第98話:破壊
そもそもの発端は、取り壊し前の様子見だった。
取り壊すにあたって再利用できるものはないか、貴重品は残っていないかなどを、見て回っていたのである。
積み上がったホコリに辟易しつつ、本当に何も使えそうなものがないことにがっかりしながら、リトリィと一緒に小屋の中を見て回っていたときだった。
リトリィが、トイレを使いたいと言い出したのだ。
ここに来る前に行ってきたのに? すると、真っ赤な顔でうつむいて、
「多分、今朝いただいた
……それは実に全く申し訳こざいません。調子に乗りすぎました。
そんなわけで、トイレに入ってもらったのだが。
「ムラタさん……ドアがうまく、開かないです……」
そんなばかな、今さっき入ったばかりじゃないか。
俺は笑いながらドアを開けようとしたら、ドアが床に引っかかるようにして、開かなくなっていたのである。どうも、一度ドアを開けることで、壁にゆがみが生じてしまったようだった。
加勢して思いっきり押し込んでも半分も動かない。隙間からリトリィを引っ張り出そうとしたが、あちこちが引っかかって痛がり、とても引き出せそうにない。
リトリィの魅力的な肉体が、こんなところで仇になるとは!
自分なら辛うじて入れそうだと感じ、中に入ってみて引っかかっているものはないかを見ようと思って、無理矢理中に入る。
一度閉めて引っかかるものはないかなどを見てみたが、特にはない。
仕方なくもう一度開けようとしたら、なぜかガチャンと音がして鍵がかかり、しかもドアノブが空転。
――開けることすら出来なくなった?
慌ててガチャガチャやっていたら、ドアノブが折れてしまい、ますます泥沼にハマる。
外に向けて呼ばってみたが、困っているのかいないのかわからない反応を返される。
「リトリィさんもいるの? あらあら、昼間から? おいたはいけませんよ?」
ああもう、なにやら訳のわからない誤解をされてるよ!
ドアをがたがたやれば、凄まじいホコリが降ってきて息を止めざるを得ず、特にリトリィはくしゃみが止まらなくなる有様。
昨夜から今朝にかけて愛し合った部屋は、まだ掃除がなされていたのだと痛感する。
こうなったら最後の手段、どうせ取り壊すんだから思い切ってぶち壊そう、と考えたのだが、これにリトリィが反対。
「おうちを建てる人が壊してどうするんですか」
だが他に方法もなく、他の方法を探そうと訴えるリトリィを無視して、ドアの破壊を強行することにしたのだ。
まず、咳やくしゃみで大変なことになっているリトリィに、マスク代わりの手ぬぐいを巻き付けて口を縛る。
リトリィのナイフで
そして、考え直すように首を振り続けるリトリィに、ちくりと胸の痛みを覚えつつ、背面の壁に背中を預け、持ち上げた足に満身の力を込めてぶちかましたヤクザキック!
――めでたくドアを蹴破ることに成功した、というわけだ。
しかし、ぶっ飛んだドアは小屋中央の柱に叩きつけられ、ドアが抜けてゆがみ始めた土壁は、盛大な土埃を上げながら崩壊を始める。
筋交いがほぼない構造だった小屋は全体がきしみ始め、ぼろぼろと崩れてゆく土壁はもはや構造物としての役割を失ってゆく。
「あ、やっべー……」
「だからだめって言ったのにー!」
自分で手拭いを外したリトリィが、半泣きですがりついてくる。
「ど、どうすればいいんですか!?」
「三十六計逃げるにしかず!」
「そ、それはどういう……」
「――脱出!」
崩れた壁のすき間から、リトリィを引っ張るように慌てて飛び出すと、目の前にはペリシャさんとナリクァンさんがいて。
「あらあら……どうしましょう?」
崩壊していく小屋の前で、ご婦人方は、相変わらず場違いにのんきなことを言っているのだった。
半壊――というかほぼ全壊状態にへしゃげた小屋の前で、ナリクァンさんはあっけらかんとしている。
「建物が建物でなくなりましたから、お役所の手続きが一つ減ったわねえ」
……いや、そういう問題じゃないのですが。
「でもどうしましょう、週末の炊き出しをする場所がなくなってしまいましたわ」
「仕方ありませんわ、スープは無しで、パンと、焼き菓子にでもいたしましょう。
寒い中、温かいスープを楽しみにしてらっしゃる方々にお出しすることができないのは残念ですけれど」
……胸が痛い。
奥様方、こちらをチラチラ見ながらおっしゃられますな。
もともとはそう、トイレ! リトリィを閉じ込めたトイレが悪いのです!
