してくれた。

 あいまいに笑うことしかできず、まあいいやと、机の端の万力に釘を挟む。

 半分ほど、水平に飛び出るようにして、しっかりと力をかけて固定する。


 もしへし折れたら脆くて使い道がない。できれば折れないでほしい――。

 密かに念じながら、釘に向けて、思いきり金槌を振り下ろす!


 鈍い音がして、釘は。

 


「――曲がった……鋳鉄ちゅうてつじゃない!」

「当たりめぇよ。そっちがジルンディール工房なら、こっちはタキイ様の直伝の技で興されたアバンディール工房だからよ!」


 瀧井さんの名を、ここでも聞くとは思わなかった。


「瀧井さんは、作物の品種改良を仕事にしていたんじゃなかったのですか?」

「それも一つだがよ、あの人はすげえんだぜ? 農業に関わって、いろんなことを変えた人だよ。

 この釘だって、針金を作る方法のついでに――って、これ以上は教えられねえな。商売敵しょうばいがたきの関係者にはな!」


 ガハハと豪快に笑う。俺も、つられて笑い、うっかり口を滑らせてしまった。


「そうか、瀧井さんはダイスから鉄線を引っ張り出す製法、あれをこの世界で実用化させたんだな」


 一人で感心していると、おっちゃんは、俺の言葉に口をつぐんでしまった。


 ――あ、しまった。

 多分、今の、独占しているはずの製法だったんだろうな。


 少量の金属をハンマーで叩いて伸ばすのではなく、鉄の塊をある程度細く伸ばし、それを小さな穴が開けられた「ダイス」と呼ばれる装置から引っ張り出すことで、鉄を細く長く引き伸ばし、ワイヤーを作り出す製法。


 引っ張り出すのに使う力は現代日本なら電気モーターだが、ここではあの大水車の回転力だろう。

 穴の大きなダイス、それよりも小さな穴のダイス、さらに小さな穴のダイス――繰り返すことで、細く、長く、丈夫な鉄のワイヤーを作り出す。


 ただし、ダイスを通すことで鉄は硬く、そして脆くなってしまうので、このワイヤーを加熱処理し、しなやかさを取り戻させる。


 そうやって作り出した鉄線を一定の長さに切り、さらに片方の部分を型にはめて叩き潰すことで、釘の頭を作り出す。

 これが釘の作り方だ。現代はそれを機械で自動的に行い、この世界ではおそらく手作業で行っている、という違いがあるだけで、製法に大きな違いはないだろう。


「……なあ、兄ちゃん。今言った『ダイスから引っ張り出して作る』製法、どこで知った?

 タキイ様は、安く卸すことを条件に、ウチの工房での独占を許してくださった。そのタキイ様がジルアンに製法を教えるとは思えねえ。……どこで知った?」


 ……これ、まえに親父殿に迫られたときと同じだ。また余計なことを言ってしまった。

 同業者に対してアドバンテージを握りたければ、より優秀な技術の秘匿ひとくが重要だ。アバンディール工房といったか、ここでの売りはおそらく、高品質なワイヤーや釘なのだろう。


 その秘匿技術が漏れていたとしたら――つまり、他の同業者に対するアドバンテージが失われてしまうことを恐れているのだ。当然だろう、事と次第によっては、今後の工房の浮沈にも関わりかねないことだからだ。


「……そう、ですね……。私は瀧井氏と個人的な知り合い、ということで勘弁してもらえないですか? もちろん、製法を他に広めたりはしませんよ。ジルンディール親方も知らないと思います。なんなら瀧井氏に確かめてみては?」


 もちろんただのハッタリだ。以前、俺が警吏の詰所に放り込まれたときも柔軟に対応してくれた瀧井さんだ、アドリブでなんとかしてくれる……と思いたい。


「……タキイ様と個人的なお知り合いなど、兄ちゃんみたいな若ぞ――若い人間がなんで、とは思うが……まあ、信じてやるよ。で、釘は何本いるんだ? 千本なら、もう準備したぜ?」


 自信ありげにニヤリとするじいさん。


 ――何本いるか。

 うーん、構造用合板こうぞうようごうはんがあるなら、板の端の部分を十センチ間隔で打っていくだけだが、今回はそれがない。思い当たる方法がないが、注文だけはしておかないといけないだろう。


 俺は四種類の釘を発注しようとした。二寸長の釘はすでに千本準備されていたので、ついでに、ツーバイフォーに必須のCN釘』を発注してみようとしたのだ。

 そうしたら、もう少しでぶん殴られるところだった。


「ふざけんな!」


 別にふざけてなどいない。枠組壁構法は、複雑な木組みを排除して施工期間を短縮できる代わりに、釘を大量に使う。複雑な木組みなどの職人的技術に頼らず、ただひたすらに釘で固定していくからだ。


 その分、どこにどんな釘を使うかが重要で、釘が弱いと災害に耐えられない恐れが出てくる。せめて壁打ち用の『CN五〇釘』と、柱などの接合用の『CN九〇釘』は、違いを明確にして作らないと。


「だから、鉄線の太さと、長さを変えるだけでいいんです!

 今ある釘は二寸にすんちょう(約六センチメートル)に一分いちぶけい(直径が約三ミリメートル)ですから、それでいいとして、もう一種類、三寸さんずんちょう(約九センチメートル)に一分半いちぶはん(直径が約四・五ミリメートル)の太さのものが欲しい、そう言ってるだけです!」

「鉄も打てねえ素人が口出しするんじゃねえっつってんだろ! タキイさんが今のでいいっつってんだから今のままでいいっつってんだ!」

「素人だからお願いしているんでしょう! この街にありてその人あり、釘においては右に出る者のいないあなたに!」

「うるせぇ! ゴマすりゃ言うこと聞くと思うんじゃねえぞ、若造!」


 しばらく、二人して息を切らせていたところに、マイセルが恐る恐る、尋ねた。


「おじさま……そんなに難しいんですか……?」


 そんなマイセルの様子に、親方は若干、目をそらして答える。


「……難しいってわけじゃねぇ、そこらへんは調整するだけだ……。ただな、職人が素人の気分にホイホイ乗るわけには……」


 ところが、マイセルはそれを聞いて飛び上がると、釘鍛冶の親方に飛びついた。


「嬉しい! おじさま、できるんですね! ありがとうございます!」

「こ、こら嬢ちゃん、俺ぁ……」

「ありがとうございます、おじさま! これで工事も進みます! おじさま、ありがとう!」


 孫ほどの娘に飛びつかれてぴょんぴょんと揺さぶられ、親方は俺の方をちらと見て、……そして、苦虫を百匹ばかりかみつぶしたような顔をした。


「……お前のためじゃねえ、マレットんとこの嬢ちゃんのためだからな」



――――――――――

【用語解説】

※CN釘……「2×4ツーバイフォー用太め鉄丸釘」

 いわゆる「ツーバイフォー工法」のために規格が定められた釘。

 CN50、CN65、CN75、CN90が主に使われる。

 数値はおよその長さを示しており、CN50は50.8ミリメートルの長さの釘であることを示している。


 ムラタは、一般的な壁打ちつけ用のCN50相当の釘に加え、新しくCN90相当(長さ88.9ミリメートル、太さ4.11ミリメートル)の釘を要求した。

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