第15話:取引(2/3)
「……話を戻して、具体的には、何を手伝えばよろしいでしょうか」
「ああ、そんな難しいことは考えなくていい。オレたちぁ鍛冶屋だ。鍛冶仕事まで任せようたぁ思わねぇが、例えば――そう、水汲みとか、畑の世話とか、そっちらへんを手伝ってくれるとありがてぇ」
……ああ、やっぱり水汲みか。畑の世話ってことは、やっぱり水がいる――って、ちょっとまて。井戸の水が使えないってことは、畑の水も……まさか川から!?
「あん? 畑の水? ああ、そいつは雨水をためてあるから、そいつと井戸の水を半々にでも混ぜて使ってもらえばいい。さすがに畑の水やりまで川から汲んでくるのは、やってられねぇよ」
――助かった! 水の重さは、今日、十分再確認した。もうあんなこと、畑の水やりのためになんかやってられるか!
畑の水やりのために、下の谷から水を汲んでこなければならないという悪夢はとりあえず回避されたことを知り、そこは心底、安堵する。
「特に畑はリトリィに任せっぱなしでな。フラフィーもアイネも、言い訳ばっかりしてまともに水やりもやらねぇ。とはいえ、もうあとひと月もしたら、ふもとの麦畑も秋の収穫の時期だ。今年は大鎌の注文が多くてな、あいつらの手を借りねぇと、注文がさばききれそうにねぇんだ」
意外だ。こんな山の中の、ぱっと見、ご近所さんすらいなさそうなこんな一軒家が、そんなさばききれそうにないほど注文を抱えているなんて。
「だが、オレらだって食わなきゃ生きていけねぇからな、畑もおろそかにはできねぇ。あんたが手伝ってくれると、リトリィの力も借りることができて、ちったあ仕事が進みそうなんでな」
「……熟練の職人の仕事に疑問を挟むのは愚かなことだとは思いますが、鎌というと、麦刈りの大鎌でしょうか? 型に流し込んだ鉄を叩いて鍛えたあと、研げば完成だと思っていたのですが、そんなに大量に注文が入っているのですか?」
日本刀と違って、西洋の刃物はそんな程度で作られていたはず。いや、日本刀が偏執的かつ変態的な作り方をしているだけなんだが。
俺の言葉に、親方は目をむいたあと、ややひきつった、だが何やら自慢げに口角をゆがめた笑いを浮かべる。
「……まあ、ふもとの鍛冶屋なら、そうやって作るだろうよ。さすが家造り職人だ、ちったあ他の
「ほう、すると、こちらで作られている刃物は、ふもとの鍛冶屋とは一味違うのですか?」
「一味――? 馬鹿言え、
がっはっはと、大口を開けて笑う。よほど製法に自信があるらしい。
日本刀と同じような作り方をしているのだろうか。もしくは、ダマスカス鋼のような。
「ひょっとして、軟鉄と鋼鉄を挟んで幾重にも折りたたむ鍛造法を実践されているのですか?」
そう思って何気なく聞いてみると、親方の顔からすうっと、笑顔が消えた。
「……おい、おめぇ……」
親方の目つきがするどく――もっと言えば、目の前の獲物を逃がさぬといわんばかりの、鋭利な刃物のような、そんな凶悪な目つきに変わった。
「……おい、どこで知った、それを」
――しまった! この世界の文明レベルがどれほどのものかは分からないが、基本的に職人のもつ技というものは、どの国でも同門以外には公開されない、門外不出の秘匿技術扱いをされていたと聞く。
たかが大鎌、されど大鎌。親方は、ふもとの鍛冶屋には真似のできない独自の技術で、よく切れる、あるいは刃こぼれしにくい頑丈なものを作ることで、注文を勝ち得ていたに違いない。
そしてその製法――日本刀のような折り返し鍛錬法は、おそらくずっと親方だけの秘密だったのだろう。
それを知っている、流れ者の男。親方が警戒するのも当然だ。
「あ、いや、私の住んでいた国では、もう失われかけている技術なのです。詳しく知っているわけではないのですが、ごく一部の職人しか実践できない、大変に高度な技術だと聞いております!」
とりあえず、詳細は知らないということと、ついでに間接的に、親方の技術は大変高度なのだというゴマすりをしておく。
「おい、ムラタ。おめぇ、
……朝、俺は名乗ったはずだ。親方は、俺を試している?
