第13話:自慢の妹

「でもよ、アイツ、ほんとにいいヤツなんだよ」


 王都とかいう大都市のストリートで 孤児として生きてきたリトリィは、当然のように家事の一切ができず、そもそもナイフとスプーンとフォークを使う程度のしつけも、なかったらしい。


 ほとんどしゃべらず──しゃべれず、コミュニケーションは単語をつなぎ合わせた片言と、身振り手振り。食いものは手づかみで喰らい、どこででも平気で服を脱いで裸になり、そして体を洗うことを嫌がった。


 じゃあ、あの楚々とした、じつに女性らしい女性を育てたのは誰なんだ。失礼を承知で聞いてみると、おふくろさんに決まってんだろ、とアイネは笑った。去年、亡くなったらしい。

 厳しい躾に、一言たりとも文句も言わなければ逃げようともせず、とにかく親方とおふくろさんの後ろをついて回って、少しでも早く「この家の子」になろうと努力したそうだ。


「おふくろさんは、アニキとオレについてはクソガキなりの躾、でもってリトリィは街の淑女並みになるように、徹底的にしごいてたぜ。そりゃもう、アイツ、毎日泣いてたよ」


 それでも、リトリィはめげなかったという。

 ある日アイネがなぐさめるつもりで同情の言葉をかけ、おふくろさんの愚痴をこぼすと、リトリィは激怒して「おかあさんの悪口をいうアイネにぃなんて、きらい!」と、一週間ばかり口をきいてくれなかったのだとか。


「アイツ、ほんといいヤツなんだよ。真面目で、一途で、素直で……まさに天使だ。

 ──ホントはアイツを守るのはオレでなきゃいけねえのに、今じゃアイツの腕前には敵わねえってのがさ。守らせてもらえねえって感じで、ホント腹たつんだよ。……おい、聞いてんのかヒョロ助」

「聞いてるよ」


 おもわず吹き出しそうになる。


 一途なのは、どちらなのか。彼女いない歴=年齢の俺が言うのもなんだが、一途っていうのは、アイネのような奴のことを指すような気がする。


 こんなことじゃ、リトリィがどこかへ嫁にでもいくなんてことになったら、相手の男を絞め殺しかねない。

 彼女も、面倒な兄をもってしまったものだ。



「あれ? じゃあ、なんでリトリィは鍛冶師なんか目指してるんだ? おふくろさんって人が、一人前の淑女に育て上げたんじゃなかったのか?」


 俺の疑問に、「だから、アイツはいいヤツなんだよ」とアイネは笑った。


 最初のうちは、親方も拾ってきた少女を鍛冶師にするつもりはなく、ただ女の子なら、いずれは家事の一切を取り仕切ってもらう程度のつもりだったようだ。


 おふくろさんの躾も厳しかったが、なにも四六時中というわけではない。一日の半分は、家事労働。それが終われば今度は読み書き、裁縫などを学んでいた。


 しかし、父たる親方の方にも義理立てせねばと考えたのか、ちょくちょくと鍛冶場に入り浸るようになったらしい。

 やがて勝手に道具の使い方を覚え、そして自分でも鍛冶の真似事をはじめるようになってしまったのだという。


「だけどほら、アイツ、原初のプリム・犬属人ドーグリングだろ? 普通の犬属人ドーグリング以上に全身、ふわふわじゃねえか。火花が散ったりするたびに、体のあちこちが焦げるんだよ。オレたち、見てて冷や冷やでさ。初めのころはほんと見てらんなかったんだ」


 焦げるどころか、尻尾に引火して大騒ぎになったこともあったのだとか。その時ばかりは親方もこっぴどく叱ったし、リトリィ自身、かなりショックを受けたように見えたそうだ。


 ところが、やけどの跡も痛々しいうちからまたすぐに鍛冶場に入り浸るようになったという。どうも、思い込んだら一直線という頑固者らしい。


「あとさ、日常的に毛が焦げてただろ? それで、どうも体がそれに負けねえようにってなったのかもしれねえんだが、アイツ、やたら毛が長くてふわふわだって思わねえか?

 原初プリムなんてめったに見ることねえし、普通の獣人ベスティリングよりも毛が長いってことは知ってるけどさ、アイツほど毛並みがツヤツヤでふわっふわなやつは、見たことがねえ」


 確かにそうかもしれない。事実、目を覚ましたとき、彼女のことを、自分は確かに毛布だと錯覚した。毛足の長い、柔らかな毛布だと思い込んでいた。


「獣人にとって、柔らかい毛並みってのは、結構大事なことらしいぜ? リトリィは大して手入れせずにアレだけどよ、町で生きる奴らは、毛並みを美しく維持するための質のいいブラシが欠かせないんだってよ」

「ええと、そうするとリトリィはあんたたちにとって、自慢になりそうな、妹みたいな子ということか」

「ざけんな。自慢の妹だ」


 真顔で即答。兄弟のいない俺には、よく分からない感覚だ。


「ウチのリトリィの毛並みは、そんじょそこらの犬属人ドーグリング──いや違う、獣人族ベスティリングが束になっても敵わねえだろう。最高にオシャレで、気立ても良くて働き者で、最高の天使だ」