「まあ、これで役所が『壊していいかどうか』について難癖をつけてくる手間が省けてよかったというものですわ。どう見ても撤去するしかありませんもの。
多分、緊急って言えば、視察もすぐに出しくれるのではないかしら」
ペリシャさんが、ため息をつきながら助け舟を出してくれる。……これ、助け舟?
「じゃあ、ちょっと予定が狂っちゃいましたが、例の大工さんたちに、お話しておきますね?」
「おねがいね、フィネスさん」
「さて、ムラタさん?」
「はいッ!」
今朝の、あの、呆れかえった口調そのままのペリシャさん。逆らっても、ろくなことはあるまい。全力で背筋を伸ばし、直立不動の姿勢を取る。
「役所まで、ナリクァンさんと一緒に、ご同行願えます?」
「よろこんで!」
俺の言葉に、口だけ笑みを作ってにっこりと微笑んでみせたペリシャさん。
怖い、マジで怖い。
――そう思った次の瞬間、今度はリトリィに向けて相好を崩し、にこにこしながら彼女の手を取った。
「リトリィさんは、ここに残ってお片付けをお願いできるかしら」
「え……?」
リトリィが俺とペリシャさんを見比べて、困った顔をする。俺についていこうと思っていたのだろう。
「あの、彼女は今後、私の手伝いをしてもらえたらと思うので、同行させるわけにはいきませんか?」
という俺の提案は、
「あら、あなたが教えてあげたらいいじゃないの」
と、有無を言わせぬ笑顔で却下される。
「そうそう、女は女同士でお話しながらするお仕事もあるのよ? さ、こっちへいらして」
そう言って手を引くフォロニアさん――切れ長の目に泣きぼくろが、若いころはかなり美人だったことを想像させる――今も年齢なりの美しさだ――に、ナリクァンさんも同意する。
「本当に。こんな可愛らしいお嫁さん、久しぶりに見るわねえ。
まあまあ、ホコリまみれにされてしまって、しょうのない旦那様だこと。可哀想に、でも大丈夫よ。素材がいいから、きっと、もっと可愛らしくなりますわ」
ナリクァンさんはリトリィの髪のほこりをペリシャさんと払いながら、実に楽しそうだ。
「ではラディウミアさん、フォロニアさん、リトリィさんをよろしくお願いしますね」
ペリシャさんの言葉に、ラディウミアさん――以前の炊き出しの時に、スープの鍋をかき回していた、おっとりした優し気な女性――が、不安げに視線を泳がせるリトリィの肩に、安心させるように手を置いて、微笑みながら答える。
「ペリシャさんの紹介ですもの、しっかり磨き上げて差し上げますわ」
おかしい、小屋の片付けだろ?
素材がいいとか、もっと可愛らしくとか、磨き上げるとか、それ、片付けと関係なくないか?
――などと突っ込めるものか。
なんとなく彼女がどんな扱いを受けるのかが想像できるが、そこに所有権を主張して割り込む気になれない。
ごめんリトリィ、お姐さまがたに勝てる気がしないのです。
逆らったら、そこの小屋よりも破壊的な未来が待っている気がしてならないのです。
すまん、おとなしく可愛がられていてくれ……!
崩壊した小屋など目もくれず、リトリィを引きずるように連行していくフォロニアさんと、奥様方。俺もペリシャさんに引きずられながら、心の内で合掌するしかなかった。
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