「はい、私は“日本”から来ました。朝も申しました通り、どうやってここにたどり着いたのか、そこは自分でも分からないのですが」
「……おめぇ、朝言っていた“ニホン”出身ってのは……本当なのか?」
「はい、間違いありません」
「……そうか」
親方は何か考え込むようなしぐさを見せる。あれだろうか、やはりこの国の言語的に、「ニホン」という響きは異質なのだろうか。
それよりも、折り返し鍛錬法は親方が独自にたどり着いた技術なのだとしたら、それを知っている俺は、場合によっては「自分の技術を流出させる恐れのある危険人物」扱いになるおそれがある。
親方は、折り返し鍛錬法のことを「教えることはできない」と言っていた。つまり、この製法は身内の中でのみ伝承していきたい無形の財産、そう考えているのは間違いない。
だとすると、弟子でも何でもない俺という存在は、やはり危険だということになる。
であるならば、俺はアイネが言っていた通り、強制的にこの親方のもとで弟子にさせられてしまうかもしれない。
拒否した場合、もしかすると――考えたくないが、最悪の場合、口封じに遭うとか!?
最悪の事態を考えてどう返答しようか必死に頭を回転させていた俺の隣に、リトリィがやってきた。
「難しい顔をして。親方様、ムラタさんに、変な宿題でも出したんですか?」
「――いや、なんでもねぇよ」
「お湯、ぬるくなっちゃってますけど、まだすこし残っていますから、白湯でよければ、お出しましょうか?」
「ああ、たのまぁ」
「ムラタさんは?」
「うん、いただきます。ありがとう」
「――はい」
嬉しそうにキッチンの奥に向かうリトリィ。相変わらず、尻尾が勢いよく揺れている。
「……可愛いだろう?」
「ええ、とても」
「オレの自慢の弟子で、娘だ」
「でしょうね」
本心からそう思う。夕食のときも一緒に食べようといったとき、まさか泣くとは思っていなかった。
泣き笑いの笑顔で「はいっ!」と返事をされたときには、心底ほっとしたものだ。
「……ほんとうに、そう思うか?」
「ええ、とても素敵な女性だと思います」
「――
ベスティリング。今日、何度か聞いた言葉。おそらく、リトリィのような、半人半獣の種族全般を指すのだろう。すると人間は、なんと呼ばれているのだろうか。
「彼女は気配り上手ですし料理も美味い。てきぱきと仕事もでますし、言うべきことははっきりという意志の強さも持っています。これ以上望むべくもない、魅力的な女性だと思いますが」
俺は思った通りのことを述べる。実際、彼女がもし、日本で、普通の女性として俺と出会っていたら、俺はどうしただろうか。
――まあ、声をかけることも無理だな。完璧すぎる。顧客に接するときと同じように、完全に赤の他人として振る舞うことしかできなかっただろう。多分ライバルが多すぎて、俺には高嶺過ぎる華だったに違いない。
「ふうん……おめぇ、変わってんな」
「変わっている?」
「ああ。獣とヤる趣味でもあるのか?」
「……その言葉は、彼女に対する著しい侮辱と理解しますが?」
いくら親代わりの存在とはいえ、彼女を動物扱いする今の言葉は、さすがに同意しかねる。
童貞の俺がヘタレだ何だと馬鹿にされるのは仕方がない。女性に対して臆病で、決定的な行動力が無いのは、事実だからだ。
だが、彼女は動物的な特徴が俺よりも多い、というだけだ。その心根はとても素直で美しい女性だと、今日一日だけでも分かった。外見的特徴のみを理由に貶められるいわれなど、ないはずだ。
「私は、彼女のことをこの一日でしか知りません。
――ですが、この一日で、彼女は素晴らしい女性だと理解できました。たとえ親代わりのあなたであったとしても、先のような辱めの言葉が該当するようなひとだとは、とても思えません。
育ての親を前に、私ごときが差し出がましいことを申し上げますが、彼女の名誉のために、先の言葉を取り消していただきたい」
じっと、親方を見つめる。
――しかし、我ながらよくもまあペラペラと、あそこまで舌が回ったものだ。口を閉じてから、内心めちゃくちゃあせる。家の内情も大して知らない部外者があそこまで煽ってしまった。親方、機嫌を損ねていまから俺を放り出す、とか言わないだろうか。
親方は、無言で俺の視線を黙ってじっと受け止める。ここでヘタレて目をそらしたら、それはそれでなんと受け取られるのだろうか。なるべく感情を込めないように、じっと見つめ続ける。
ややあって、親方は目をそらすと、いつのまにか親方の隣に立っていた人物に笑いかけた。
「……だってよ。おめぇの目は確かだな。鉄に限らず」
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