「で、オマケに兄貴を超える目と鼻をもっている、と。あんた、兄貴として全然勝てるとこねえな」

「うるせえよ馬鹿、谷に投げ込むぞ」


 後ろから小突かれる。


「ところでそろそろウチに着くけどよ、オレがしゃべったこと、リトリィには言うなよ? 言ったところでアイツは顔色も変えねぇだろうが、繊細な奴なんだ」

「……じゃあ、なんで教えてくれたんだ?」

「決まってる。親方が拾ってきたってことは、お前は4番目の兄弟になったということだからだ」

「……は?」


 ま、待て待て待ってくれ。

 拾われたから兄弟って、どんな理屈だそれは。


「どうせそのままだったら死んでたんだ。親方とリトリィに救われた命、その分を働いて返せ」

「いや、その理屈はおかしい。助けてくれたことは感謝するが、俺の意思はどうなるんだ」

「なにが不満だ? 文句があるなら、当然腕っぷしで語れ弟」

「いや、不満って、当然だろう! 俺は建築士の──」


 言いかけて、ハッとする。

 ここは異世界、電気も通っていそうにないこの家に、パソコンなどあるはずがない。当然CADもない。というかこの世界、製図台が、正確な三角定規が、分度器が、コンパスが、果たして安価に手に入るのか。


 ──いや、待てよ?


 紐と鉛筆とのこぎりさえあれば、三角定規を作ること自体は簡単だ。コンパスとて同じ。正確な目盛りはどうしようもないが、はたしてこの世界で、ミリ単位の規格が普及し、あまつさえ必要とされているのかというと──どうだろう?


 日本でも度量衡がメートル法で統一されるまでは、基準は人体のサイズを基準とした尺貫法しゃっかんほうだった。


 この世界の文明レベルがどれほどのものかは分からないが、もしこの家の文明レベルがそのまま一般的なものだとしたら、使われている単位も、尺貫法かヤード・ポンド法に近いかもしれない。

 もし尺貫法に近いならラッキーだ。家づくりの基本単位だからな。


 何にせよ、現代建築のミリ単位の規格が求められず、現場で適当に合わせる程度で済むのなら、耐震性能も冗長性を多めに持たせることでクリアと見なせばいいだろう。よし、いける!


「──おれは、家づくりの専門家だったんだ。あんたらが鍛冶で作った道具を、俺が使う。これで持ちつ持たれつ、ってことでよくないか?」

「馬鹿言え。お前みたいな華奢な腕で、大工が務まるわけねえだろ。一から鍛えてやるから覚悟しろ」

「そうじゃない、家の設計図を作る専門家だ。地震に強くて暮らしやすい、そんな家を提案してやるぞ!」


 胸を張ってみせる。ハッタリも実力のうち。パソコンもなく、日本にあったような良質なコンクリートが作れる保証もなく、もちろん規格のそろった建材があるわけでもないが、こういう時はどーんと力強く言い切ってしまうに限る。


「じしん? なに、地面が揺れる? 馬鹿言え。こんな硬い地面が、揺れるわけねえだろう」


 ──なるほど。地震を知らないと。

 つまり、この世界は地盤が大変安定しているのかもしれない。耐震性能をあまり重視しなくてもいいというのは、設計にゆとりが出て大変よろしい──が、全くのゼロというわけでもないだろう。

 そんなとき、地震にびくともしないムラタ設計事務所謹製の家。


 ──うん、いい宣伝になりそうだ。手を抜くべきではないな。パソコンが使えた現代日本が便利だっただけで、家造りが不可能というわけじゃない。いつ日本に帰れるかは分からないが、それまでに経験を積んでおけば、帰ったあとに役に立つはずだ。


「俺の国じゃ、地面がよく揺れてたんだよ。そんな国もあるってことだ。一味違う家造りってのを見せてやる。

 ──というわけで俺は兄弟にはならねえから、隣人としてよろしく頼むぜ」

「逃がすか馬鹿。おとなしくオレの子分になっとけ」


 伸びてきた手をかろうじてかわすと、終わりが見えてきた石段を、必死になって駆け上がる。


「俺は! こじんまりとして! 単純で! 普通で! でも安くて! 合理的で! 暮らしやすい家を! 建てるんだ!」

「うるせえよ! どこにそんな家に住みたがる馬鹿がいるんだボケ!」

「庶民ッ!」


 叫びながら石段を上りきる。


「終わった〜ッ!」


 地面にたたきつけるように水桶を置くと、そのまま地面に倒れ、大の字になる。

 どこからか、鈴のなるような声が聞こえてきた。何を言っているのかはわからなかったが、恐らくリトリィだろう。遠くて、翻訳の機能が働かなかったのかもしれない。


 まあ、とにかく終わった。水道の偉大さを思い知らされた、洒落にならない重労働だった。ていうか、なんで井戸を掘らないんだ。もう二度とやらん。


 そんな俺の隣に二つの桶を並べると、アイネは俺を掴み上げて肩に担ぎ、さっき死にそうな思いで駆け上がった石段を、無情に降り始める。


「馬鹿野郎、もう一往復だ」



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