閑話④:女の仕事は(1/2)
ペリシャさんは
わたしと違って人にとても近い方。
でも、わたしとおなじで、異国のひとに惹かれて、そしてその奥様になられた方。
言ってみれば、わたしの、未来の姿かもしれない方。
――だから、どうしてもお話を聞きたくて、ムラタさんにお願いをして、お時間をいただいて。広場のベンチで、休憩がてら、お話を聞くことができました。
「……その、この街でお暮らしになられていて、大変なことはありませんか?」
「大変よ?」
……先の、あの乾燥果実の屋台でのやり取りが思い浮かんできます。
「恩給の支給条件ですから、城内街に住んでおりますけれども、どうしても
「……やっぱり、ですか」
「そうおっしゃるからには、なにか、この街でお辛い思いをされたのですね?」
「……わたしは慣れているからいいんですが、ムラタさんまでひどいことを言われて……」
そう……ムラタさんが獣臭い、そういわれてしまったのが、とても辛かったんです。
――わたしのせいで。
「あなたは、ムラタさんを愛していらっしゃるんですね」
「はい」
「であれば、あなた自身が胸を張って生きられる――そんな土地で暮らせると、一番いいのですけれどね」
「……はい」
ペリシャさんの目がとてもやさしい。
ペリシャさん自身も獣人族だから、わたしと同じようにヒトを愛してしまったペリシャさんも、きっと、さっきの私のような気持ちを感じられたことがあるのでしょう。
それも、一度や二度でなく。
「確かにこの街は――とくに城内街は、私たちが暮らすには厳しい場所です。でも、わたしはまだましですわ。だって、あのひとの妻――その地位が、確立していますから。
だから、表立ってわたしを差別する人はいません。視線は感じますけれどね?」
「タキイさんは、そんなにすごい方なんですか?」
「あのひとが作った作物や水路は、とてもすごいんですよ? 議会があのひとに恩給を出してまでこの街にとどめているのは、あのひとの功績がとても大きいからです」
たしかにそうかもしれません。あの寒い山でたくさんのお野菜を育てられるのは、タキイさんからいただいた種が、寒さに強いからでしょうし。
「あのひとは――あの
「
「そうね……あのひとは、責任感が強いですから。わたしのためにこの世界に残ったのですから、やっぱり未練はあるのではないかしら」
ずきん。
胸が痛みます。
ムラタさんも、もし私を選んでくれたとしたら。
――そしたら、こんな、何十年と経っても、その時の選択を後悔し続けるのでしょうか。
「あのひとは、私の前ではそんなこと、決して口にしませんけれど。やっぱり、どこか、今でも悩んでいるところがありますわ。命を懸けた
――妬けますわ」
そう言って、ペリシャさんは笑いました。
「でも、あのひとがご自身で選んだ道ですから。嫌とは言わせません。わたしがいる限り」
そう言って胸を張って見せるところに、長年連れ添った余裕を感じさせます。わたしも早く、ムラタさんにとってペリシャさんみたいな存在になりたい……。
「ペリシャさんは、その、とてもお歳が離れているように思うのですが、どのようにしてその……あの」
「あのひとの心をつかんだか、ですか?」
「あ……は、はい」
ペリシャさんは、「簡単ですわ」と、ずいっと迫って来ました。思わず身を引いてしまった私に、いたずらっぽく笑うと、
「殿方は、胃袋をつかむのが一番です」
そう、拳を握りしめて断言されました。
……つまり、お食事ということでしょうか。聞いてみると、大きくうなずかれました。
「わたしは、五つの頃には厨房に立っていましたから。四つのとき――村で野盗との戦があったことは、先にお話ししたでしょう?」
先の、タキイさんが指揮したという、あの戦。
「あの時――二度目の戦のとき、わたしは戦に巻き込まれて、死にそうになりました。それを、命を懸けて救ってくださったのが、タキイ様です」
それからは、もう夢見る乙女のように、ペリシャさんはタキイさんの素敵なところを、それこそ滝の水が流れ落ちるがごとく一気に語られました。もう、聞いているこちらが耳の先まで熱くなってしまうくらいに。
それまで、よその人として遠巻きにしか見ていなかったタキイさんに救われて、幼い恋心が一挙に花開いたのだそうです。
ご自身も火矢で足を射られたにもかかわらず、火を噴く槍で襲い来る賊を倒し、幼いペリシャさんを抱えて走ったそうです。ペリシャさんは何とかしてタキイさんにお礼をするためにできることを考えて、お料理を学ばれたようです。
タキイさんが畑いじりをする人だということは分かっていたことも幸いし、この年に作った水路の様子を確かめに、次の年にもやって来たタキイさんに、お弁当を持っていくようになったみたいです。
今でこそそれほど背が高くないペリシャさんですが、当時同世代の中では抜群に背が高かったそうです。
十歳位のヒトの子と大して背丈も変わらなかったらしくて、調査をされていたタキイさんからも、五歳だとは思われていなかったそうです。
子供扱いはされていましたが、少なくとも、同じ歳の子らに比べて、間違いなく「小さな淑女」扱いはしてもらえていたようです。
特別扱いって、うらやましいです。
「あのひと、自分が幸せになってはいけない、そんな思い込みがあったみたいですわね。一生懸命働かれるのですけど、常になにかに追われているような、そんなところがありました」
だから、タキイさんが村に来られたときは、いつも笑顔を心がけ、彼の邪魔にならないように、でもそばにいようと心に決めたのだそうです。
彼女の両親は、ご両親とも
ペリシャさんはこれ幸いと、タキイさんと話をする中で聞いた「タキイさんの好物」をなるべく再現しようと奮闘し、その結果、タキイさんによく褒められていたそうです。
その次の年の冬、たちの悪い
タキイさんは何度も村にやってきて、手をよく洗うこと、うがいをすること、栄養を十分に取ってよく寝ることを指導して回られたそうです。
ですが、ペリシャさんのご両親をお救いすることにはつながらず、ペリシャさんはご兄弟も含めてすべての血縁を失ったそうです。
ペリシャさん自身も一時は危なかったそうですが、タキイさんの看病のおかげか、なんとか快復できたそうです。
そのとき、天涯孤独となったペリシャさんを引き取られたのが、タキイさんだったそうです。家族ぐるみで世話になったのだからと、ペリシャさんが成人するまでという条件で。
でもタキイさんは、ペリシャさんが十二、三歳ほどの年だと思い込んでいて、あと二、三年で独立するものと思っていたようで、まだ七歳でしかないと知って、ものすごく驚かれたそうです。
「あとは、ずっとあのひとのお世話係でしたね。快復して気がついたら、家族がいっぺんに亡くなっていて。悲しいというより、現実感がありませんでした。
そんなわたしの新しい父親になってくださったのが、あのひとでした」
「お父様に……」
「そう。当時は、とても厳しい父親でしたわ。
元軍人さんということもあって、生活規律は厳しいですし、なによりわたしを一人前の淑女にして幸せな結婚をさせなくては、と思い込まれていたみたいで。
世話になったご両親のために、君をどこに出しても恥ずかしくない女性に育てるのが私の責務だ、というのが、彼の口癖でした」
――そのくせ、わたしの気持ちなんてこれっぽっちも考えたことがない、ほんとうに石のように頑固な頭でしたよ、とくすくす笑うペリシャさんですが、ムラタさんも似たような人だったかもしれません。
今は、ちょっと良くなりましたけど。
「あのひとが“ニホン”に帰るって知ったとき、わたしは、本当に悲しかった。けれど、あのひとが望むなら仕方ない、止めることはできないとも思いました。
――でも、やっぱりだめでした。ぎりぎり、ほんとうにぎりぎりになって、あのひとのもとに走ってしまった。儀式の部屋の入り口で衛兵に捕まって、みっともなく泣き叫んで」
ああ、タキイさんが話されたこと。
愛する女性が、異界への通路で離れ離れになるかもしれないと考えると、帰れなかったという話。
「あのひとは、ものすごく辛そうな顔をして、でも、最後にはこちらに来て、衛兵を一喝して。
『その女性は、愛する私の家族である! それを獣人ふぜいとは何事か! 手を放したまえ!』なんて言って押しのけて、床に押し付けられていた私を抱き上げてくださって。
『残ります』
――そう言ってくださったの」
か、かっこいい……!
「でしょう? しかも、子供でなくて淑女扱いよ? もう、恋心とかそんな生易しいものじゃないわ。その一言でわたしは、あの人の赤ちゃんを産む気になりましたから」
「その一言で赤ちゃんを――って、ええっ!?」
驚くわたしに、ペリシャさんはまた、いたずらっぽい笑みを浮かべました。
「リトリィさんは、もう、ムラタさんと子作りはされているの?」
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